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中国、日・独からの導入技術「独自開発」と言い張る「劣等感」

勝又壽良 2014-08-15 03:41

リニアカーも中国製と虚言 中国復古主義の原点を問う

今日は、日本の終戦記念日である。正しくは、敗戦記念日である。毎年、この日が訪れるたびに、日本人は内外すべての太平洋戦争犠牲者へ、深い哀悼を捧げる日である。それにも関わらず、中韓は日本に向けて「軍国主義復活」とか「歴史認識が足りない」とか言い続けている。日本は、69年前から一度も戦争をしていないのだ。その日本を、中韓はここぞとばかりに批判する。理不尽なことだと思う。

中国は、不思議な国家である。日本の過去をほじくり返して批判を重ねている。その日本から、貴重な技術を導入しながらの悪口雑言である。余りにも、身勝手な国家と言わざるを得ない。しかも、日本のほかに先進国から導入した技術まで、中国が独自に開発したものとして宣伝する。劣等感の塊のような国家である。中国は人一倍、劣等感が強い国家だけに、他人の物を自分の物と言いふらす。精神的にも、未熟な国家なのだろう。

日本に関わる話しでは、新幹線技術がある。独自開発を目指したが、基盤技術のない哀しさでついに陽の目を見ることはなかった。そこで、日本の新幹線技術にすがりついて導入した。ところが、完成後は何を言い出したか。ご存じの通り、「中国独自の開発」であると内外に言いふらしたのである。子どものような振る舞いであった。

所詮、日本の新幹線技術がベースである。「借り物技術」にも関わらず、十分にマスターしないで営業運転に入った。その挙げ句が2011年7月、脱線事故による多大な人命(死者40人、負傷者約200人)損傷である。それ以降、最高時速を250キロから200キロに落とし「慎重運転」をしている。「独自技術」と言ってきた手前、内外の批判を一手に受ける羽目になった。笑うに笑えない、お粗末な話しである。

中国は、独自開発技術でないが、なぜこうした取り繕った話しをでっち上げるのか。タイトルにも上げたように、劣等感に悩まされていることは間違いない。こうした点については、後で英国の生んだ偉大な歴史家のアーノルド・J・トインビー博士の『歴史の研究』など手がかりに、解明したいと思う。トインビーの著作に基づくと、中国の「超保守主義」や「軍事国家指向」は、歴史の後進性国家として明快に説明できるのだ。

リニアカーも中国製と虚言
ドイツ国際放送『ドイチェ・ヴェレ(中国語電子版)』(8月2日付け)は、次のように伝えた。

① 「ドイツで開発されたリニアモーターカーが、中国で商業運用され始めて10年経つ。ドイツでは1980年代に初の試験路線で運転が始まったが、06年に衝突して犠牲者を出し、11年には同路線での事業は終了した。一方、ドイツの技術を導入した中国では、『自国の独自開発』がうたわれ、北京や長沙など各地で敷設計画が策定されている。中国でのリニア計画は、政治利用もされてきた。リニア好きな朱鎔基(ジュウ・ロンジー)元首相が03年に退任すると、後任の温家宝(ウェン・ジアバオ)首相はより安価な技術の導入を試みた」。

私も数年前、上海でこのリニアモーターカーに乗ったことがある。市街地から空港までの短距離の営業運転であった。中国人ガイドは、ドイツ技術の導入であると話していた。最近は、GDP世界2位の面目にかけて、見栄っ張りの「嘘情報」を流しているのだろう。事実でないことを発表して、恥ずかしいと思わない。それが、中国らしい「厚かましさ」の一端なのだ。嘘も100回言えば真実になる。中国政府はそう考えているとしたならば、とんだ見当違いなことをしている。

② 「中国の開発者たちは、リニア技術で中国が世界に後れを取り、技術競争から脱落することを恐れていた。日本も東京・大阪間にリニアを走らせる予定(注:リニア新幹線)だ。中国の官製メディアは、『われわれの技術が日本に劣らないことをはっきり示さなければならない。全世界が中国の技術を欲しがるだろう』と伝えている」。

