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お尋ね者にされた人民解放軍サイバー戦部隊

オバマ政権の対中政策パターン~中国株式会社の研究(247)
2014.05.23(金) 宮家 邦彦

「おいおい、ピンクレディかよ」、と思わず突っ込みたくなる事件が起きた。

 中国人民解放軍サイバー戦部隊の将校5人が米国で起訴された。しかも、FBIが最も危険視するサイバー犯10人の「ウォンテッド(Wanted、お尋ね者、指名手配)」中で上位を独占している。

 果たしてこれは「ルビコン」なのか、それとも米国の対中政策は変わらないのか。今回も筆者の独断と偏見にお付合い願いたい。

事件の概要

 今回の事件はかなり大きく報じられた。

 JBpressでも既に良質の記事がいくつか掲載されており(『米国が中国軍人5人を「サイバー窃盗」で起訴』『人民解放軍将校5人を起訴、ついに「ルビコン」を渡った米国政府』)、いまさら筆者が事件の背景を詳しく書く必要もないほどだ。

 ここでは各種報道を踏まえ、事実関係についてのみ、ごく簡単にまとめておきたい。

●5月19日、ペンシルバニア州西部の米連邦大陪審は、サイバー攻撃で米企業にスパイ行為を行ったとして、中国人民解放軍のサイバー戦部隊61398部隊(『尖閣よりホットな米中サイバー紛争』)」の将校5人を起訴した。

●起訴状では、被疑者5人が2006~2014年に原発大手ウェスティングハウス、鉄鋼大手USスチール、アルミ大手アルコアなど5社と労働組合にサイバー攻撃を行い、商業上の機密情報を盗み取ったとされた(ちなみに、米国司法省のHPのヘッドラインには「U.S. Charges Five Chinese Military Hackers for Cyber Espionage Against U.S. Corporations and a Labor Organization for Commercial Advantage」とある)。

●これに対し、中国外交部報道官は、起訴内容は「米国の捏造」だとして「起訴撤回」を求めるとともに、米中間で設置されたばかりの「サイバーセキュリティー作業部会」の活動中止を表明した。

 起訴状などで示されたサイバー攻撃の手口、対象などはどれも既知のもので新味はない。

 これまでと異なる点は、中国側のメンツを尊重し水面下で働きかけてきた米国政府が、今回は「正式起訴」しかも「サイバー最重要犯」の「公開指名手配」という、後戻りのできない措置に踏み切ったことだろう。

2年間の周到な準備

 起訴状によれば容疑者は次の5人。起訴する以上は、当然人定確認もそれなりにやっているはずだ。

 以下を見れば、いつもは荒っぽい米国司法当局の仕事が今回は意外に丁寧であることが分かるだろう。中国側はこれを「捏造」だと否定するが反論はしていない。中国の主張にはやはり無理があるようだ。

●王東(Wang Dong、ハンドルネームUglyGorillaまたはJack Wang、対象コンピューターの違法操作)

●黃振宇(Huang Zhenyu、ハンドルネームhzy_lhx、他人のドメインアカウントを違法管理)

●孫凱亮(Sun Kailiang、ハンドルネームJack Sun、マルウエア付電子メールの送付)

●顧春暉(Gu Chunhui、ハンドルネームKandyGoo、他人のドメインアカウントを使った情報盗取など)

●文欣宇(Wen Xinyu、ハンドルネームWinXYHappyまたはWin_XY、対象コンピューターの違法操作)

 それにしてもよく調べたものだ。米側はこの調査に最低2年かけたという。仮に捜査開始が2012年6月だとすれば、それは中国通信機器大手「華為技術」と「ZTE」の不正情報収集が米議会で厳しく批判された時期と符合する(『中国通信機器大手の憂鬱』)。

 さらに、その1年後の昨年6月にはカリフォルニア州で米中首脳会談が開かれた。

 この首脳会談の最大の論点がサイバー攻撃だった。米側が中国側に対し、「この問題の解決が実際に米中経済関係の将来の鍵を握っている」ことを強調し、オバマ大統領が習近平・国家主席にこの問題を「引き続き真剣に考える」よう要請したことは既に書いたとおりだ(『オバマと習近平はどこまで親しくなったのか』)。

 当時ホワイトハウスは、「もしこの問題が処理されず、米国の知的財産に対する直接盗取が続けば、この問題は米中経済関係にとって非常に困難な問題となり、2国間経済関係の潜在的可能性を阻害する」とまで述べている。

 あれから1年、予告通り、遂にこの「阻害」が始まったということなのか。

米側のロジックと中国側の反論

 今回中国軍人を正式起訴したのだから、米側は意図的に北京のメンツを潰したことになる。中国側が怒り狂うことも当然織り込み済だろう。米国から見れば、1年前オバマ大統領が直接習近平主席に善処を要請したにもかかわらず、中国側がこれを意図的に拒否したのだから、起訴も当然の結果ということだ。

