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ドイツを襲う難民パニック。「EU瓦解」まで見えてきた!~内紛勃発でメルケルは消沈、ほくそ笑むのは独産業界!?

現代ビジネス  2015年10月16日(金) 川口マーン惠美

ドイツの難民申請数は100万件を超える

ハンガリーにいる難民を無制限に受け入れていることで、ドイツは上を下への大騒ぎになっている。怒涛のように押し寄せる難民。受け入れを義務付けられている各州は、すでにパニックになっている。

大きなテント村をつくって、とりあえず難民を収容している場所もあるが、ドイツはもう最低気温が0度に近い。屋外にディーゼル燃料の巨大な機械がいくつも並び、そこで作った温風を太いパイプで24時間、テントに吹き込んでいるのだが、なにしろ断熱効果のまるでないペラペラのテントだ。

ほとんど暖かくならない上、機械の故障も相次いでいるという。本格的な冬までにはどうにかしなくてはならない。

ハンブルクでは、いよいよ場所がなくなり、使っていない民間の商業施設を市が没収できるよう、臨時の規則が作られた。警察が、倒産したテニスクラブの屋内競技場の入り口をドリルでこじ開けている映像がテレビで流れ、かなりショックだった。今、ドイツでは、多くの体育館で難民が寝ている。

一方、笑いが止まらないのは、簡易ベッドや寝具、コンテナハウス、テント、簡易トイレ、そして、前述のディーゼル暖房装置などを納めている業者だろう。一部の人にとっては、棚から牡丹餅のチャンスだ。

ただ、州政府と自治体は本当に困りきっている。どんどんやってくる難民たちだが、衣食住の世話だけでなく、彼らに本当に難民資格があるのかどうかも審査しなくてはならない。ところが、あまりの数でとても追いつかない。

申請者数は、去年は20万で、今年は100万を超えるという予想。審査が滞っている書類は、ドイツ全国ですでに何十万件にも上っているという。

どれぐらいの数の難民が、最終的にドイツで受け入れられるのかはまだわからないが、仮に半分が残るとしてもすごい数だ。現在、難民関係の職員が増員されているところだが、子供は就学の義務があるので、教員も増やさなければならない。

また大人にも、語学コースだけでなく、職業訓練が必要だ。心的外傷に悩む人々もいるので、ソーシャルワーカーや心理学者も動員されている。

難民一人当たりにかかる費用は、医療費や小遣いも含めて、1ヵ月でおよそ1,000ユーロだという。これに人数をかければ、恐ろしい金額になるが、それでもメルケル首相は、増税はないと言っている。確かに今のところ、ドイツの国家収支はプラスになっているから増税の必要はないのかもしれない。

ただ、東西ドイツ統一の時も、最初、コール首相は国民に増税はないと約束していた。しかし、お金は天から降ってくるわけもなく、結局は足りなくなって、団結賦課金が徴収された。税という名こそ付いていなかったが、早い話が税金だ。統一から25年、我々は今日もそれを支払っている。

今回の難民にかかる経費についても、同じようなことが起こるのではないかと思っている人は多いだろう。EUレベルでも、なんらかの難民がらみの経費が徴収されるのではないかという話はすでに出ている。

難民政策をめぐり与党内の亀裂が深刻化

さて、そのドイツで今、メルケル氏の難民政策をめぐって、与野党間ばかりか、与党内でも大きな対立が起こっている。

現在の第3期メルケル政権は、メルケル氏率いるCDU(キリスト教民主同盟)と、その姉妹党CSU(キリスト教社会同盟)、そしてSPD(ドイツ社民党)の大連立からなっている。CDUとCSUは同じ保守のコンビだが、SPDはそもそもCDUの対極として存在してきた党だ。

これまでの戦後のドイツ政治は、CDUとSPDが交互に政権を担い、うまくバランスをとりながら進めてきた。ただ、ここのところ、右派も左派も言っていることにあまり差がない。

なのに第2期メルケル政権のときは、この2党が与党と野党に別れたため、決まることも決まらず、弊害ばかりが目立った。そこで、現政権は大連立となったという経緯がある。

大連立はいろいろなことがスムーズに決まるというメリットもあるが、しかし、常にそうなるという保証はない。経済政策などでは、商売第一で意見の一致が容易だが、難民政策のように人権が絡むと、この両党の意見は、ときに大きく異なる。

そのうえ今回は、姉妹党であるCSUが一番声高にCDUおよびメルケル首相を非難しているので状況は複雑だ。今、国民は政府の内輪揉めを見せられるばかりで、腹立たしいことこのうえない。