中国のリニアモーターカーは、短距離の移動手段として使われている。日本のリニア新幹線とは質が違うのだ。それでも、日本に対抗してドイツ生まれの技術を「独自開発」と言い募っている。その心情を思うと、怒りよりも哀れさを催すのである。自らを「大国」と称して、軍事覇権を目指しながら、独自で切り開いた技術は皆無である。さぞや、内心忸怩たるものがあるに違いない。それを素直に表現せず、「大言壮語」(ほら吹き)するから、辻褄があわない話しになるのだ。最近、トルコで「中国新幹線」が開通した。開通当日、トルコ首相が乗った「一番列車」が、途中30分も立ち往生して、大恥をかいたのである。

『サーチナー』(7月29日付け)は、次のように伝えた。
③ 「中国が初めて海外で建設を請け負ったトルコのアンカラとイスタンブールを結ぶ高速鉄道の第2期工事が終了し、7月25日にトルコのエルドアン首相などが参加して開通式が行われた。アンカラとイスタンブールを結ぶ高速鉄道は総延長533キロメートルで、中国は第2期工事分の158キロメートルを建設するプロジェクトを12億7000万ドル(約1293億円)で落札。中国鉄道建築総公司および中国機械進出口有限公司が建設を担当した」。

④ 「中国の新華社は、『トルコの高速鉄道は中国が海外で初めて建設を請け負ったプロジェクトだ』と紹介、中国高速鉄道の海外輸出戦略において『極めて重要な意義がある』と論じた。一方、台湾メディアの『自由時報』は7月27日、エルドアン首相が乗車した列車は技術的問題が発生。約30分停車し、『中国の関係者の顔から光が消えた』と報じた。なお同報道によれば、開通式で高速鉄道が『技術的問題』で停車したとの事実は中国では報じられていない」。

中国関係者は当初、さぞや得意満面であったであろう。ところが、途中で30分も予定外の停車を余儀なくされたのだ。その原因は多分、2011年7月の中国での事故原因と似通ったものであろう。当時、中国での事故報告書は、(1)信号機に設計上の重大な欠陥があった。(2)運行管理センターの設備の入札や技術審査などに規則違反があった。(3)落雷で同センターの設備や線路の電気回路に故障が発生し、誤った信号を発した。(4)上海鉄道局の作業員の安全意識が低く、故障発生後、職責を果たさなかったと指摘。人的ミスを含む複数の原因が、重なったとの見方を示した。トルコでも、人的ミスが発生したに違いない。営業運転に入る前の入念な試運転が、今回も行われなかったことは疑いない。失敗を教訓にしないのが中国である。

肥満した「大国意識」を持ちながら、それを裏付ける実力を伴わない。率直に言って、これが偽らざる中国の姿である。「中華意識」だけ持って、世界の中心に位置する大国である。こう信じ切っている中国の現実は、周辺から見れば滑稽であるものの、軍事力を行使されるリスクを考えると、とんでもない危険な存在になる。秦の始皇帝以来、2200年間も「農業国家」であった背景は、革新(イノヴェーション)を受け入れなかった結果であろう。「農本国家」を国是にしてきたのだ。工業国家への移行が遅れたのは、まさに政治が「イノヴェーション」を拒否した結果である。

中国は、歴史の進歩を拒否して旧態依然の保守主義を選んできた。その理由は何であったのか。英国人のアーノルド・J・トインビー博士(1889~1975)は、『歴史の研究』(1934~61)という全12巻の大著を遺した。実に、28年間の研究成果である。文明崩壊の原因を「創造性の復讐」と見なすなど、従来の歴史家にない視点から世界史を分析した。「創造性の復讐」とは、「イノヴェーション能力の欠如」に外ならない。歴史の試練を回避して、絶えず復古主義という殻に閉じこもっている。中国こそ、復古主義そのものである。儒教国家としての中国は、それを立証している。この結末として、「文明崩壊」という忌み嫌うべき罠へはまり込むに違いない。

