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中国のゴーストタウンで見た官製バブルの成れの果て

JBpress 12月9日(水)6時15分配信

 この11月に中国遼寧省営口市を訪問する機会があった。

 営口市は大連の北方約200キロメートルに位置し、渤海湾に面しており、昔は漁港だったそうだ。市の人口は230万人とされるが、それは周辺部を含んだものであり、中心部の人口はその10分の1程度。中国のどこにでもある都市と言ってよいだろう。

■ わずか3年でできた新幹線

 営口へは大連から新幹線で行った。乗った車両は外観も内装も日本の新幹線によく似ていた。真似したのであろう。切符を買うのに外国人はパスポート、中国人は身分証明書が必要であり、乗る際には空港と同じように荷物検査があった。ただ、それほど厳重ではなく、係員の態度はおざなり、また身体検査はなかった。

遼寧省 営口市
 車内にメーターがあり、スピードが乗客にも分かるようになっていた。最高速度は毎時300キロメートルを記録したが、その際にも大きく揺れることはなく、まあ快適な旅だった。大連から営口まで約1時間。

 驚いたことに、大連と営口を結ぶ新幹線が2本ある。海沿いと山沿いの2路線。どちらも2010年以降に完成したと言っていたから、リーマン・ショック後の景気対策で急遽建設されたと思われる。だた、海沿いを走る列車は少なく、1日に数本。明らかに必要のない路線であり、過剰投資と言ってよい。

 人々が新幹線が作られるという話を聞いてから3年程度でできてしまったという。日本をよく知る中国人は、新幹線を作ると言ってから完成するまでに30年程度を要する日本とは、スピード感が全く異なると言っていた。独裁国家の強みだろう。

■ 不動産バブルの残骸と化した街

 そんな営口で見たのが「鬼城」(住む人がほとんどいない街、ゴーストタウン)である。写真を見ていただこう。

 写真1は郊外に作られた体育館。新開発区の中心にある。写真を撮ろうとしたが、大きいので全景を入れるために、道路を隔てたところでカメラを構えた。写真を見れば分かるように道幅が広い。だが、車はほとんど走っていない。また、体育館は開店休業状態で、駐車場に車は1台もなかった。

 続く写真2は、体育館の近くに建設中のビルだが、工事はストップしていた。地元の人は途中で造るのを止めたようだと言っていた。まさに、バブル崩壊の象徴と言える。

 次の写真3は体育館から車で10分ほど離れたところの風景だ。どこの国かと思ってしまったが、イギリスの街並みを真似て作ったのだそうだ。ただ、ここも人通りは少なく、閑散とした街並みが続いていた。

 写真4はその街並みの一画にある販売センター。多くの旗が翻っているが、駐車場に車は少なく、また、その前の道路を走る車もまれである。前は空き地になっており、荒涼とした風景が広がっている。

 そして、写真5は販売センターに作られた街並みの模型。開発地区の完成図を示している。

 ただ、私たち以外に客はいなかった。販売員もよっぽど暇なのであろう。私が日本から来た旅行者だと知っても、にこやかに対応し事細かに説明してくれた。暇つぶし相手になったようだ。

 最後の写真6はモデルルームの食堂にて。日本のバブル期もそうであったと思うが、その生活感のバブリーな仕様には驚いてしまった。欧米人でもこのような食堂で日常生活を送ることはないだろう。こんな部屋で暮らしたら、気疲れしてしまう。

■ 「鬼城」の裏に見え隠れするもの

 このような内装にすると、約100平米のマンションが日本円で約4000万円。そして、その女性販売員は、正直、ほとんど売れていないとも言っていた。

 売れたのはほんの一部、市役所の職員が買ったのだそうだ。それには理由がある。新開発地区は営口の郊外にあるが、近日中にそばに市役所が引っ越してくるという。だから、市役所の幹部職員が購入するというわけだ。

 言い忘れたが、この訪問は11月初旬であったがとても寒かった。3日ほど前に雪が降ったそうで、その影響で軒にはツララが垂れ下がっていた。営口は海岸部にあり、遼寧省の中では暖かいというが、11月の初旬にツララができるほど寒い。

