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拝金主義で殺伐とした中国に、キリスト教が忍び寄っている

BLACKASIA 2014-05-02

世の中が混乱し、人々が政府に頼れなくなっていくと、多くの国で政府以外に頼るものがある。それは、「神」だ。
これは冗談でも何でもない。乱世になると、本当に人々は神頼みになっていく。
エジプトやパレスチナで貧困が拡大していく中で、支持を集めたのは政治ではなく宗教だ。政治が自分たちを救ってくれないのであれば、神にすがる。

イランでもアフガンでも貧困が極まれば極まるほど、宗教に対する帰依心は強烈なものになっていく。
長く生きていれば分かってくるが、政府も助けにならず、どんどん世の中が悪くなっていき、もう自分の力ではどうしようもないという状況は必ず来る。

人間の人生は60年以上もあり、下手すれば80年も生きなければならないのだ。80年もの間、世の中が無風であるというのはあり得ない。
私たちは、一生のうちに一度は、社会の大混乱に巻き込まれていくのは、ほぼ確定しているのである。

意味のない妄想に囚われて理性を失っていく

どんなに努力しても、知力を働かせても、もはやどうしようもない時代は必ず来る。そんなときでも、筋金入りの無神論者でいられる人は少ない。
多くの人は、現実に向かい合うよりも、人間を超えた存在がいると信じてすべてを委ねる方を選ぶ。
一生懸命に祈れば助かるとか、神様にすがれば何とかなるとか、おおよそ意味のない妄想に囚われて理性を失っていく。新興宗教やカルト教団が伸びるのはそんな時代だ。

しかし、冷静になって考えてみれば分かるが、祈っても、徳を積んでも、それは幸運を引き寄せることにはならない。
徳を積めば良いことが起きるとか、信心があれば苦難を乗り越えられると非論理的なことを信じたところで、それは科学的な裏付けも何もない戯言(たわごと)だからだ。
祈って苦難が去り、祈って経済苦から解放されるのであれば、みんな宝くじを買って祈って金持ちになっている。
本当にそれで金持ちになっているのであれば、それこそフォーブスの金持ちのランキングは、事業家ではなく、宗教家で占められていただろう。

絶望的なインドの貧困者の方が、日本人の百倍以上も信仰心が深い。信心の深さで幸せが決まるのであれば、インドの貧困層が金持ちになり、私たち日本人が絶望的な貧困者になっていなければならない。
そうなっていないということは、要するに宗教は幸せにも経済力にも何ら効力を発揮しないということでもある。

中国で、キリスト教徒がどんどん増えている

そんなことは、客観的に世の中を見回せば誰にでも分かることであり、御利益か何かを求めて信心を選ぶのは、間違っているということが分かるはずだ。
しかし、順風満帆なときにそう思っても、本当に苦境に追い込まれていくと、人は心が折れ、どうしようもなくなって超自然的なものにすがりたくなる。

あまり信じられない話なのだが、現在、中国国内で、キリスト教徒がどんどん増えているのだという。
これは、クリスチャン・トゥデイ紙が4月24日に報じたニュースだが、中国人は現在、精神的な安定を求めてキリスト教に殺到しているようだ。
中国では、1949年には100万人しかなかったクリスチャンが、2010年には5800万人に達したと言われている。
あの拝金主義の中国人が金に拝むのではなく、神に拝むというのが信じられないが、もっと信じられないのは、クリスチャンが5800万人に達しているということだ。

アジアでキリスト教徒がたくさんいる国と言えば、私たちは真っ先にフィリピンを思い出す。
このフィリピン人のキリスト教人口は8000万人ほどだ。中国の人口からすると、近々フィリピンを超えるキリスト教徒が生まれる可能性もある。
中国共産党は、チベット宗教を弾圧し、イスラムを信奉するウイグル族を弾圧し、太極拳の研究グループであった法輪功も大弾圧した国だ。
そんな国で、キリスト教は生き残ることができるのだろうか。

その疑問は2014年4月29日に氷解している。この日、中国浙江省温州市では建設途上の教会が強制的に取り壊されるという憂き目を見ることになった。

「拝金主義」の反動がキリスト教に向かわせていた

やはり、中国政府は、急増する中国のキリスト教に神経を尖らせていたのだった。
「当局の管理を超えてキリスト教が広がることは、共産党の政権基盤を揺るがしかねない」と考えはじめたのだとクリスチャン・トゥデイ紙は述べている。
中国でキリスト教の牙城になっているのは、浙江省温州市であると言われている。この温州市で野火のように広がっているのは、「家庭教会」と呼ばれるものだという。

中国では宗教組織や教会として運営するには共産党当局の許可を得る必要があるが、名簿を提出しなければならない。そうすると、仮に宗教弾圧が始まったとき、法輪功の信者たちのように片っ端から逮捕される危険がある。
だから、無許可の教会を建て、家庭内で信仰を実践する。それを「家庭教会」と言っている。
人々がこの小さくてささやかな家庭教会を信じる気になっているのはなぜか。

それは、今や中国を覆い尽くして、社会そのもののあり方すらも破壊してしまっている「拝金主義」の反動にあるのだと分析されている。
金、賄賂、拝金。金のためなら毒食品を作り、水を汚し、大気を汚染し、もはや中国は人間の住むような場所ではなくなってしまっている。
男は役人になって愛人を作ることを夢見ている。女は愛人になって金を浪費することを夢見ている。

中国全体がそんな腐敗した社会になり、もう人々はうんざりしている。そして、今の社会に「末世」を感じ取っている。
もう中国は行き着くところにまで行ってしまった……。
そんな殺伐とした社会の中で人々が神を求めるようになっている。中国人は救われるのだろうか。それとも、もう手遅れなのだろうか……。

その答えが出るのは、これからだ。
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