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資金も投資需要がなければ『金融緩和も“意味無し”』

推摩 一黙のブログ 2016年01月30日 06時00分

日銀の金融政策決定会合で「マイナス金利導入……」とのニュースに、前回記事コメント欄にさっそく、kZmさんと夢見る親父様がコメント下さってますが、お二人がそれぞれご指摘してる通り、

「景気が悪いときに金融緩和しても仕方ねえよ」っていいますか、

「中国も欧州も、経済の悪化と不良債権、難民問題等の問題山積みでで出口がない状態」です。

こーした中、日本と日本を取り巻く経済、社会状態を確認してみますと――

・有効求人倍率は平均で1.27、失業率は3.2%くらいで、人材不足が続いてる。
・一方、賃金の上昇幅は腰が重く消費者需要、国内市場はまだまだ回転が悪く消費支出は、暖冬の影響もあって、4か月連続のマイナスとなってます。
・ただし、去年12月の全国の消費者物価指数は、おととしの同じ月と比べて0.1%上昇し、2か月連続のプラスとなりました。
・金融先物市場は、株も商品も下落傾向の一方、円高が進んでいます。
・中国ならびに資源国を中心に新興国の景気減速が顕著であり、コマツや日立の建設機械の稼働が半減しており、外需に頼れない状況は長期化するコトが予想されている。
・中国投資日本は2015年は42.2%の減。2014年の前年比38.8%減と比べても加速しており、国内にどんどん企業が戻って来る流れが継続しています。

――と、いう感じで、「2%の物価上昇」を掲げる日銀の物価目標の達成は、早くも危ぶまれており、

「日銀は29日の金融政策決定会合で、2016年度の物価上昇率の見通しについて、これまでの1.4%から引き下げることを検討している」
という話が漏れ伝わってくるよ~な状況です┐( ̄ヘ ̄)┌

さて、そんな中、日銀の金融政策決定会合で「マイナス金利導入……」とのニュースが、日銀の決定が発表されたワケですが……ハッキリ申しましましょう。

「設備投資にしろ、消費にしろ、融資できるトコ作らないと意味がない」
です┐( ̄ヘ ̄)┌

よーするに、「内需を活性化しないと、いくら日銀緩和=円を市場に流しても効果は見込めません」という真っ当かつ単純な話です。

だいたいが、今、世界の中で日本だけ「円高株安」が進んでますが、このコト自体が全てを物語っています。

と、いいますのも、今、日本以外の世界を眺めてみれば、「ドル高基調、株式市場の乱高下が続くものの上げ基調」の米国と、それ以外はおしなべて「通貨安圧力、株化下落圧力」に晒され、景気後退に苦しんでいます。

さて、一方の日本は「円高株安」……一国だけ“おかしい・変だ”とは思いませんか?w

そう! 普通に考えれば円もユーロや人民元、ポンドなどの世界中の通貨と足を揃えて「通貨安」が進んでいる方が普通なハズなのに、円高が進み。

さらに、株安も「年初以来の中国株の暴落に引きずられてる」かと思えば、実は最近はそんなコトなく、上海総合指数は下げ続けていますが、日本のマーケットは反発しております。

むしろ、米国の株が上がれば日本も上がり、逆に下がれば日本も下がる――と、いうように日米が連動している「見慣れた光景」に立ち戻りつつあります。

さて、これはどーしてでしょう?

実は、これも“簡単な話”で、「以前から海外の投資家の多くにとって、メインは米国株であり、日本株はその補完的な位置づけをされているのに過ぎないから」です。

そして、日本のマーケットは、日本の株主は、機関投資家も個人も日本人の場合は“長期ホルダー”が多く、主に株式市場で頻繁に売買してるのは外国人投資家と海外投資機関というコトになります。

ですんで、日々の市場の値を、株価を決めているのは、主に外国からの売り買いとなるのですが、先ほど「海外の投資家の多くにとって、メインは米国株であり、日本株はその補完的な位置づけをされている」と言いました通り、米国の株と日本の株の位置づけが、そのようなものでありますので、

「米国株で儲けるとその余力で日本の株を買い」
反対に、

「米国株で損を被ると、その損をカバーするために日本株を売って利益を現実化する」

ような行為に出る――と、いうそーいうワケです┐( ̄ヘ ̄)┌

しかも、去年末のFRBの利上げ発表から、中国を始めとする新興国からの資金の引き上げの流れが始まってるというのに、年初来の中国株の暴落に、相変わらずの鉱物や石油資源の国際価格の下落暴落が止まらず、世界中の国々からの資金資本の逃避とが続……く、どころか加速する有様になって来ています!?

