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北工作員ら450人超を聴取したスペシャリストが語る金正恩政権の闇

産経    2015.9.22 11:00更新 (上)

 北朝鮮から亡命した元高官や拘束された工作員ら450人以上を聴取した北朝鮮スペシャリスト中のスペシャリストがいる。米中央情報局(CIA)元要員のマイケル・リー氏(81)だ。拉致された著名韓国人夫妻の脱出を裏で支援するなど、北朝鮮による拉致の手口にも精通する。金正恩(キム・ジョンウン)政権は、日本人拉致被害者らの再調査開始から1年以上過ぎたが、一向に拉致被害者の調査結果を出そうとしない。正恩政権の真意はどこにあるのか-。リー氏に聞いた。(桜井紀雄)

大韓航空機爆破犯から直接知らされた日本人拉致

 「私は、生きていると信じている。心証がある」

 リー氏が米国から来日した際行ったインタビューで、北朝鮮による日本人拉致被害者についてこう話した。

 韓国西部の忠清南道(チュンチョンナムド)扶余(プヨ)に生まれたリー氏は、在韓米軍の情報部隊に勤務。1970年代には、米国に移住し、CIAの情報要員として、2000年まで対北情報戦の前線に身を置き続けた。

 在韓米軍とCIAを合わせて通算約40年間に北朝鮮から亡命した元高官や拘束された工作員ら450人を超える北朝鮮関係者から聴取した希有な経験を持つ。

 70年代に北朝鮮に拉致された韓国人女優の崔銀姫(チェ・ウニ)さんと映画監督の申相玉(シン・サンオク)氏夫妻が、欧州経由で脱出するのを裏で支援もした。

 87年に起きた大韓航空機爆破事件の実行犯で韓国の情報機関に逮捕された金賢姫(ヒョンヒ)元工作員も聴取対象だった。その中で、日本語教師役だった拉致被害者、田口八重子さん(60)=拉致当時(22)=について知らされた。早い段階から日本人拉致の存在を把握していた一人だ。

 「北朝鮮は必要なら(日本人拉致を)やるだろう」とリー氏は当時、感じたという。

 北朝鮮は、田口さんについて「死亡した」と主張しているが、死亡したとする時期以降も目撃情報があるなど、矛盾点が少なくない。リー氏は最近も、金元工作員から直接、田口さんは「生きている」と聞かされたという。

拉致被害者は「死亡した」と主張するわけ

 北朝鮮が重ねてきた外国人拉致について、リー氏は「日本人だけでなく、他の国からも、たくさんの人々を拉致してきた。なかには、中東の女性もいる」と説明しながら、多くの日本人拉致の特異点にも触れた。

 「日本人拉致は、犯罪行為、すなわち、対南(韓国)工作に関係のある犯罪行為であり、拉致問題を解決するためには、自分たちの秘密と犯罪行為を全て明らかにしなければならない」と、北朝鮮が多くの拉致被害者について「死亡した」と主張し続ける理由を説明した。

 では、なぜ金正日(ジョンイル)総書記は、2002年に拉致を認めて謝罪し、被害者5人を帰国させたのか。

 リー氏は「犯罪性が問題だ」とした上で、「日本に戻って、いろいろなことを話しても、自分たちには、被害が及ばない人は帰した。犯罪性を立証できたり、暴露できたりする人は帰していない」と指摘する。

 「対南工作に関わる秘密工作に利用した人や、犯罪性のある仕事に携わった人については、隠すしかない」と強調した。

 「これらの人々に関しては、いろいろ説明するのも煩わしく、『死んだ』と言っている」

 リー氏はこうも断じる。

 「犯罪性を隠蔽するため、絶対に真相を公開しないだろうし、できない。やるフリはするが、しない」

日本を足止めする「巧妙な時間稼ぎ」

 それではどうして、金正恩政権は昨年、拉致被害者の再調査を約束したのか。いまのところ、北朝鮮側に目に見える形で得たものはない。

 リー氏は「北朝鮮がやっているのは、時間稼ぎのための一つの巧妙な方法にすぎない」と断言する。

 正恩政権は、日朝合意が履行されている間は少なくとも、日本が米国などと組んで対北強硬策に出ることはないとみており、日本が米国との連携を強めるのを足止めさせる一定の効果があるというのだ。