中国復古主義の原点を問う
歴史において、未知なる現象に遭遇した場合、二つの対処方法がある。トインビーは、『歴史の試練』(1948)のなかでこう分析している。(1)「狂信(ゼロット)派」と(2)「ペロデ派」の二つがある、と。

(1)「狂信(ゼロット)派」とは、未知なるものに遭遇したとき、既知のものに逃げ込んでしまい、自らの伝統的な戦法を用いて応戦する。ここでは、「イノヴェーション」によって戦う意識が存在せず、常に既知の常識に従って戦う。この適例は中国である。現在、共産主義国家を標榜しているが、なんら目新しい政治ではない。専制国家の再来であるからだ。既知の常識とは、「孫子の兵法」と「合従連衡論」である。現代中国の軍事と外交の基本戦略は、すべて前記二つの手法に基づくから、簡単にその手の内を読める。

(2)「ペロデ派」とは、未知の現象に遭遇した場合、その防御法としてその未知なるものに挑戦して、そこに解法を求めるという積極的な対応法である。自ら率先して「イノヴェーション」を求めるのである。日本は、その最適な例である。欧米先進国も、おしなべてこのタイプである。挑戦することのリスクを恐れないのだ。政治制度も封建主義を乗り越えて、民主主義政治制度を取り入れてきた。日本と欧米は、同じ基軸の価値観に属している。

以上の二つの未知なるものへの対応法の違いを頭に入れて、中国と日本を比較検討すると、「水と油」の関係にあることが分かる。日本が明治維新後、教育・政治・経済・自治など、先ず欧米に範を取り、近代国家への歩みを始めた。世界情勢の変化をいち早く察知して、植民地化を回避した。中国は、秦の始皇帝以来の専制主義から一歩も出られなかったのだ。復古主義であり、未知なるものに解法を求めず、精神的な扉を閉じて現在に至っている。

習近平国家主席は、大学教育で7つのタブーを通達した。「七不講」である。即ち、
(1) 普遍的価値。
(2) 報道の自由
(3) 市民社会
(4) 市民の権利
(5) 共産党の歴史の誤り
(6) 特権的貴族的資産階級
(7) 司法の独立

これらの「七不講」を見ると、「イノヴェーション能力」の前面否定である。「狂信(ゼロット)派」そのものだ。中国で改革が進む。そういう期待を持てるはずがない。中国が、日本を「仇」としてつけ狙っている理由は、120年前の「日清戦争」敗北にある。「大国」の面子にかけても、日本へ仇討ちしなければならない。これは、「国是」と言っても過言でない。

日本人は、「日中友好論」に基づいて「過去の清算」が終わっていると考えがちである。明らかに、日本的な楽観論である。中国は必ず、尖閣諸島の奪取によって、仇討ち完了と考えている。「狂信(ゼロット)派」の中国は、こうした行動をとるはずだ。日本は、その覚悟を固めておくべきである。仇討ちの念に燃えている中国では、日中友好論の成立基盤が本質的に存在しない、と言うべきだろう。

日本は、米国に太平洋戦争で敗れた。人類初の原子爆弾を2発も落とされた国である。すでに、戦意喪失の日本を、そこまで追い詰める必要があったのか。こういう議論は当然である。だが、不思議なことに米国へ仇討ちしろという発言を聞いたことがない。それは、戦争の原因を作ったのは日本である。そのように認識しているからだ。ここからが、「ペロデ派」日本の真骨頂である。