さて、そーして世界各地から、中国やブラジルといった新興国や資源国から逃げ出した資金資本は一体ドコに逃げ込んでいるのでしょうかね?w

まず、間違いなく「ドルへ、アメリカ市場へ逆流」しているというのは、皆さんも分かっていらっしゃると思います。

これに、次に普通は欧州ユーロやポンド、スイスフラン……と、いうのが世界の資金市場のこれまでの鉄板だったんですが……実はといいますと、ここ数年の欧州金融財政危機、域内の景気の落ち込みに加え、東欧や中東でのロシアとの対立やアラブ諸国との問題、難民問題にISISによるテロといった不安要素と難問が山積みになっています。

コレに右派政治勢力の台頭に欧州各国がそれぞれ抱える“地域分離独立”の動きや「シュンゲン協定の見直し」を始めとするEU統合の枠組み自体に亀裂が入るような動きさえ見せ始めていますんで、ユーロの信認のみならず投資対象として不安視されるようになっています。

……で、以前から「ドルに並ぶ安全な通貨」として、日本円は国際資金の逃げ場として人気だったワケですが、ここに来て新興国の通貨や、欧州のユーロ、ポンドと共に「円が買われ」結果として円高が進んでいるというワケです。

さて、今年初っ端から『上海市場の暴落に引きずられ』て、株安が続いておりましたが、このところよーやく中国市場には引っ張り回されず、日本株の反発でリスク選好的な買いが進んでいるのもドル底堅い、ドル円の動きと、米国株が原油価格の上昇や好決算銘柄の上昇などがけん引して上昇してるのに“良い意味で”引きずられて米国株の動きに連動する形で日本株も上がってると観ていいんじゃないでしょうか?

――が、ここまで読まれれば「お分かり」でしょうが、「円高株安 → 円高はそのままに株価の反発」が進んでいるのは、あくまでも「海外金融資本の思惑」であり、日本国内では設備投資や消費者の消費活動同様、内需市場での経済活動の動きは鈍いそのままです。

さて、アベノミクスは“三橋貴明さんもその初期には「絶賛」していました”通り、『金融緩和、公共投資』そしてこれらを起爆剤にして日本経済の再起動を図るという経済政策は「間違ったモノではありません」でした。

むしろ、今からでも「間違った方向転換」を修正して、第二の矢の「公共投資の思い切った決断」と第三の矢の政策として「消費促進の為の所得減税と労働条件の改善ならびに取り締まり強化」を行えば、今からでも“全然、遅くなく通用します”し、ぜひやるベキです!

第二の矢の「公共投資の思い切った決断」については後ほど改めて述べたいと思いますが、まず先に第三の矢の政策として「消費促進の為の所得減税と労働条件の改善ならびに取り締まり強化」というのは、まさに前回の記事コメント欄へkZm氏が、

「人材会社なんてのも無駄なんでとっとと逝ってもらいたい。他人の給料にブラ下がって生産的なことは一切してないですから、とっとと潰れて別の会社に行ってもらわんとw」

……と、毒舌気味に皮肉っていましたが、まさにそのお通りで。

去年国会を通過した「2015年9月に施行された労働者派遣法の改正」ですが、これは「改正とは名ばかりの改悪法案」で、とくに、

「専門26業務の廃止、受け入れ期限の一律3年」

の部分が問題だと、いわれて来ました。

この部分の何が問題かは、多くの著作や記事、ブログなどで既出ですが、簡単に申しますと――

専門26業務の中でも、3分の2を占めている事務関係の派遣労働者は、3年という受け入れ制限期間がないというメリットから、今までは企業側も長期間にわたり契約を継続していました。

