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日本が中国に「貿易戦争」で勝った日 「レアアース紛争」から4年、中国「WTO敗訴」の意味

東洋経済オンライン(2014年8月26日06時00分)

「日本が、中国に勝った――」。女子サッカーや、女子バレーボールの話をしているわけではない。8月7日にさかのぼるのだが、読者の皆さんは「世界的な機関」で、「ある重要な決定」が下されたことをご存じだろうか。

中国に対する、歴史的な勝利の意味

ある重要な決定とは何か。中国に対してWTO(世界貿易機関)が下した決定である。2012年3月、日米欧は「中国が、レアアース(希土類)、タングステン、モリブデンに関して、不当な輸出制限をしている」として、WTOに提訴。これに対して、中国は環境や天然資源の保護などを理由に、輸出制限が正当なことを主張してきた。

実は、今年3月にはWTOの「紛争処理小委員会(第1審に相当)で中国が敗訴。中国は提訴したが、8月7日、上級審にあたる紛争処理上級委員会でも、「中国の輸出制限は、国内産業を恣意的に優遇する政策である」と断定、日米欧の訴えをほぼ全面的に認めたのだ。WTOの紛争処理は2審制なので、日本を含む日米欧の勝利が確定した、というわけなのだ。

最終的な上級委員会の報告書は、8月29日に開催されるWTO紛争解決機関会合において正式に採択される見込みだ。同日は貿易紛争史において、歴史的な1ページを飾ることは間違いない。

では中国側の敗訴によって、何が起きるだろうか。結論から言えば、EL(輸出ライセンス)制度の撤廃と、輸出税の撤廃は避けられない見通しだ。長期的に見れば、中国からのレアメタルの輸出ドライブがかかり、供給の安定化が期待できそうだ。一方、短期的には国際市況の暴落や混乱も場合によってはあり得る。

さて、「日本が中国に勝った」という一節で、なんとなく読んでみたくなった方も少なくないだろうから、一連のレアアース紛争と中国の不当な規制について、簡単に振り返ろう。

中国は2006年頃からレアアース、タングステン、モリブデンに不当な輸出制限や過大な輸出税を賦課し、明らかな「WTO違反」を繰り返してきた。

この事態がエスカレートしたきっかけをつくったのが、2010年の9月に起きた沖縄県の尖閣諸島での「中国船衝突事件」だった。この事件をきっかけに、中国が外交カードとしてレアアースの対日輸出の禁止措置に出た。

これでにわかに供給不安を懸念する声が高まり、その後、レアアースの市況はなんと10倍以上に跳ね上がった。結局、その混乱は東日本大震災直後の2011年の7月まで続いた。日本は中国の商務省に対するEL制度の停止と輸出税の不当な賦課撤廃を求め、2012年3月、正式にWTOに提訴した。

だが中国との協議は、空回りして機能しなかった。そこで、同年6月に米国とEUと一緒にWTO紛争処理委員会(パネル)の設置を要請。2013年2月と6月には口頭弁論が開催された。今年3月に「第一審」に中国が敗訴したのは上述の通りだ。中国は容易に屈しなかった。環境や資源保護を言い訳に2014年4月にWTO上級委員会への上告を行ったが、これらは明らかな時間稼ぎと無意味な主張だったのだ。2010年から足掛け4年、2012年3月からカウントしても、約2年半もかかって、問題はやっと解決したかに見える。

それでも、問題は解決しない?

もちろん日本としては、中国が報告書の勧告を早期に履行し、WTO協定に整合しないと認定された措置を速やかに是正することを求める。だが、先行きは不透明な部分もあり、本当の問題はこれからである。

というのも、実はWTOの是正勧告には実質的なペナルティー条項がない。いくら勧告をしても、中国がそれを無視すれば、実質的には何の意味もないのである。もし、ルールを守らないなら「中国はWTOから離脱してくれ」ということになる。だが、巨大化した中国の存在を考えるとそういうわけにもいかない。

相手国(この場合、日本と米国とEU)は違反国に対して対抗措置として、高い輸入税を賦課する権利を持つ。だがレアアースなどの資源の大半を有する中国に対して、レアアースの輸入税を高くすると、逆に市況が高騰して中国側の「思うツボ」になる。実際には「押す手」が、なかなかないに等しいのだ。

もとより、中国のレアアース資源の供給量は世界の95%を占める。タングステンは86%、モリブデンも29%といずれも世界ではNo1シェアだ。だからこそ、中国はレアメタルやレアアースを外交カードとして利用、今も日本の足元を見ながら「姑息」な手を打ってくるのである。

昨日の友は、今日の敵なのか

そもそも、一昔前のレアアースは、用途もあまりなく、せいぜいライターの火打石やガラスの添加剤にしか使わなかった。私が1979年ごろから中国から開発輸入をしたのが日中間の本格取引の幕開けだったが、当時はいくら資源があっても技術力もなかった中国にとっては、もて余してきた材料だった。だが2000年以降になると状況はがらりと変わった。ハイブリッド車のモーターや電池に大量に使われるようになった。携帯電話やパソコン、家電製品向けでも需要が拡大していったため、レアアースが国家戦略に組み込まれるようになったのだ。