 その上で、「日朝がいくら時間をかけて協議し、合意に達したとしても、完全な解決はあり得ない」と北朝鮮側の拉致調査の行方に悲観的な見方を示した。

 「正恩政権が崩壊するまで、真実を明らかにしないだろう」とも言う。「北朝鮮が真実を語るというのは、自分で自分の犯罪を暴露することを意味するからだ」

 拉致問題は、解決の見通しはないのか。現在の北朝鮮内外の情勢から、逆に解決の「チャンスだ」とも強調する。

 正恩政権は「非常に不安定な状態」を見せており、日米韓の出方次第では、遠くない将来、政権が崩壊し、南北統一する可能性があるという。

 「正恩政権が崩壊し、南北統一すれば、全ての真相が明らかになる。日本人(拉致被害者)は、全員帰国できる」

 一方で、正恩政権の崩壊シナリオに向け、日米韓が結束して当たれない状況もあるという。最大の阻害要因は「韓国政府の弱腰姿勢」にあると訴える。それはなぜか-。

「韓国政府は本当にダメだ」「北との共存・統一狙う戦略は理論的に間違っている」(中)

 北朝鮮元高官ら450人以上を聴取した経験を持つ元米中央情報局(CIA)の対北情報戦のプロ、マイケル・リー氏(81)は、米政府は金正恩(キム・ジョンウン)体制の崩壊を見越して戦略をシフトしつつあると指摘する。北朝鮮内部も公開処刑による恐怖政治から亡命が相次ぎ、体制崩壊による南北統一に向け、日米韓が行動する「今がチャンスだ」とも説く。だが、足を引っ張っているのが、韓国政府の長年の弱腰姿勢で、その対北戦略は「完全に失敗だ」と批判する。(桜井紀雄)

米は「忍耐」から「北崩壊」戦略にシフト

 金正恩政権と対峙するにしても、正恩政権が最大の交渉相手とみるオバマ米政権に積極的な対北政策は見受けられない。

 米政府のこれまでの対北政策について、リー氏は「戦略的忍耐だった」と言う。

 「忍耐政策の過程で、北朝鮮の核を廃棄させるという戦略だった」と説明した上で、「しかし、北朝鮮は、核廃棄を絶対に受け入れないと私はみる」と強調する。

 一方で、「最近1年間に米国の対北戦略は変わった」とも指摘する。北朝鮮の核廃棄についての言及が目に見えて減ったというのだ。

 「南北統一を優先させ、統一されれば、核問題は自然と解決するという方向にシフトしてきた」とみる。その証拠に、オバマ大統領をはじめ、米政府高官らが、北朝鮮体制の「崩壊」を盛んに口にするようになってきたという。

 それでも任期切れが迫るオバマ大統領には、劇的な姿勢の変化は見られない。

 リー氏は「米国を動かしているのは、大統領だけでない」と述べ、「政府官僚やCIA、研究者ら多くの戦略家がおり、大統領はそのメンバーの一人だ」と指摘する。

 「オバマ大統領が任期を終えても、(米政府が移行しつつある)対北戦略の方向性は変わらない」

「約70年の対北政策は完全に失敗」

 「しかし」とリー氏は言う。「問題は、韓国政府が北朝鮮体制の崩壊を見込んだ南北統一に対し、積極的な態度を取っていない。それが頭の痛い問題だ」

 朝鮮戦争後に500人を超える韓国人が北朝鮮に拉致されたとされるにもかかわらず、韓国国民がほとんど関心を示さない現状についても、リー氏は憂える。

 「韓国政府は本当に、ダメなところが多い。覚醒しなければならない」

 韓国生まれの米国籍であるリー氏は、「米市民の立場からいえば、韓国政府の約70年間の対北政策は完全に失敗だ」と主張する。

 「現在の北朝鮮体制を認め、共存しながら統一を模索するのは不可能だ。理論的にも間違っている」

 北朝鮮住民にも思いをはせ、強調する。「苦難の深淵であえぐ北朝鮮同胞を解放するためには、“金王朝”を破壊しなければならない」

 韓国政府の消極姿勢に対しては、「次の世代が歴史を振り返るとき、われわれの先祖は過ちを犯したと評価するだろう」と手厳しい。

 北体制の崩壊戦略に、韓国政府が及び腰である理由として、リー氏は「親北左派勢力」の跋扈を挙げる。「韓国国内に左派勢力がはびこっているので、政府さえも(崩壊を見据えた)統一に対する意思が非常に弱い」