しかし、原案の法改正が通ったコトにより同じ職場で働き続けていた派遣労働者は働くことができなくなり、「正社員として受け入れてもらう」「他の事業所に派遣される」、もしくは「退職」という選択肢を迫られることになりますが。

普通に考えれば『企業側に対する“法による強制力”が無ければ、三年を期限に雇止め、解雇が横行』するのを止められないというコトになりかねません。

――と、いう現実です。

正直、いいまして日本社会での派遣という雇用形態は、「使い捨てやすい臨時社員、パート」というのが普通で、間違っても「職場を渡り歩くエキスパート」だなんてカッコイイモノでも、労働者側が“強い立場”のモノでも決してありません。

安倍総理は「同一労働・同一賃金」と、掛け声こそは立派ですが、「この原則を企業側に極めて厳格に守らせる」には、これに違反すると巨大な訴訟リスクを抱える、あるいは執行猶予の付かない「懲役刑、高額の罰金刑が科せられる」くらいでないと、守られなどしないでしょう┐( ̄ヘ ̄)┌

正直、いいますと「反グローバル、反新自由資本主義」的な共産主義、社会主義者が大喜びするよーな『経済的効率よりも労働者の利益と権利を最優先する』思考で法を作らねば実効性は期待できません┐( ̄ヘ ̄)┌

ハッキリいいますが、規制緩和やら効率化を「ワザと無視する、その反対の方向に非効率化を突き詰める」よーなモノです。

……が、実はといいますと、「非効率化の追求」こそが今の時代、むしろ求めるベキ考えだと私は思います。

と、いいますのも、今の「効率化の追求」とは、その基準が『資産の投資効率』に「=(イコール)」で直結しており、社会全体で見た場合、とてもではないですが『経済の本来の理念目的』から合ってはいません!

私は繰り返し言っていますが「“経済”とは、『世の中を治め、人民を救う』ことを意味する“経世済民”から来ており」ます。

ですので、一部の者や階層が富を独占したりする格差の拡大や、社会生活を営むための財やサービスを交換する仕組みにおいて停滞や不満不足が生じ、倒産や失業、貧困や犯罪の拡大増加といった社会不安が広がったり。

社会生活を送る上で必要なサービスやインフラを、公的民間問わず充分満足に受けれ無かったり、あるいは問題が放置されたり、するような状態は、とてもではないですが『経済の本来の目標目的を達成できている』とはいえないでしょう┐( ̄ヘ ̄)┌

さて、ところで日本という国は、日本人という国民とその暮らす社会は「世界から見ると“驚くほど”安心安全で暮らしやすい国」だと評価されています。

無論、この世に“完璧”はアリマセン。

ですが、世界のアチコチの国や地域を見た時、日本という国は「社会秩序の安定安全と、日々の生活の暮らしやすさ」において世界でも上位に確実に入る国であるコトは間違いアリマセン

よくいわれる「治安の良さ」は、単に犯罪の発生率や件数でなく、肌感覚で理解できます。

今でも地方に行けば「戸に鍵もかけず」衾を閉ざしてるだけとか、夜、子供や年寄り、女性が一人で出歩いても「よほどのコトや盛り場などの特定の地域でもない限り」何の心配もいりません。

日本では「国全体で、全国全土で」たいてい、こうしたコトが当たり前ですが……日本と同じような先進国やある程度豊かな国では、「当たり前」などではありません。

無論、どこの国でも「治安の悪い地域があるように、治安のキチンとした地域」は存在します。

しかし、国の社会のドコの都会や田舎に行っても同じように「安心して暮らせる」国というのは少ないのが現実です。

さて、そーした国では、元からの社会の貧富の差、社会階層や歴史的な階級などもありますが、最近では、移民難民が国や地域で特定の外国人街――いわば“租界”築いてしまい、その中では元からの国の言葉すら通じない『事実上の治外法権』になっていたり、あるいは人種、宗教、民族で同じ国の中で隣り合って暮らしながら“別世界”が混在するような国も珍しくなくなって来ています。

