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国政政党・大阪維新の会は、日本共産党が主導する反体制左翼連合と対抗できる体制内保守連合の核に成長できるか?

白髪頭でズバリと斬る -じじ放談- 2015年09月04日

はじめに

参議院における国家安全保障関連法案の審議は最終段階にある。9月中旬頃までに可決成立すべきものとされている。日本共産党・民主党・社民党・生活の党ら反体制左翼各党派(反米・反日・親中)は国会周辺をはじめ全国主要都市で「反安保」の抗議集会(デモ)を繰り返す。国会審議に圧力をかけ廃案に追い込もうというのである。「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」とする日本国憲法第41条規定よりも民衆蜂起を優越する反体制左翼の本性が露呈したというべきである。共産主義者にとって「武装蜂起」も、「護憲」も、そして「憲法無視」も、共産党一党独裁政権を樹立する手段で、時々の都合で使い分けているだけ。目的を実現するためには手段を選ばない。

国家安全保障政策ほど各党派の本性をあぶり出すものはない。今回の安全保障関連法案について野党は(1)「廃案」をめざす日本共産党・民主党・社民党・生活の党・革命的共産主義者同盟中核派・革マル派および維新の党松野・江田一派ら反体制派と、(2)「修正協議」を志向する維新の党馬場一派(大阪維新の会系)・次世代の党、元気・新党改革ら体制内改革派に分裂した。戦後、我が国では「政権交代可能な責任野党(体制内改革派)」の力が弱く、「共産主義革命や社会主義革命によって体制を転覆させんと欲する反体制野党」の勢力が強大であった。

「体制内野党」とは「人権擁護、言論の自由、民主主義、資本主義経済及び私有財産の保護等の価値観を基本とする政治・経済体制を堅持しつつ、自民党政治の宿痾(しゅくあ)というべき既得権擁護政治を打破し、修正する政党であり、「反体制野党」とは最終的には共産党一党独裁政権を樹立、企業の国有化を推進、社会主義的計画経済を導入、私有財産の制限又は禁止を行う政党といってよいであろう。

第1:自民党の派閥はかって「政権交代の主役」であった。

自民党は「おらが村(地域)の代弁者」という地域共同体的体質(ゲマインシャフト)と、「各種団体の利益代弁者」という利益集団代弁者的体質(ゲマインシャフト)の両性具有政党である。その国会議員の出自も、地方議会議員、官僚、各種団体の代表など多彩で、思想的にも右から左まで幅が広い。「何でもそろっているデパート型政党」が自民党といっても過言ではない。「情とカネ」で立ち上げた政党、良く言えば融通無碍な現実主義政党であるが、悪く言えば一貫性のない無原理主義政党とみなすことができる。安全保障面は従来は「日米同盟基軸」、昨今は「日米豪印の海洋同盟志向」であるが、富の再分配にも配慮する等弱者に優しい日本型資本主義を推進してきた。

戦後の自民党一党独裁は「派閥による政権交代」で時々の沈殿物を濾過してきた。さらにムラ社会型政党である自民党の歴代総裁は各派閥に相応の役割と居場所を与え不満が内向し、鬱積し、爆発しないよう配慮した。

「各派閥は合従連衡して総裁候補(将軍継承者)を選任し争った。「派閥」よる老中等幕閣(閣僚)の推薦人事や「派閥均衡人事」が常態化したが、時には、5代将軍綱吉、7代将軍吉宗の如く派閥や幕閣の専横を抑え、将軍独裁を断行して成果を上げ、後世に名前を残した将軍もいた。

将軍(総裁・総理)の専権事項とされる幕閣(党4役・閣僚)の人事が派閥推薦(年功序列)」で決定されるようになれば幕藩体制は劣化するし、自民党政権を維持することはできない。不適材不適所が蔓延すれば国が滅ぶ。議院内閣制が崩壊し、官僚内閣制が復活する。

「政官財癒着と金権腐敗の政治からの脱却」が喫緊の課題とされたとき、「中選挙区制から小選挙区・比例代表並立制」が変更され、「政治献金の規制強化と政党助成金制度」が導入された。暴対法の強化が暴力団の資金源を細くして弱体化させたように、小選挙区制の導入と政治資金規正法が強化されたことで派閥が力を失った。党中央(執行部)と官邸(将軍家)の権限が飛躍的に高まった。インフォーマルな派閥分散型権力構造からフォーマルな官邸・執行部主導型権力構造へ転換した。我が国もようやく世界標準になったというべきか?しかし、ムラ社会は我が国の習俗そのものであって、天変地異や政治制度の改変程度で消えるほどヤワなものではない。我が民族は「談合による適正な配分」を日本型民主主義と考える。西欧流の「優勝劣敗の入札制度」は富の偏在を助長するだけの悪しき慣行とみなす。