米国の占領下にあったとは言え、民主主義国になって戦争を放棄した。その趣旨の新憲法をつくって現在に至っている。もし日本が、中国のような「狂信(ゼロット)派」であれば、政治的独立を達成した直後、憲法を改正して旧憲法に戻ったであろう。日本はあえて、そうした道を選ばなかった。日本と中国の根本的な違いは、ここにある。尖閣諸島についても、中国は国際法から外れた議論をして喜んでいる。

『人民網』(8月3日付け)は、次のように伝えている。
⑤ 「復旦大学の韓結根教授は、『琉球王国漢文文献集成』の最新研究成果に基づき、このほど『釣魚島歴史真相』(復旦大学出版社、海豚出版社刊)を著した。研究によると、明の洪武五年(1372年)に琉球が中国の藩属国になってから,清の光緒五年(1879年)に琉球王国が日本に占領、併呑されたうえ沖縄県と改称されるまでの500年余り、釣魚島(日本名・尖閣諸島魚釣島)及びその附属島嶼である黄尾嶼(日本名・久場島)、赤尾嶼(日本名・大正島)、南小島、北小島のある海域は、冊封大典を行いに琉球王国へ渡る中国の使臣が必ず通る航路であったのみならず、琉球王国の使臣が中国へ朝貢に行き、帰国する際の重要な航路でもあった」。

琉球(沖縄県)は、中国の潘属国としている。果たしてそうだろうか。貿易上の理由から外交的に、明及びその領土を継承した清の冊封(さくほう)を受けていた。それは事実である。一方、1609年薩摩藩の侵攻を受けた以後は、薩摩藩の実質的支配下に入った。琉球は、対外的に言えば、独立した王国として存在したのである。これが、琉球「正史」である。

冊封とは、称号・任命書・印章などの授受を媒介として、中国の「天子」と近隣の諸国・諸民族の長が取り結ぶもの。名目的な君臣関係である。琉球は中国と「朝貢貿易」を行う必要上、「冊封」になったに過ぎないのだ。中国からの行政支配を受けてはいなかった。朝鮮のような行政的支配とは趣が異なるのだ。琉球は、行政的には薩摩藩に属していた。中国側の言い分は、「架空」の話しである。

中国では、尖閣諸島が「冊封大典を行いに琉球王国へ渡る中国の使臣が必ず通る航路であったのみならず、琉球王国の使臣が中国へ朝貢に行き、帰国する際の重要な航路でもあった」としている。それだけのことが、古文書に出ているに過ぎない。琉球=冊封の関係をテコにして、琉球=尖閣諸島=中国という理屈は、現実無視で飛躍しすぎている。国際法的に成立しないのだ。国際法では領土の条件の一つが「先占の原則」である。どこの国が、最初にその土地を占有して利用したか、である。尖閣諸島は、日本によって「先占の原則」が確立されたのである。古文書に地名が出てくる程度では、領土と決めることはできない。

⑥ 「常識的に考えて、釣魚島が交通面でこれほど重要である以上、もし琉球王国の領土なら、琉球人が自国の歴史・地理的版図を記載する際にある程度反映させるはずだが、事実は決してそうではない。韓教授は、『私は現存する琉球王国の全ての漢文文献を調べた結果、琉球の境界と島嶼について全面的に記録、記述する部分を特に設けた文献を3部発見したが、いずれにも釣魚島はなかった』と指摘した」。

中国にとって決定的に不利なのは、中国共産党機関紙『人民日報』が、日本領土として認めた記事を掲載(1953年1月8日付け)していることだ。「禁反言の原則」によって一度、日本領土として認めたものを、後から否定できない国際的な取り決めである。中国は、尖閣諸島周辺海域に石油などの資源賦存が確認(1069~70年)されて以来、態度を豹変させた。中国は、国際法原則に反する言動を平気で続けている。中国社会は物欲追及が旺盛であるから、国際法を無視することぐらい何とも思わない国である。古文書を持ち出し、国際法を無視する。まさに、「狂信(ゼロット)派」国家である。それを自ら認めたに等しいのだ。
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