特に欧米などの先進国において。

イギリスやフランス、ドイツなどのイスラム街や、アメリカでも黒人の居住区、白人の居住区、中国人や韓国人、あるいはヒスパニック系の居住区で「街の様相はもちろんのコト、インフラの整備具合や荒廃度、あるいは治安のレベルまで」まるっきりよそ者にとっては“異界の別世界”という有様が、通り一つ挟んで違っていたりします。

また、同じ白人でもその職種や収入によって“住む地域というより世界が違っていて”当たり前で、そんなありさまですから、日本人にはなじみの薄い言葉ですが「ゲートウェイ・コミュニティ」という“区分”が、海外では当たり前のように存在します。

「ゲートウェイ・コミュニティ」とは、要するに富裕層が独自のコミュニティを形成し、居住区を壁で囲い「壁の外の犯罪が多発する一般社会から」身を守っている。

文字通り、高い壁に囲まれ、ゲート――居住区に入るためには『マシンガンで武装した警備員』が守る“ゲート(門)”を通り抜けなければならない。

そんな風に外部の社会とは隔絶され守られているから「ゲートウェイ・コミュニティ」と呼ばれるのです。

さらに付け加えるとゲートの中は、犯罪は無く、学校や病院、ショッピングセンターなど、日常生活に必要な施設を完備していて、たとえばアメリカなら、アメリカ社会全体の治安がどれほど悪化しようとも、壁の中では『まるで日本のように安全で』子供たちも安心して遊ぶことができる。

まさに壁一つ挟んで別世界である。

さて、さいわい日本には「ゲートウェイ・コミュニティ」と呼ぶべきような場所はありません。

逆ゲートウェイ・コミュニティと呼べるような在日系の外国人居住区すら、海外の『外国人街から見れば』“無いに”等しく、「ヘイトスピーチ」だなんだと一部騒ごうと、日本には『壁で囲い、武装した警備で24時間ゲート守らないと安心して暮らせない』ような地域や場所はありません。

ですが……アジアや中東地域、アフリカなどでは、現地に「近年、入植移住した」中国人が要塞のような「ゲートウェイ・コミュニティ」を築き、それでも年に数度、現地の元々の住人との間で衝突があり、流血と人死にが出るような騒ぎが起こったり、起こしたりしている現実も――世界には少なからずあるのです。

さて、世界屈指の「安全な国」である日本では、「安全・安心を求めてゲートウェイ・コミュニティで暮らさねばならない」という感覚は理解しがたいモノがあると思います。

私自身もそうでありますし┐( ̄ヘ ̄)┌

で、ここで経済という言葉の本来の意味と目的――「社会生活を営むための財やサービスを交換する仕組みにおいて、社会の安心安全を築き維持して行く」という面においての意味での“経済活動”において、日本という国は“大成功”していますが、「ゲートウェイ・コミュニティで暮らさねばならない」ような欧米の社会や国というのは果たして“経済的に成功してる”といえるのでしょうかね?

そこは、価値観の差――とか違い、なんていう人もいるかも知れませんが、少なくとも“普通の感覚”で考えれば「ゲートウェイ・コミュニティなど必要としない」日本という国は世界屈指の「安全な国」として経済的に成功している……と、誇れるんじゃないでしょうか?

まあ、「日本は島国」だからや「教育や資産格差が他所の国ほど大きない」などの要因もありますし、それになによりも震災台風を始めとする「災害大国」であるコトが大きいのではないでしょうか?

なにせ、日本は毎年、どこかが台風に襲われ、数年、あるいは数十年に一度、大きな震災に襲われるなど、大規模自然災害に遭います。

さて、アメリカなどでゲートウェイ・コミュニティなどで暮らす人々というのは、平時にはまだしも「所得や教育レベル、財産」から、時と場所によっては「人種、宗教、文化に言語」まで違う者同士、互いに距離を隔て、壁で隔てて共存するコトは可能かもしれません。

しかし、日本のように大規模自然災害や戦争などの非常事態が発生した場合、その途端、異なる両者を隔てていた境界は一気に崩れ失われます。

そーなった場合、どんなコトが起こるかはいうまでもないでしょう┐( ̄ヘ ̄)┌

平穏が失われ、非常事態が発生した際、本来は「国民」は助け合わねばなりません。

例えば311震災のようなコトが発生した際には、被災地以外の地域の「国民」が救援しなければ、被災者は生き延びる事すら困難となりかねません。

しかし、普段からゲートウェイ・コミュニティで区切られ、互いに反目し合ったり、嫌ったりしているような場合、そーした大災害等の非常事態において『壁の外の住人』はどうするでしょう?

