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日本人が意外と知らない!? 「トヨタ」が最強であり続ける本当の理由

現代ビジネス   2016年03月20日(日)   酒井崇男

売上27兆5000億円。営業利益2兆8000億円。日本では圧倒的、世界でも有数の大企業であるトヨタ。ではなぜトヨタはこれほど強いのか? 新著『トヨタの強さの秘密』で、日本ではほとんど語られてこなかったその謎を明かした酒井崇男さんにインタビューする。

意外と知られていないトヨタの強さの理由

Q:トヨタが強いのは、数字を見れば一目瞭然で日本企業の中では圧倒的。でもたしかに「なぜ強いの?」と言ったときに、いままで正面から語られてこなかった気がします。それを本書ではトヨタの強さは「製品開発」にあると言い切りましたね。逆になぜいままで本書のような本がなかったのでしょうか?

酒井 今回の本のタイトルの副題は、「日本人の知らない日本最大のグローバル企業」となっています。そこで早速SNSの知り合いから、「トヨタって本当にグローバル企業なの?」という質問がありました。変な話ですがトヨタに関しては、まずはそこから説明しなければなりません。

トヨタは27兆円売上、3兆円弱の営業利益、国内生産400万台海外生産600万台で、国内生産のうち半分は輸出です。つまり総生産台数1000万台のうち80%は海外市場向けに製造・販売しています。日本人が買っているのはすでに全体の20%に過ぎないのですよね。またトヨタ本体の社員数はすでに日本人よりも外国人のほうが多い。

こういう数字を見れば、創業者の孫の豊田章男社長が「MADE BY TOYOTA」と言い始めた意味がわかると思うのです。

なぜトヨタは日本一のグローバル企業になったのか? アメリカが必死で学び、日本が学んでこなかったトヨタの製品開発とは?

ただ、トヨタやトヨタ車というと日本ではあまりに身近すぎて、グローバル企業という感覚がないのかもしれません。日本人の生活に溶け込んでいますしね。もちろん、これは何も日本に限った話ではありません。実際、日本だけではなく、米国人はトヨタは米国の会社だと思っていたりする人もいるほど、米国社会にも溶け込んでいます。 

米国人の中には、「トヨタはもとは日本の会社かもしれないが、米国人のニーズにあったクルマを米国で米国人が作る米国の会社だ」と自慢している人も最近ではよくいます。圧倒的に強い理由として、まずはこうした世界の人達のニーズに適合したクルマをトヨタは提供しているということはわかりますよね。

ではトヨタはなぜ強いの? というと、日本国内では、だいたいTPS(Toyota Production System:トヨタ生産方式)や営業力の強さを挙げる人がいまだにほんどなのではないでしょうか。

その理由として、工場の話は目で見てわかる、あるいはわかった気になりやすい世界ですし、営業はさらにわかりやすい。実際、書店に行くと売っているトヨタ本は、ほとんどがTPSに関するもの、つまり工場の話です。例のごとくカイゼン・カンバンとか5Sとか自働化とかの話ですね。

しかし、少し考えてみればわかると思うのです。TPSと日本で戦後発達したQC(工場内での品質管理)のセット、つまり「TPS+QC」は、いまや世界の常識となりました。TPS+QCは米国、中国、韓国はもちろん、メキシコでもブラジルの工場でも立派にやられている。

TPS+QCこそがかつてメディアがMADE IN JAPANと呼んでいた工場内でのノウハウですが、それはいまではフォードでもマツダでも米国のGMでも韓国のヒュンダイでもしっかりやられている。程度の差はもちろんあれ、本質的な差は工場では生まれない時代になっています。TPSはやっていなければ論外である、グローバル競争に参加する資格すらないという種類のものです。

またトヨタは国内の営業がしっかりしているという人もいますが、前述のようにトヨタ車はすでに80%が国外で販売されています。海外でもトヨタの営業はもちろんしっかりやっているはずですが、そういう意味では競合他社だって負けずに営業には取り組んでいる。

では、なぜ相変らず「トヨタ」だけが世界で圧倒的に稼いでいるのでしょうか?

その秘密はじつは昔からTPD (Toyota Product Development:トヨタ流製品開発) にあります。トヨタの強さは昔からTPDにあって半世紀以上その事実は変わっていません。TPSに加えてTPDも圧倒的に強いということです。

TPDとは、1953年に当時常務取締役だった豊田英二氏と元航空技術者の長谷川龍雄さんがはじめた、主査制度にもとづく製品開発のことです。

ではなぜ、肝心のTPDはあまり一般的に知られていないのか?

それは、TPDはTPSに比べると、少し説明が難しかったこともあります。TPDは、TPSのような工場の話と違って目に見える話ではないですし、知識集約型である。

そのため理解するためには、新しい価値を生み出したり、原価を下げたりするために技術的な知識やトヨタ流の設計という概念を理解したりしないといけなくなってきます。従来は、あまり一般の人向けに説明するものではなかった。

研究者でも、社会学系のものつくり分野の学者になるとTPDの話を正確に理解している人は日米ともに皆無です。技術や設計、経済性の知識がないと、人にわかるように説明するのが、少し難しい。一言で言うと、ちょっと込み入った話になるということです。

そこで、TPDは伝えるのが難しいということで、わかっている人がわかっていればいい、知っていればいい人が知っていればいい、という種類のものだったのではないでしょうか。 