副首相のガブリエル氏(SPD)は、今年ドイツにやってくる難民は100万人を超えるとし、このままの状態を続けるのは無理であると言っている。内務大臣のデ・メジエール氏(CDU)も同意見で、いくら善意があろうとも、受け入れ能力には限りがあると宣言した。

それなら上限を決めて、秩序だった受け入れを、というわけだ。

しかし、デ・メジエール氏は、一部難民宿舎での暴力行為や、横柄な態度なども指摘したため、評判を落とした。10月2日付のこのコラムでも書いた通り、難民を少しでも非難する言動は、ドイツではタブーなのだ。

難民は絶対善。問題を指摘する人間は反人道的。案の定、この発言のあと、難民問題はデ・メジエール内相の手を離れ、首相府が直接担当することになった。現在の束ね役は、メルケル氏の一番の参謀、アルトマイヤー氏だ。

一方、CSUの党首、ゼーホーファー氏は非難などものともせず、最初から一貫して、メルケル首相の人道政策(?)に反対している。連邦政府は、難民を無制限に州政府に押し付けており、これは州政府の管轄権の侵害であるというのが彼の主張だ。

そして、これが続くなら、憲法裁判所(ドイツの最高裁判所)への起訴の可能性までほのめかした。与党内の亀裂は深刻だ。

それに対して、メルケル首相も負けてはいない。ことあるごとに、「政治難民の受け入れに上限はない」と言い続け、難民流入を止める手だては取らない方針を貫いている。しかし、この政策は必ずしも国民に支持されてはおらず、現在、メルケル氏の人気がガタ落ちになっていることは、やはり前述のコラムで書いた。

難民の受け入れがさらなる格差社会を生む

ところがそのCDUが10月の初めに突然、将来は難民を国内に入れず、国境で審査して、資格があるとわかった者だけを入国させ、ない者はすぐに帰ってもらおうと言い出した。つまり、オーストリアとの国境付近に大きな収容所を作り、さっさと審査をする。ドイツの空港で、すでに長年取られている措置である。

ただ、空港の場合は人数が限られているし、毎日、亡命希望者が到着するわけではない。難民は雲隠れもできない。毎日何千人もやってくるオーストリア国境の状況とはまるで違う。

オーストリアとドイツの国境は長い。入ろうと思えばどこからでも入れる。国境をすべて見張ることは、壁を作らない限りできない。そして、まさにその"壁"に、ドイツ人は悪夢のようなトラウマがある。

それに、その大量の難民を収容する場所をどうやって作るのか? どうやって、素早く審査していくのか? そのあと、どうやって送り返すのか?

また、難民以外の人はどうなるのか? 難民と難民でない人を、どうやって区別するのか? 難民が、難民でないふりをして移動することもできるのだろうか? 連立与党のSPDでさえ、この案の実現には非常に懐疑的だ。

EUの理念は、「人、物、金、サービスの自由な移動」であり、それによってヨーロッパを統合していくというのが最終目標だった。

しかし、今では、あちこちで入国審査が復活している。ハンガリーは押し寄せる難民の波からEUの国境を守りきれず、溜まってしまった国内の難民を、特別列車でオーストリアに送り、オーストリアは、それをドイツに送っている。

ブルガリアはトルコ国境を監視し、チェコはオーストリア国境を閉じ、ドイツもオーストリア国境での監視を強めている。イタリアとフランスの間でも、フランスとイギリスの間でも、難民の押し付け合いは熾烈になっている。シェンゲン協定は、すでに壊れてしまっている。

夏にハンガリーがセルビアとの国境に塀を作ったとき、ドイツ政府はそれを激しく糾弾したが、結局、ドイツ政府がこれからやろうとしていることも、基本的にはあまり変わらない。

ドイツ政府の公式見解は依然として、「迫害されている者はドイツでの庇護を享受する」であり、産業界は難民の良質な労働力に期待しているという。

両者とも、難民問題をチャンスに変えるのだと意気込んでいるが、水面下では、難民には最低賃金法を適用しないで済むような例外措置を講じよう、という動きがすでに出始めているらしい。産業界が難民に期待しているのは、良質な労働力だけではなく、安価な労働力でもある。

ドイツでは、産業界の長年の反対を押し切って、ようやく今年の1月から時給8.5ユーロという最低賃金法が施行されている。これはフランスの最低賃金よりも低い水準だ。しかし実際には、ドイツには、これ以下の賃金でも働く人たちがたくさんいる。

難民が大量に労働市場に入り、しかも彼らが最低賃金法から除外されるとすれば、下手をすると、ドイツは将来、さらに大きな格差社会への道を歩む危険すらあるように思う。
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