壁の中の富裕層と手を携え共に大災害に立ち向かう?

むしろ、あまりに巨大な格差に不満を募らせていた人々がこれを機会にゲートウェイ・コミュニティに襲撃し、略奪暴行を働こうとするコトになるのが目に見えます。

日本では、自然災害は「いつドコで発生するか」分かりません。

ですから、今日被災地を救った人々が、次は救われる側になるかもしれないのです。

日本では「非常事態は発生しうる」以上、日本人は「国民」として「お互いに助け合う」のが当たり前であり、そうでなければ被災した時に生活を復興するどころか、“生きて行くコトもできない”と知っています。

だから、日本が世界屈指の「安全な国・社会」を、ゲートウェイ・コミュニティなど不必要な社会を築く『経済の本道』を選び歩んで来たのは“必須であり必要不可欠な社会条件”だったから当然だ――ともいえるでしょう┐( ̄ヘ ̄)┌

「情けは人の為ならず」――とは、「他者への施しや慈悲の親切は、回り回って自分にも返って来る」という教えであり、考えですが。

近江商人の心得「三方よし!」は実に良く考えられている言葉だと思いますが、単に商売の心得というだけでなく「お互いさま」で、互いに親切にし、相手の利益も考えるコトで共存共栄の“良い循環が”――それこそ経済の“経世済民”が、自然と成し遂げられ、安心安全で信用のできる世の中を築いて行けれるというというコトを知っていたから生まれた言葉なのでしょう。

さて、振り返って見た時、日本人が取るベキ経済政策とは、「資本の最大化」を至上の目的や価値とする「新自由資本主義」からは実は違う、遠いというコトがすぐに分かるとも思います。

私たち日本人が求め、行うベキことは“経世済民”の経済の本道に則った社会を構成する皆で共存共栄する考えであって。

決して「誰かや、どこかの企業ばかりが富や儲けを独占し」勝ち組、負け組とその格差を拡大させたり、必要以上の富を求めて欲深く独占しようとするようなコトはせず、ちゃんと『富は社会に還元し』そして極端な金持ち長者を出さぬ代わりに、極端な貧乏人や困窮者も生まない、キチンと助け救いあげる“本当に豊かで、平和で安定した世の中”を作るコトです。

その為には、「目先の損得に目の色を変える」のではなく、どうすれば「皆で――売り手良し! 買い手良し! 世間良し! の三方よし! の考え方のように社会全体で豊かになれるか?」という視点で考えれば答えは自ずと出ます。

少なくとも「共産主義の結果成果平等」でもなく、かといって「資本主義の自由競争といっても、スタートラインの平等なんて揃えるのも無理がありますし、競争で負けたり落ちこぼれた者を切り捨ててOKなハズはありません」

では、社会主義の『より平等で公正な社会を!』といって、「なるだけ生産手段の共有化や社会福祉制度でもって平等な社会を実現しよう」としても、ヒトというのは怠惰で狡く欲深い生き物でもありますから、

「福祉というモノは『弱者を甘やかすと』最大限に喰いモノにされる」

という言葉があるように、「福祉制度の拡充を言い出すと、その社会負担は際限ありません」ので、その範囲や限度を慎重に考えねばなりません――まあ、その話はまた別の機会に譲りたいと思いますが(苦笑

それよりも社会主義の『より平等で公正な社会を!』といって、「なるだけ生産手段の共有化といって=国有化」を進めれば、国営企業の非効率、サービス精神の欠如、無責任を産むのは、共産主義国だけでなく社会主義が行き過ぎた国家を観れば、世界中、過去も今もいくらでも“実例”に困りませんから、必要以上の「資本主義の否定と国営公営企業、事業の促進」も問題多すぎです┐( ̄ヘ ̄)┌