閣僚等政務三役の選任権、選挙公認権、政治献金及び政党助成金授受と分配権は形式上、党中央(官邸)に移行したが、総裁や4役、総理や閣僚も派閥の代表者的性格を払拭することはできない。「派閥の代表者(代理人)」に派閥解消を求めても土台無理な話なのだ。派閥も自然現象の一つとして受容した上で使徒を考える以外にない。

派閥談合による「政権交代の時代」は終わった。自民党最大派閥清和会(森派・町村派・細田派)が総元締めになって小泉内閣・第1次安倍内閣・福田内閣を誕生させた。麻生内閣は派閥横断の安倍軍団の全面的支援で誕生した。総裁選規定が変更され、地方票が国会議員票と同等になったが、この構造は大きく変わることはない。自民党国会議員・同地方議員・地元の有力者党員は一蓮托生の運命共同体であって、派閥の系列が形成されているといってよいから、自民党県連のゴタゴタを収拾するのも容易ではないのだ。「分裂選挙に突入」又は「比例で優遇」と相成る。

第2:大阪維新の会が「地域政党から国政政党へ」転換した意味

橋下徹大阪市長は「大阪都構想」に対する大阪市民の賛否を問う住民投票を仕掛ける当たり「敗北すれば政界を引退する」と表明。自民党、民主党、公明党、共産党、社民党等既成の全政党を敵に回し、玉砕覚悟で「背水の陣」で敷いた。結果は周知の通り「僅少差の負け」で終わったが、大阪維新の会に敗北感はない。むしろ衝撃を受けたのは自民党大阪府連であって、自民党支持者の42%が自民党大阪府連の方針を拒否して、大阪維新の会が掲げた「大阪都構想」に賛成投票した。もともと、大阪維新の会と自民党大阪府連は同根であり、縄張り(支持者・支持団体)が競合する。支持者も「自民がダメなら維新を」と容易に支持先を変える。

8月30日投開票の大阪府枚方市長選において、自民党大阪府連は民主党と絶対有利の現職市長を推薦(共産党支持)。誰もが勝利を疑わなかったという。大阪維新の会は対立候補は新人(府議)で知名度も低く、基礎票も敵の数分の1しかない。大阪維新の会もむろん勝てるは考えていなかったはずだ。結果は、基礎票で数倍の現職市長が落選した。油断で陣営に緩みがあっただけでは説明できない。おそらく自民党支持者の多くが大阪維新の会推薦の候補者に投票した可能性が高い。大阪市の住民投票と同じく枚方市長選においても、自民党支持者の相当数が大阪維新の会候補に投票したはずだ。自民党大阪府連が共産党や民主党との共闘を続けてくれるお陰で、大阪維新の会は弄せずして自民党支持者の多くを吸収する。そのうち「大阪維新の会こと真正大阪府連」と名乗っても何の不思議もないのだ。

大阪維新の会を「安倍総理・菅官房長官の直系」と仮定すれば、自民党大阪府連は額賀派・二階派の直系となる。大阪市の住民投票では官邸も、自民党本部も「不関与」に徹した。大阪の喧嘩を自民党本部(官邸)に持ち込むことは得策ではないと考えた。

1.大阪都構想に再挑戦する意味

大阪維新の会にとって「大阪都の実現」は存在意義(レーゾンデートル)そのものであって、これを放棄すれば大阪維新の会メンバーや支持者の連帯を維持することができず空中分解する。松井幹事長(知事)は「大阪都構想改訂版」を出すと述べた。大阪城攻防戦第2幕が始まった。

5年前、松井一郎・浅田均ら精鋭の自民党府議・市議約45人が橋下徹知事(いずれも当時)を担いで大阪維新の会を立ち上げた。首魁が松井一郎知事、参謀が浅田均府議会議長で、橋下徹が情報戦担当専務という感じ。松井や浅田らが「大阪都構想改訂版」を作成し、大阪城攻防戦第2幕を仕掛ける意味は、新たな戦略目標を設定し、大阪維新の会の緩みを引き締めることにある。そして、橋下徹の政界引退期間を最小限に抑えることにある。「大阪都構想の断念=橋下徹の政界引退」という公式は「大阪都構想の新規まき直しと再挑戦」によって説得力が希薄になる。