張成沢氏亡き後、正恩政権牛耳る「4人組」

 2013年末に処刑された金正恩第1書記の叔父、張成沢(チャン・ソンテク)氏こそが「金正恩を守る存在だった」という。

 だが、リー氏は張氏粛清前から、張氏を後見人とする体制の危うさを指摘していた。「張氏には、自分を信じすぎるところがあった。それが彼の大きな失敗だった」

 現在、正恩政権を動かす「4人組」として、(1)朝鮮労働党人事を握る党組織指導部の趙延俊(チョ・ヨンジュン)第1副部長(2)朝鮮人民軍を管理する黄炳瑞(ファン・ビョンソ)軍総政治局長(3)黄氏と金第1書記の最側近の座を争う崔竜海(リョンヘ)党書記(4)秘密警察、国家安全保衛部の金元弘(ウォノン)部長-を挙げる。

 だが、いずれも自らの地位を守ることに汲々とし、現状を打開する力はないとみる。

 リー氏は、北朝鮮国内で2000年以降、約1300人が公開処刑され、正恩政権発足後も70人以上の高級幹部が処刑されたとの情報にも着目する。韓国への高官亡命も相次ぎ、金第1書記の秘密資金を管理する党39号室の幹部も亡命したという。

 「北朝鮮内部は、非常に不安定な状態であり、今がチャンスだ」と、日米韓の出方次第では、早期に金正恩体制の崩壊があり得るとの展望についても語った。

 そうしたなか、韓国政府に積極性がみられず、決断できないことを「本当に惜しい」と嘆く。

 では、正恩政権を突き崩す手立てはあるのか。リー氏は、安全保障上も「強い日本」の重要性を強調するとともに、サムライの境地に、北朝鮮体制に情報戦で打ち勝つヒントがあると説く。

「韓国の中国接近は外交的な間違い」「中国は永遠に排他的な国。信じてはならぬ」(下)

 約40年間にわたって北朝鮮との情報戦の最前線を経験してきた元米中央情報局(CIA)のマイケル・リー氏(81)は、北朝鮮問題をめぐる韓国の中国接近に警戒感を示す。一方で、強く支持するのが、北東アジアの安全保障における「強い日本」の存在だ。その上で、金正恩(キム・ジョンウン)体制を突き崩す「先制宣言」戦略を説く。サムライの境地にならったという「戦わずして北朝鮮に勝つ」その秘策とは-。(桜井紀雄)

韓国が最優先すべきは「米国と日本」

 北朝鮮経済は、中国に大きく依存し、パイプ役だった張成沢(チャン・ソンテク)氏の粛清で関係が冷え込んだとはいえ、北朝鮮情勢の行方の鍵を握るのは依然、中国だといわれる。

 韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領が日米の反対をよそに、「抗日戦争勝利70年」の軍事パレードに出席してまで、中国との結び付きを強めるのも、一つには、習近平政権から北朝鮮問題解決の協力を取り付けるためだとされる。

 だが、リー氏は、対北問題解決で、韓国が中国に依存することに強い警戒感を示す。

 「経済的実利のために、中国と関係を維持するのは構わない」としながらもこう主張する。

 「中国は同盟国として、依存できる国ではない。安保問題で中国に依存してはならない。信じてもいけない。体質的に中国は永遠に排他的な国だ」

 韓国が最優先すべき国は「米国と日本だ」と重ねて強調し、「日米に嫌悪感を与えるほど、韓国が中国と北朝鮮に接近するのは、外交的にミスを犯すことだ」とも指摘した。

 韓国世論を日米と離間させ、中国や北朝鮮接近の方向に誘導しようとしているのが「親北左派勢力」だとの認識も示す。

安保法制「世界史的な次元で非常によいこと」

 リー氏が中国に比して、対北問題で重要視するのが、北東アジアの安保における「強い日本」の存在だ。

 安倍晋三政権が推し進める安保関連法案の整備も「(中国など)周辺国は嫌がっているが、世界史的な次元で考えると、非常によいこと。日本はとても、よくやっている」と評価する。

 「北東アジアに強力な国家がいて、はじめて中国を牽制できる。米国1国でやるのは難しい。日本がもっと大きくなり、朝鮮半島も統一されれば、秩序は維持される」

 「(日本が)強くなったとしても、他の国を侵害することなど、あり得ない」とも言う。

 リー氏は、日本統治時代の韓国で生まれ育った。戦後世代の韓国人が「日本軍国主義の再台頭」などといった幻想にとらわれる傾向にあるのに比べ、日本統治を経験した世代の方が、戦後日本の歩みを、あるがままに受け止めている証左といえる。

「日本が統一に反対」の虚像 歴史問題から「脱皮を」

 韓国国内では、日本や米国が南北統一を阻んでいるとの主張が幅を利かせてもいる。これについても「親北勢力の影響だ」と論じ、「日本や米国が統一に反対しているというのは、操作された世論だ。事実ではない」と断言する。