結局、自由資本主義と社会主義の中間――その国家、その社会の環境や地理的条件に歴史や文化を考えて現実に合ったモノを考えるしかないのでしょう。

あと、『機械化、情報機器や技術の発達した現代』において、「効率化」だけを考えれば『省力化』――すなわち「人間の労働力や思考、判断」はいくらでも効率を良くして“省く”コトができるというのが、現代文明でもあります。

これは、人力以上の力が利用可能になった産業革命以来の宿命ともいえますが、時代が進み、年を重ねるごとに「人手はドンドン不必要」になっていっています。

結果、ただ単に“効率”を“コスト”を追求すれば、農業から工業まで「人間の労働力が一番の邪魔」であり「効率やコストを良くする障害となります」のは避けられません。

さて、そこで今の「なんでも『コスト削減』と『効率化』を求める考え」をいっそ“辞めて”しまい、逆にどれだけ必要とする“無駄を生み出せるか?”を追求すべきなのではないでしょうか?w


なんといいますか、常識外れですし、一見すると『矛盾』していますが、「大量生産」等の“量”を生産する単純作業や組み立て作業を「ヒトの手を少なく、効率を高めようと思えば、ロボット化、自動化するのが一番」です。

逆に「質を追求するにしても、誰もが研究開発を行ったり、職人のように技術を極めれる」ワケではなく、専門知識や技術を学び身に付けれた高等教育や専門技術や知識を学んだ、学ぶコトにいわば『最後まで勉強し、極めれた、学び通すことのできる』者しか通用しません。

他の大多数の“普通の人間”は、普通程度に知識や技能を、教育を受けるコトで習得し、「誰でもできる」作業や仕事しかできません。

そしてそーいう「普通の人間が世の中は大多数」を占めているのです。

さて、しかし、工場仕事などの単純作業は先にも書きましたが今の時代、機械化、ロボット化した方が効率的ですし生産性も高く、しかも人件費で日本や欧米のような先進国の人間は発展途上国の人件費に勝てません。

ですから、先進国では(日本も含めて)かつては工業国だった国々は、産業がサービス産業に移行して行くというのはまあ当然の話です。

日本の場合も、飲食業や医療福祉、小売、情報サービスやデザインなど、『人間の創造性や融通の利く、生かせれる』仕事に就く者が多くなっています。

あるいは、建設土木に運送業など、建築や運転操縦などの「毎回、条件や状況の違う現場」に対応しなければならない「機械やロボットで自動化できない、人間が必要な分野」での仕事に就く者がほとんどです。

さて、提案というのは「基本的に資本主義の競争社会」の下、自由に企業の経済活動や投資を奨励しますが。

政府は「民間では不向きだが社会に必要だったり、効率やコストよりも安定供給や運営が重視される分野を、公共事業や国営企業で担い」そして「グローバル主義や新自由主義の弊害に見られるような『経済の本道を無視してでも資本の効率化を追求しようとする』ような暴走」や「ブラック企業や中国韓国のような“儲ける為なら詐欺でもなんでも手段を選ばない”やり方などを防止するために監視、規制」する事を“ためらわない”ように方向転換するコトです。

……今は、グローバル化といい、新自由資本主義といい、「効率とコストばかり」を問題視し、とにかく『規制緩和や自由化は“善”』という風潮がありますが――果たしてそれは本当に正しいのでしょうか?

これを『例に挙げる』のは問題かも知れませんが、

「戦前、ナチスは大恐慌で最悪の状態に陥ったドイツ経済を復活させる為に、アウトバーンを始めとする大胆な公共事業を進めました」

が、実はその時、「道路工事ではワザと重機を使わせない」ようにしたり、「労働者の賃金を高く設定したり、労働時間や条件を厳格に制限したり」さらには「公共事業で買収する土地はその計画が決定した時の値段を基準にして」、日本のように不動産業者一儲けさせるような事はさせなかったそーです。

また「配当制限法という法律まで作り、企業は6%以上の配当が許されなくなり、6%以上の利益が出た場合には、公債を購入することが義務付けたり、企業が自社の福利厚生を充実させるのに使わせたり」で、投資家が「配当で投資から配当利回りを不当に高く儲けるコトができない」ようにした。