「橋下徹の政界引退」は大阪市民との約束であり破ることはできない。そこで、首魁と参謀は考えた。「約束を履行させた上で、橋下徹の政界引退期間を最小化しよう」と。もともと、橋下徹も本気で政界を引退する意思はなかった。「調子づけ」のつもりで口走っただけの話なのだ。しかし今更撤回することはできない。「喧嘩に負ければ政界から引退する」という啖呵は勝負師の言葉ではない。橋下徹の手帳には「尻尾を巻いて逃げる」という言葉はないはずだ。彼はそれほど弱い男ではないし淡白でもない。相当しつこい、粘着タイプなのだ。

2.大阪維新の会は「体制内野党(責任野党)」の核となれるか

現在、「反原発闘争」、「反辺野古沖への移転阻止闘争」、「安保関連法案成立阻止闘争」を主導しているのは日本共産党、社民党、民主党左派、生活の党、革命的共産主義者同盟中核派・革マル派等「反米・親中」の反体制諸党派であるが、その主力部隊が中国共産党から全面支援を受けている日本共産党であることを疑う者はいない。

日本共産党の革命戦略は(1)全左翼の結集を図り、(2)自民党等保守勢力の一部を切り崩して取り込むことで多数派を結成し、(3)合法的手段(選挙)で左翼連合政権を樹立し、(4)日米安保条約を破棄または廃棄し、1年後、日米安保条約が失効するのを待って在日米軍を撤退させる。(5)自衛隊を解体して災害救助隊に編成替え、(6)日中相互防衛条約に調印し、同志中共軍の日本列島進駐を推進。(7)共産党一党独裁政権を樹立、(8)日本国憲法の無効を宣言(天皇制廃止)、(8)日本人民共和国の建国宣言という明確なシナリオをもっている。現状は(1)と(2)の段階にある。目下、日本共産党は「沖縄県翁長県政を樹立したほか、大阪都構想実現阻止闘争を成功させ、辺野古沖への移転阻止闘争と反原発・反安保関連法案阻止闘争を主導している。

以上、我が国においては「体制転覆を狙う反体制野党」がマスメデイアを支配下におき政治的影響力を発揮しているが、反面、「自由と民主主義の価値観を共有する政権交代可能な体制内野党」は弱小だ。反体制派は日本共産党主導の下反体制各党派を結集させているが、「体制内野党各党派は分散し連携が十分とはいえない。今後、大阪維新の会が民主党・民社協会、次世代、元気、新党改革に分散している保守勢力を糾合することができるか?健全野党の再編に動くか?が今後の課題。保守勢力は安倍内閣誕で一安心したのか、動きが鈍い。

民主党には親米保守・改憲派の国会議員が50人程度いると推定されているが、安保関連法案の審議でも姿が見えない。親中筆頭の岡田克也代表と革マルシンパの枝野幸男幹事長に完全に抑え込まれている有様で、左翼の「憲法違反・廃案路線」に押しまくられている感じ。民主党内保守は自治労や日教組ら階級闘争至上主義者と岡田・枝野の「反米・親中派」に抑えこまれ、沈黙を強いられ、息も絶え絶えのように見える。民主党内保守は選挙活動の大半を労組に依存しているから、国家存亡の危機に陥ってもに後見人(支持労組)の意向に逆らうことができないということだろう。彼らに野党再編を仕掛ける執念も、エネルギーもないということだ。

大阪維新の会(橋下徹・松井一郎)は「政党も政治家も使い捨てられるべき存在」と開き直っている。そして「思いついたが吉」ということで行動が先行する。「まず行動ありき」だ。あれこれ熟考し、思い悩むタイプは学者では有能でも政治家では無能だ。政治家は社会を解釈する仕事ではない、社会を変革する仕事だ。という訳で、有能な政治家の要件は「行動しながら考える」でなければならない。「行動してから考える」では後始末が大変だし、「行動する前に考える」ならば、あれこれ思い悩む結果、身体が硬直し動けない。揚げ足取りで高給を食む評論家(税金泥棒)となる。

現在の選挙制度を大きく変えない限り、自民党が単独で憲法改正の発議要件(衆参両院議員定数の3分の2以上)を充足することは不可能で、憲法改正を行うためには、体制内的責任野党(改憲派)が結集し政権交代の受け皿政党に成長することが期待されている。そのためには大阪維新の会が捨て石になって体制内野党勢力を糾合し、参院選と衆院選で大躍進する必要がある。ガラガラポンの野党再編に合わせて労働戦線の再編成、例えば、「反体制派」が主導する官公労(旧総評)と「労使協調派」が主導する多国籍企業労組(旧同盟)の分裂を促すべきだろう。

3.大阪維新の会は「国政政党」になってどう変わる?