 「北朝鮮と統一した韓国と、日本との関係は、はるかによくなるだろう。悪い人たちが『日本が統一に反対している』という方向に世論を持っていこうとしているだけだ」

 日米、米韓の同盟関係についても、「中途半端な三角同盟であり、北東アジアの安保と繁栄のために、いかなるリスクを払っても、日本と韓国が直接、同盟関係を結ばなければならない」と長年、主張してきたという。

 韓国にとっても、米国という同盟国に加え、「日本が国家的に発展し、強力になれば、強い友人がもう一人増えるわけだ」とも強調する。

 韓国は、事ある度に歴史問題を持ち出し、現在、国交正常化以降、最悪の日韓関係といわれる。だが、リー氏は「古い考え方から脱皮しなければならない。互いに排他的な感情を抱いていてはダメだ」と歴史問題にとらわれることなく、相互依存へ転換するよう訴えかける。

サムライの境地に学べ! 戦わずして勝つ「先制」戦略とは…

 リー氏は「北東アジア情勢が安定してこそ、韓国経済も日本経済もよくなる。相互協力のシナジー効果も期待できる」と、北朝鮮体制崩壊による南北統一がもたらすメリットを強調する。

 金正恩体制の崩壊シナリオに積極的といえないなかでも、朝鮮半島の統一はやはり「韓国が主導し、日米がそれに協力する形が一番望ましい」とする。

 「これから世界をリードするのは日米韓だろう」とも展望し、日本に対しては「統一国家建設に、統一した韓国が世界に貢献できる一流国家になることに協力してくれることを期待したい」と統一後の積極的な役割に期待を託す。

 では、韓国政府がすぐにでも取り組める戦略はあるのか。

 リー氏は、現状のように正恩政権を交渉相手にし続けるのではなく、金正恩第1書記の頭越しに、ダイレクトに北朝鮮住民にメッセージを発信する政策転換を主張する。

 リー氏は「昔のサムライ精神は、刀を抜かずに相手を制することが最高の境地とされたそうだが…」と述べ、この戦わずして相手を圧するサムライ精神に正恩体制を突き崩す極意があるとの考え方を語った。

 「一部の人たちは『北朝鮮に先制攻撃を仕掛けるべきだ』とか、強硬な主張をするが、サムライの境地のように、先制攻撃ではなく、『先制宣言』をすべきだ」

 「先制宣言」とは何か。

 「統一されたら、北朝鮮住民をどう処遇するつもりなのかを言うべきだ。例えば、幹部たちに対し『報復はしない』とか。『全て許す。協力すれば、過去は不問にする』と、韓国大統領が先んじてメッセージを宣言すべきだ」という。

正恩政権が最も恐れるメッセージ

 統一後の朝鮮人民軍兵士約120万人の処遇について明言する必要性にも言及する。

 「統一されれば、産業ブームが起きる。内需経済に、とてつもないブームが起きるだろう。世界の企業が朝鮮半島への投資に列を作るはずで、武装解除された北朝鮮軍人を産業建設の前線に吸収すると宣言する」

 そうすれば、「北朝鮮内部は動揺するし、北朝鮮住民は希望を持つ」と提言する。

 「もうちょっと頭を使えば、戦争をせずに北朝鮮を統一することができる」

 南北軍事境界線の非武装地帯での地雷爆発による韓国軍兵士の負傷をめぐり、韓国が11年ぶりに対北宣伝放送を再開したことに、正恩政権は神経をとがらせた。南北高官協議で、放送中止と引き換えに「遺憾」まで表明した。脱北者団体などが正恩体制を批判するビラを風船で飛ばすことにも毎回、強い反発を示してきた。

 住民に直接、メッセージが伝わるのを何よりも嫌い、恐れているのだ。裏返せば、情報戦で、北朝鮮住民の心をつかむことが、何よりも、政権を揺るがし、体制崩壊を早めさせることを意味している。リー氏が提唱する「先制宣言」戦略は、まさにこの点を突いたものだ。

 だが、朴槿恵政権は南北離散家族再会事業にこぎ着けるなど、依然、正恩政権を交渉相手にする「信頼醸成プログラム」を堅持している。リー氏のアイデアがにわかに受け入れられるとは考えにくい。

 リー氏は問題の本質についてこう指摘する。

 「朴大統領の任期が終わっても、金第1書記は死なないし、そのまま政権の座に居続けるだろう。そうなれば、どうなるのか。こういう現実を、私たちは考えなければならない」     (完)
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