 だが、この「遼寧省の中では暖かい」というフレーズに、この鬼城が作られた理由がある。営口の新開発は市役所主導で行われた。不動産開発は民間会社が行っているが、その背後には市役所がある。そしてその背後に遼寧省、最後は中国共産党が控えている。
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■ 李克強の計画はなぜ失敗に終わったのか

 この巨大開発の陰に、現首相(第7代 国務院総理、2013年3月~)である李克強(り こくきょう)の姿が見え隠れするという噂を聞いた。彼は2004年から2007年にかけて遼寧省の書記(遼寧省共産党支部のトップ)であった。その頃、彼は政治局常務委員候補の1人であり、実績が求められていた。その実績の1つが営口での鬼城づくりである。

 彼のプランは次のようなものであった。中国では農村の発展が遅れているが、農業によって農村を豊かにすることは難しい。そのために、農民を豊かにするには彼らを農村から都市へ移動させる必要がある。農民を都市住民に変える。

 しかし、膨大な農村人口を抱える中国では、全ての人を北京や上海の周辺に移住させることはできない。そんな事情から地方の中小都市の拡充が図られた。遼寧省では営口で巨大開発が行われることになった。

 営口は渤海湾に面しており、海運の便がよい。そして温暖である(そうは言っても11月の初旬にはツララが垂れ下がる)。だから、営口を開発すれば遼寧省に住む多くの農民が押し寄せるはずだ。これが、李克強が立てたプランだそうだ。

 李克強は2007年に遼寧省の書記を退任したが、その後にリーマン・ショックが起こり、その対策として全国で4兆元もの投資が行われ、その一環として営口を通る新幹線も2路線が作られた。

 だが、それは所詮、官僚が作った机上のプランである。そもそも、農民の世帯収入は日本円にして100万円程度。彼らが購入できるマンションは高くても500万円。そんな彼らを対象にして、これまで見たようなバブリーな物件を作ったことに無理があった。もちろん、写真の物件は市の幹部用であり、農民にはもっと安いマンションを用意したようだが、それでも価格が500万円を下回ることはない。

 そして、もっと重要なことは、営口に産業が育たなかったことである。工業を中心に据えた開発の時代は既に終わっていた。営口で工業は発展しなかった。就職口がないから、農民が移住するもなかった。

 これからはサービス産業の時代。新たなサービス業は大都市に起こり、その中心には高学歴の若者がいる。コンピューターを自在に使いこなす彼らが中心になって産業が発達し、その周辺に各種のサービス業が発展する。これが21世紀の経済発展である。

■ 官製バブルの夢の後

 だが、どの国の官僚もこの事実を理解することが苦手である。日本の官僚も苦手だが、独裁体制の中で育った中国の官僚はもっと苦手のようだ。官僚はインフラの整備と工業団地の建設しか頭になかった。だが、いくらインフラを整備しても、ものあまりの時代に田舎街に工業が栄えることはない。

 面白い話を聞いた。営口の若者は、できれば上海、北京、広東、深圳、香港で働きたいと思っているのだそうだ。最低でも大連。田舎街である営口は大嫌い。中国の若者にとっても大都市の魅力は絶大である。

 そんな中国で労働人口が減少し始めた。2025年頃には人口も減り始める。そんな状況で田舎街に人が集まるわけはない。いくら市政府が力を入れても、売れ残ったマンションが飛ぶように売れる時代は来ないだろう。

 ただ、その建設に営口市や共産党が深く関わっているから、周辺企業が簡単に倒産することもなさそうである。大きな問題が発生すれば、首相を勤める李克強の威信にも傷がつくからだ。今後、営口市は巨額の不良債権を抱えながら、共産党のお慈悲にすがって不透明な資金繰りを繰り返すことになるのだろう。

 中国の経済は官僚が作った不動産バブルによって隘路にはまり込んでしまった。今回の旅では、それを肌で感じることができた。
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