発足後5年、大阪維新の会は「大阪の改革を全国へ」との旗印を掲げ、慣行の見直しと既得権打破を目指し「上からの改革」を断行した。大阪市職員労組(市労連・自治労)との喧嘩は訴訟沙汰に発展した。敵も増えたが味方も増えた。大阪維新の会の最大の課題が「府市が合体し二重行政の無駄を省き、大阪の復活と繁栄をめざす司令塔(大阪都)を立ち上げること」であった。

当初、破竹の勢いで躍進した大阪維新の会は堺屋太一や竹中平蔵ら著名人をブレーンに迎えハクをつけた。各政党や政治家各位が橋下徹詣で競った。橋下代表・松井幹事長は「大阪維新の会」を活動拠点として温存しながら、石原慎太郎率いる「太陽の党」と「日本維新の会」を立ち上げて衆院選で大躍進、約2年後、江田憲司一派(結の党)に乗り換えて「維新の党」を結成、衆院選で相応の成果を得た。

橋下代表・松井幹事長は国政政党の一翼に食い込むことで政治的影響力を高め「大阪都構想の実現に利用したい」とのハラであったというが、結果、新党の質が徐々に劣化、いわゆる「政治屋の溜まり場」となった。大阪維新の会の清新さと鮮やかな原色性が失われ、薄汚れた灰色の政党に転落した。落選必至の国会議員各位や小沢一家の敗残兵にとって大阪維新の会は「駆け込み寺」であり、天国から地獄に垂れ下がった希望の糸であったろう。

「大阪維新の会」が代理政党を結成して国政に影響力を及ぼすとの戦法を捨て、自ら国政政党に乗り出すことになったのはなぜか?「汚れた身体を洗い清め、初心に帰って出直すことを決意した」のはなぜか?民主党の分裂を誘い、民主党内左翼勢力を切り捨て、責任野党勢力の結集を図るとの作戦が破綻したためか?江田憲司や松野頼久に騙されたことが証拠上明白になったためか?

大阪維新の会は代理政党を立ち上げ、片手間で国政に関与する従来の方式を改めた。今後は、国政全般の課題に責任をもって関与し、国政政党としての地位を一歩から固め治すことになった。「大阪都構想の実現」という一点突破主義では厚い壁を突破できなかった。国政政党として一定の勢力を築き上げることで、二重行政の廃止を初め効率的で効果的な地方行政を実現する戦術に転換した。本来、「大阪都構想」は大阪の復活と繁栄を実現する手段の一つであって目的ではない。大阪維新の会は「手段を目的化し、本筋を外れていた」と自戒したのだろう。

まとめ

「野党再編」には2種類ある。日本共産党が主導する「反体制野党の結集」と、大阪維新の会が台風の目になるかもしれぬ「体制内野党の結集」である。

時代を動かすには莫大なエネルギーを要する。「野党再編」も同様であって、現状を変革することのできるエネルギーを持った政党が周辺を巻き込みながら「野党再編」を仕掛ける資格がある。その能力を持った政党は「反体制野党」では日本共産党だけ、「体制内野党」には目下、適格政党が見当たらないが、大阪維新の会や民主党・民社協会(旧同盟系労組)が連携すれば面白いのではなかろうか。

民主党岡田代表・枝野幹事長コンビは、何よりも「党の分裂→民主党政権崩壊」というトラウマを抱え脅えている。民主党は国家安全保障関連法案や特定秘密保護法案など左翼と保守が対立する案件については意見を集約できない。下手をすると党内対立が激化し党分裂の火種になる。とういう党事情により岡田・枝野執行部は「審議不十分」という手続き論や「憲法違反」という総論反対論で党内の暴発を抑えこむ以外にない。民主党は「党益優先、国益無視」の対応に終始、対案をまとめる作業もしない。

目下、民主党岡田・枝野執行部は日本共産党が主導する「反体制野党の結集路線」に積極的に参加している。いわゆる「反米・反日・親中」の反体制派総結集の60年安保闘争復活路線だ。これに対し、民主党内保守は抵抗力を失っているほか、脱党する気力も萎えている。民主党内保守には、保守としての矜持もなく、脱党する勇気もなく、政界再編に対する気力もない。彼らは民主党政権3年間ですっかり「燃え尽きた」感じだ。