昔は、レアメタルやレアアース原料を対日輸入しても毎回クレームになったものだ。だが、中国側も、徐々に安いだけではないとわかってくれた。それに伴い、熱心に品質の向上を目指してくれる、中国の精錬工場との取引が成功しはじめた。つまり、日本で再処理をしなくても、充分使用できる品質が確保できるようになってきたのである。ここには、世界一厳しい日本の環境規制に合致させるために、技術交流を通じて中国の現場に最先端の処理技術を持ち込んだ、技術者たちの努力があった。その意味でも、日本は、中国の産業界に多大なる貢献をしたといえる。

話を現代に戻そう。「3品目のWTO協定違反」確定後、中国には徐々に変化も起こりつつあるようだ。確かにWTOには強制力はない。だが、実は中国は他国の保護主義に対しては、別途WTO違反とクレームをつけている。よって、「中国だけ、ルールを無視するわけにはいかない」ことも、政府レベルでは理解している。

例えばインドネシアのニッケル鉱石の輸出禁止については、日本と協力してWTOに提訴している。また、EUが中国製の太陽光パネルに反ダンピング関税を課す仮処分に対して、中国は欧州産ワインのダンピング調査に乗り出している。このことからもわかるとおり、通商紛争は激化の一途をたどっているから、レアアースやレアメタルだけでミソをつけるわけにもいかないのだ。

とはいえ、中国に足しげく通っていると「対抗措置を講じるかもしれない」との噂も聞こえてくる。例えば、「レアアースの輸出制限枠の撤廃」を2015年からに、「輸出税の廃止はさらに先延ばし」しながら、同時にレアメタルやレアアースの資源税を導入することで、事実上、WTOの敗訴に対抗を企てようというのだ。

すでに、早耳を持つ鉱山や精錬工場関係にの「資源税を何%にするか」という裏情報まで入っており、すでに対応した形で投機をしようとしているらしい。すでに中国当局はレアアースの緊急備蓄も行っているし、タングステンの政府備蓄の時期まで噂が噂を呼んでいるので、ギャンブル好きの中国人投資家は、雲南省のレアメタル取引所のコモディティーを購入する用意をしているという。

多くの日本人は、こうした、中国のような「徹底抗戦」をするような発想はもともとない。あくまでWTOルールを順守しながら相手方の対応に期待する、紳士的対応に終始せざるを得ないようだ。中国には、「国内の産業政策であるからWTOでは問題視できないだろう」との思惑が見え隠れしており、ルール違反ギリギリのところでせめぎ合いが行われるため、通商紛争は激化こそすれ、収束は難しいのかもしれない。

今回、中国に対するWTO違反の告発を行った経済産業省の、この2年半の努力は評価できる。だが、中国が相手だ。相手が相手だけに油断してはならない。中国の商務省が、これで素直に政策をルール通りに是正することはあり得ない。中国は必ずレアアースやタングステンやモリブデン以外でも、別の姑息な手を打ってくることを予見している。

例えば、今回のWTO裁定を受ける見返りに、日本に環境技術の無償提供を要求してくるかもしれないのだ。例えば、磁性材料関連の日本メーカーが広東省に進出することを決めているが、環境技術のみならず磁性材料のノウハウの開示や特許の公開を条件に、日本企業の中国進出を認めることなども考えられる。

とはいえ、私見ではあるが、たとえ今後中国に対して実質的に打つ手はないことも承知の上で、今回のWTOの日本の勝利は大変意味深いと考える。日本もアメリカもEUも、今後中国からの消費財の購入が減ることを計算に入れている。一方、中国の人件費が高騰することで、「世界の工場」の強みは減衰している。まして、不動産バブルは終焉に向かっており、理財商品の破綻などから深刻なデフォルト(債務不履行)が今後頻発するかもしれない。バブルは長引けば長引くほどその規模は膨れ上がるわけで、最悪の場合は2008年のリーマンショック級かそれ以上?の危機が来る可能性があることを、覚悟しておいた方が良いだろう。

WTO紛争で冷え込む関係になるべきではない

もちろん、日本も中国に対して、今後は一段と、ある意味で「気前よく技術を提供する」ことはなくなるだろう。日本はアメリカほど露骨に相手と貿易抗争をすることはないが、対中国対策では今回のように、米国とEUを引きずり込んでWTOの裁定で完全勝利をしたことは意義深いことである。

良し悪しは別にして、中国の経済力には相対的な陰りが出ているのは否めない。一方、米国とロシアの関係も悪化しそうな状況を見ているとあながち巷間言われる「第二次冷戦構造」といえなくもない。

とはいえ、こうした環境下では、日本の地政学的位置づけを考えると、上述のような「第二次冷戦構造」が仮に明らかになるとしたら、どうなるだろうか。筆者は、対中ビジネスでの長い経験から、日本と中国の関係は、本来は、補完関係にあると考えている。

本来なら、必ずや双方が協力して平等互恵の関係で助け合わなければならないと考える。元来は、「仲の良い友人」なのだから、ここは「嫌なこともいえる関係」にならないといけない。

中国の文化をよく理解して、脅威と弱みを突く。もし世界が新たな冷戦構造に向かうなら、日本にとっては、むしろ世界経済での比較優位状況を構築することになる、大チャンスでもあると思うのだ。
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