他にもまあ、ありますが、ワザと人手が多くかかるようにする一方で、低賃金長時間労働を許さず、労働者には「一定の賃金と労働条件の優遇と共に余暇を充分に取れる休暇」を保証し。

さらに労働条件のみならず、企業が事業で上げた利益を『無駄に溜め込んだり、配当として資本家に多く分配させず』設備投資や労働者、従業員、あるいは税金や公債の購入の形で社会にキチンと還元するよう規制し、そして監視して厳しく取り締まった。

この結果、ドイツは今も使用されている『高速道路網の整備』等がこの時、進んだ他、公共事業に携わった労働者のみならず、その労働者とその家族が余暇や休暇を食事や旅行、消費といった消費行動を盛んに行うようになったので、飲食業から映画観劇、小売に旅行業までドイツ経済の内需への波及効果が活性化し、それまでのハイパーインフレを始めとする『大恐慌時代の不況』が嘘のように好景気に沸き、ドイツ経済は復活したのでした。

……まあ、戦前のナチスドイツの問題は、そーした「経済対策、経済刺激策の原資」を、ほとんど全て『借金』で賄い、実は「第二次世界大戦をナチスドイツが始めたのは、積み上げた債務を欧州各国を征服して、征服先から富を奪い、そのカネで償還する為┐( ̄ヘ ̄)┌」……だったw なんて実はいわれるが。

正直、ある意味で日本はこのナチスドイツの――

・公共事業で内需の仕事の創造
・賃金と労働時間、労働条件の優遇、好条件促進改善
・企業に対して、事業利益の必要以上の内部留保を溜め込んだり、投資家への配当に回すコトを規制

――のような「企業イジメ、投資家泣かせ」の政策をむしろ採用すべきでしょう。

ちなみに「後で書くといっていた、アベノミクス第二の矢としてすべき公共事業」とは、普通に「311震災被災地の復興事業」に、日本全国国土の防災強化。

さらには「60年代~80年代に整備した橋、高速度道路、上下水道等の老朽公共インフラの更新」であります。

これらの分だけで、充分に今から三十年~四十年分、それだけでも実はといいますとタップリ『必要な公共事業』はありますし、その分は、これから半世紀、百年先の日本国民が共通の公共財産として使うのですから、『建設国債』で財源は賄えばいい。

これに加えて「リニア新幹線」や「電気自動車普及の為のインフラ整備」にJRや各自動車産業に補助金を出して研究開発と社会への普及実用化の後押しをして、準公共事業として促進すればいいですし。

あと、これに加えて――

・人材派遣会社のピンハネ率を厳格に制限取り締まり
・同じく正規社員でなく派遣や契約社員を雇う場合は「その方が給与、待遇で企業側に高くつく」ようにする。
・消費税の一時凍結、もしくは“完全廃止”

――と、いうようなコトも必要じゃないでしょうか?

国際競争力? 日本から出ていってやる?
ええ、「出て行きたければ行かせてしまえ」ばイイんじゃないでしょうか?(棒

日本を離れて『国際的多国籍企業』とやらになって、今後も日本に居た時と同じように会社を企業を成長させてやっていけるならそーすればいいでしょう(棒

まあ、いずれにしても、どう考えても「これから先、十年……いえ、下手すると二十年」は、世界経済は停滞といいますか、低成長の冬の時代に突入します

いわば「世界版失われた二十年」デスカネー?

しかも、おそらくは、経済の低迷だけでなく、テロ、地域紛争、内乱や国家分裂等々に加えて、自然災害異常気象災害の増大と巨大災害化が追い打ちを掛けます。

結果として、輸出による儲けを、経済成長の源泉を外需に頼む、頼る国ほど社会も経済も不安定に、そして不況に喘ぐコトになるでしょう┐( ̄ヘ ̄)┌

……ちなみに、日本とアメリカは有利ですし、よほどのへまをしない限りは『優位を保ち繁栄を続ける』コトができるでしょうw

そう言える理由は明確に二つあります。

・一つ目は、内需の強さ
・二つ目は、自己資本、資産の豊かさと健全性

です。

日米が実は内需国であることはいうまでもないでしょう。

そして、自己資本と社会資産の健全性、豊富さは、日本がとっくの昔に90年代バブルの後始末を終え、二十四年以上連続で世界一の純債権国の世界一のお金持ちであり、国内の資産も世界一ですし。