ムラ型政党自民党ではムラ長(おさ)が集まって「安倍総裁の無投票再選」で一致。ムラの掟に従わない者は「ムラ八分」という目に見えない社会的制裁を受ける。ムラビトが享受している権利の大半を失う。

日本共産党や公明党(創価学会)のような中央集権的な政党においては、党の判断と決定を行う頭脳部は党中央(学会中央)で、国会議員や党員は決定を実行するだけの手足。民主党・社民党など左翼政党においては党内各グループがそれぞれ党中党を結成し、内ゲバで体力を消耗し死に至る。

徳川幕藩体制は寺社、ムラ、宿場街、業者集団、侠客、売春業、囚人などの自治組織を統治機構の末端に組み入れ活用した。人類史上例がないほどの効率的で効果的な統治機構を確立した。自民党の派閥もまた執行部(官邸)の意思を全党に徹底させる上で有益な組織となって蘇生するかもしれぬ。 白髪爺 at 21:54

この記事へのコメント

1. Posted by 大和は圀のまほろば 2015年09月04日 22:32
スミマセン(-_-;)別に急かしたわけではないのです

3日の中国のパレードを見ていてそういえばそんなエントリーがあったなと、ブログの中を探したら出てきたので思わず書いてしまいました・・5年前なのにまるで昨日書きましたのような内容で・・すごいですね(笑)

愛犬のお世話大変ですが大事に介護されてください
これから読んで又書き込まさせていただきます・・・

2. Posted by 大和は圀のまほろば 2015年09月04日 23:00

不思議な事に、橋下さんは選挙に負けてからの方がいい顔になりました
面白いなと思っていたところに此のエントリーです
(もちろん子分の松井さんも品が出てきました・・驚きです・・誉めすスギ)

私には大阪維新の会がどうなるのかわかりませんが、民主党よりその他のわけのわからない反日政党に対抗できる野党の成長を望んでいますので、頑張ってほしいと祈るのみです

3. Posted by 白髪爺 2015年09月05日 08:10

マリの諺に「警戒すべきはライオンの群れの中にいるか弱い子羊だ」という言葉があるとの話を想い出しました。
「・・・子分の松井さんも・・」というのは事実誤認ではないでしょうか。
筆者は、常に橋下徹に寄り添い、支えている忠実な子分を演じきっている松井一郎幹事長(知事)こそ大阪維新の会の最高実力者だと思います。
6年前、当時テレビタレントで世間に名前を知られるようになった橋下徹弁護士に唾をつけ、勧誘して府知事候補(自公推薦)に擁立し当選させました。
そして5年前、自民党府議・市議の改革派45人が決起して大阪維新の会を立ち上げましたが、色を添える必要があるとして、橋下徹知事(当時)を言葉巧みに誘い込み御輿として担ぐことになりました。橋下徹がチマチマとした知事行政に倦んできた頃、松井自民党大阪府議(当時)は、橋下徹の軽佻浮薄な性格を読み込んで「知事、おもろい話がありますが、どうです。一緒にやりませんか」と言葉をかけ、即OKさせたといわれています。
つまり、大阪維新の会は自民党大阪府連の改革派府議・市議(松井・浅田・馬場ら)が立ち上げた政治団体であり、橋下徹は「雇われマダム」だったのです。その後、橋下徹が余りにもお客を惹きつけ、商売が繁盛したので、「雇われマダム」が代表、「オーナー」が幹事長という形式にしております。世間的に見てこの形式がベストと判断したのでしょう。
なお、松井幹事長は「自民党大阪府連青年局長をやっていた当時、自民党本部に出入りしていた」とのことですが、安倍・菅両氏とどの段階で接点ができたのかは不明です。一説によると、松井幹事長の実父(自民党府議)は若いころ右翼の首魁笹川良一の秘書兼運転手であったとの話もあり、あるいは先々代に遡る因縁があるのかもしれませんね。

4. Posted by 大和はくにのまほろば 2015年09月05日 08:34

先日松井さんのインタビューを聞いて、あらっ?なんか変わったな~と思っただけなんですが
その松井さんは・・
大阪維新の所属議員からは現職で知名度の高い松井氏の再出馬を望む声が強かった。代表の橋下徹大阪市長も「知事選は松井氏しかいない」と期待を示していた

という事で府知事選に出られるようです
松井さんと橋下さんと手分けして分業ですね
アベノハルカスのごとく大阪維新に頑張ってほしいですね
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