 これに対する中国国防部報道官の5月20日の発言が面白い。ざっとこんな具合である。

●米国による中国軍当局者5人の訴追は米中間の軍事関係を損なう可能性がある

●起訴は隠された動機のもとに行われたものであり、両国間の信頼に深刻なダメージを与える

●インターネットの安全性に対する米国の偽善さとダブルスタンダードが明らかになって久しい

●米国こそ世界最大のインターネットパスワード盗用者であり、対中サイバー攻撃の筆頭国だ

 さらに、興味深いことに、中国の中央政府調達局は政府が調達するパソコンに「Windows 8」を搭載してはならないと発表したらしい。

 中国政府PCの7割は「Windows XP」搭載であり、マイクロソフトがサポートを打ち切ったため安全上の懸念が生じたからだそうだ。それって、ちょっと無関係のような気もするのだが・・・。

 この米中論争、一見水かけ論にも聞こえるが、米側の主張をよく読んでほしい。米側も中国が「サイバー攻撃を行うこと」自体を違法だとまでは決めつけていない。

 例えば、ホルダー司法長官は「オバマ政権は米国企業を違法に害し自由市場経済の競争を阻害するいかなる国家の活動も容赦しない(This Administration will not tolerate actions by any nation that seeks to illegally sabotage American companies and undermine the integrity of fair competition in the operation of the free market.)」と述べている。

 「サイバー攻撃なら米国もやっている」、「盗人猛々しい」と思われるかもしれない。しかし、今回米国は人民解放軍が「国家安全保障上の観点」からスパイ行為を行ったから中国を非難しているわけではない。

 米側が問題にしているのは、中国が「商業上の観点」から米国の民間企業に対してスパイ行為を行ったことなのだ。

 中国のサイバー部隊は得られた情報を、中国の国家安全保障だけでなく、商業上の観点から米国民間企業の競争相手である中国国有企業などにも提供している。要するに、中国側が市場における競争を歪めていたからこそ米側は問題にしているのだ。

 しかし、そんな論理で中国が納得するはずはない。彼らは米国情報機関の倫理観など一切信じていない。米国の情報機関だって中国企業の秘密情報を米国民間企業に渡していると思うはずだ。

 そもそも、解放軍が得た情報を中国の国有企業に渡して何が悪いのか。森羅万象が政治的意味を持つ中国では国家安全保障と商業上の競争に区別がないのだから・・・。

オバマ対中政策のパターン

 5月20日、米国務省のラッセル国務次官補が下院外交委員会アジア太平洋小委員会で証言した。南シナ海で中国とベトナム・フィリピンが対立を深めている現状と中国による石油掘削作業についてはこう述べている。

 「中国の一方的で自己主張の強い行為に対する国際社会の批判は必ずや北京における計算や政策決定者の考えに重要な影響を及ぼすだろう(The criticism that emerges in the international community to respond to a unilateral and assertive behaviour has, without doubt, an important effect on the calculations and decision makers in Beijing. )」

実はこのラッセル次官補、筆者にとっては35年来の友人だ。かわいそうにワシントンでは毀誉褒貶相半ばとの陰口も聞かれる。

 だが今回の同次官補の中国に厳しい議会証言を聞いていると、これまでオバマ政権の対アジア政策が右往左往したのは必ずしも彼のせいではなさそうだ、という気がしてきた。

 確かにオバマ政権対中政策の振れは小さくないが、実際にブレているのはトップ自身だ。

 過去数年間でも、習近平主席に秋波を送ったかと思えば、尖閣諸島への日米安保条約上義務を確認したり、フィリピンに米軍のプレゼンスを復活させたりする。初めは下手に出るが、誠意が伝わらないと見れば、掌を返すように頑なとなる。

 これはオバマ政権のパターンかもしれない、と思うようになった。

 そう言えば、2009年大統領就任当初にも中国に対する異様な配慮が感じられた。だが、同年秋のオバマ大統領訪中が失敗に終わり、さらに12月のCOP15(第15回気候変動枠組条約締約国会議)で米中関係が険悪化してからは、長く対中強硬政策が続いた。

 もしこのパターンが繰り返されるとしたら、今後米中関係が長い冬に突入する可能性も否定できない。しかし、オバマ政権はそれほど一貫性のあるチームだっただろうか。同政権の対欧州、中東、アフリカ政策を知れば知るほど、答えは否。

 どうやら今後もオバマ政権には振り回されそうだ。それでもあと2年半、この政権と付き合っていかなければならない。これが米国の同盟国の宿命である。
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