アメリカは、まだまだ『通貨ドルの基軸通貨の地位は強大』でしかも、欧州などと違って去年までにリーマンショックの後始末を終えていますし、「環境問題等があるにしろ」いまやシェール革命で世界一の産油国です。

しかも、「日本をガッチリと抱え込んで」いますからねー(苦笑

さらに、TPPでのアジア太平洋権益と経済圏を、中国に掠め取られるあり得ないポカをしない限り、揺るがないでしょう。

一方で、危ういのがユーラシア大陸勢の欧中露に中東です。

ここは、政治も外交も経済も問題を抱え過ぎてるばかりでなく、不良債権の時限爆弾を際限無く膨らませ続けていたり、人口大杉だったりで、コントロール不能な問題が山積みです┐( ̄ヘ ̄)┌

しかも、技術的に二流……ならまだしも、四流で、産業が時代遅れになりつつある国が多いのに地域的要因や経済的な問題の悪循環で産業技術の研究向上どころか、老朽化した今までの生産設備の更新もままならない国が中露はそうですが、実は欧州の国々も揃ってます。

20世紀末から21世紀初頭にかけて、実は工業国から金融情報産業へ、産業構造をシフトさせつつあった欧米が過去からの遺産を世界の金融市場で増やして、いわば「親の代の遺産の利息で食っていこう」として、その投機対象として中国が選ばれ、欧米と中国がいわば「仮初の繁栄を謳歌した」時代だったんですが……

見事に、欧米は産業空洞化と自前の産業技術を失い。

中国は中国で、「一時の繁栄の為に、環境とチャンスを失って」今、不良債権の山を前に呆然としています
┐( ̄ヘ ̄)┌

で、欧米は、二十世紀より倍近く増えた人口を、金融業のギャンブルの上りだけでは食わせていけないコトに気付いたものの、産業空洞化と工場を転移した新興国の追い上げで、今さら欧州大陸でも、北米大陸でも、欧州各国と米国は「やはり工業産業抜きで、自国民を食わせていくコトはできない」と今さらながらに気付いたものの、後の祭りで途方に暮れています。

ただ、「地道に研究開発を続け“量より質”の産業転換に成功したニッポン」を“半属国化”で抱え込んだ米国は、一人でさっさと欧州を見捨ててリーマンショックの後始末も去年までになんとか終えさせましたんで、「日本とアジア太平洋権益」を飯のタネになんとか次の時代を乗り切る目算が付きましたが……次の大統領次第でしょうねぇ┐( ̄ヘ ̄)┌

いずれにしても、「外需、世界経済の成長と輸出に期待しての経済」を行おうとする国や地域は、この先、悲惨な未来しか待っていないでしょう。

では、どーするか?

結局、『内需中心でやっていける国、資金資本を外資に頼らずとも自前でなんとかできる国』しか、やっていけない時代が訪れています。


で、『内需中心でやっていける国、資金資本を外資に頼らずとも自前でなんとかできる国』だなんて、日米二国とごく少数の例外国以外、どこにいますか?

そーいう次第ですから、「グローバル化、新自由主義」を標榜して国際競争力を、内需重視よりこれからも続ける国は「一部の大企業と資本家資産家、金融機関が肥え太る」だけで、貧困化競争の泥沼に沈んで行くコトになるでしょうなぁ┐( ̄ヘ ̄)┌

まあ、今回はザックリと話して来ましたが、いかがでしたでしょうか?

日本は、せっかく「技術もカネ(自前資本資金)も豊かにあり」かつ、(今のところは在日以外の)難民移民問題やテロに地域紛争とも無縁という“有利なカードばかり”の立ち位置なんですから、今一度、内需拡大国内消費市場の経済エンジンの再起動で「国内市場中心で繁栄を目指す」のが一番だと思うのですが……

皆様はどう思われますか?
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