そのためかも知れませんが、世間でTPSばかりが有名になってしまってTPDはほとんど知られていない。

製品開発の段階で利益のほとんどは決まる

しかし、トヨタはむかしから、元々ざっくり言えば、「TPD + TPS」の会社です。「売れるモノを売れるとき売れる数だけ売れる順番に作る」といったとき、「売れるモノ」を作るのがTPDつまり製品開発の役割で、「売れるとき売れる数だけ売れる順番に作る」のが工場のTPSの役割です。

歴史的には、TPDの価値や利益に対する貢献度は年々増えて、1970年頃にはTPDとTPSの利益貢献度は逆転し、現在は価値も利益もほぼすべてはTPDで生み出されるようになっています。

つまり、

「消費者が買う商品性(価値)を消費者が実際に買う、あるいは買える価格でありながら、会社にとっては十分な利益を出せる原価構造」

のほぼすべては、現在ではTPDで生み出されています。

だからと言って、TPSが不要になったとかいう話ではなくて、もともとTPDとTPSはトータルの組み合わせで相乗効果を出すための仕組みなのです。でもすでに述べたようにTPSは世界の常識となっているのでそこだけで競争する時代は終わったということです。

TPSが世界で知られるようになったのは、トヨタが系列企業向けにTPSを広める目的があったり、TPSの発案者の大野耐一さんが、ダイヤモンド社から1978年に『トヨタ生産方式』という本を出したこともあるのでしょう。

また、日米でトヨタ研究をした研究者らが、社会学系の学者だったために、彼らでも理解できる、工場での生産の話をもっぱら展開したことも理由としてあるかも知れませんね。

大学関係では、TPDについてきちんと書かれた本は全くといってよいほどありません。でもいまは、実業の世界ではそこで勝負しているのですよね。

「設計者」の定義がほかの企業と違う

Q:おもしろいのがトヨタにおける設計者の定義です。普通の企業では、設計者が利益や実現手段にまで責任を持つということは少ないのではないでしょうか?

酒井 はい。「トヨタ流設計者」というのが実は、本来の意味での「設計者」のことです。東大名誉教授で、畑村創造工学研究所代表の畑村洋太郎さんは、「世の中では設計者というと、図面を書く人のことだと誤解されていて困っている」ということを言っておられましたが、全くその通りです。実際の設計における設計者とは、

① 消費者が買う価値:商品性
② 利益(=売価−原価):売価は①の商品性で決まる
③ 上記①と②の実現手段:技術開発を伴う

の3つの事柄を主導する役割の人のことです。一般にはこれを広義の設計者と呼んだりもしますが、この上記3つが解決されたあと、つまり全部終わった後、線を引く作業は文字通り作業だということになります。

トヨタですと、車両担当主査(現在のチーフエンジニア)が、各サブシステムの基本設計者達と「消費者が買う商品性を、利益の出せる原価構造で実現する」ための設計を主導することになっています。つまり、トヨタで「製品の社長」とされてきた「主査」は、製品の価値を実現する設計者であると同時に、トヨタ流原価企画の責任者でもあるというわけです。

これは、いまでは何もトヨタに限った話ではなくて、米国でも世界的に成功しているメーカーでは常識的に行われています。

たとえばスティーブ・ジョブズは、こうしたトヨタの主査と同じ役割をしていた、ということに、うすうす気がついている日本の人は多いのではないでしょうか。彼らは広義の設計者と呼ばれる人達で、ジョブズのようなタイプは広義の設計者でありながら会社の社長を兼ねている人達です。豊田喜一郎や本田宗一郎、ソニー創業者の盛田・井深両氏はこうした種類の人達です。

ジョブズが、ソニー創業者の盛田さんを尊敬していたことを知っている人は多いでしょう。彼らは広義の設計者です。リーン開発の分野では彼らをESD型のタレントと呼んでいます。ESD(Entereprenure System Designer)とは起業家的システム設計者のことです。

低コスト化技術の追求

Q:設計者がデザインや機能を設計するというのは、一般的にも当然のことだと思いますが、原価を下げる(原価低減)ことも、設計の段階でほとんどが考えられているという部分はかなり驚く読者が多いのではないでしょうか?

酒井 本来の意味での設計者の仕事とは、消費者、つまり買い手のニーズを満たしている度合いを高めて、実際に買い手が買う商品を生み出すことです。買い手は設計者が意図した価値を買うわけですから当然です。

いまの企業競争とは、ざっくり言えば、「消費者が持つニーズと商品の価値の適合度が上がるような設計情報を経済的に作り出す」分野で競争していると言えます。そのための有力な手段が技術開発です。

つまり、商品性(価値)を上げるために技術開発をすることはもちろんですが、トヨタでは「低コスト化技術の開発」を積極的に行ってきています。

たとえば、現在市販されているミライのような燃料電池車は、原理そのものや技術そのものは10年も前には確立されています。ただとてもでないが普通の家庭の収入で量産車が買える値段では実現できていなかった。つまり、研究室でできた、ということと、実用化されて、実際にわれわれが普通に買える値段の「商品」になっている、ということはまったく別物なのはいうまでもありません。

ミライの場合も(まだ少し値段は高いですが)普通の人が買えるレベルの燃料電池車になるために、トヨタでは、「低コスト化技術の開発」を行ってきているということなのです。

また、「自由度」ということを考えれば、前工程(企画・設計)で価値も原価も決まってしまうのは誰でもわかるのではないでしょうか。後工程、たとえば工場で量産段階でなった段階で、大幅な設計変更をして原価を下げることは不可能です。

たとえば、家族が喜ぶおいしいカレーを作ると決めて材料を買って下ごしらえをして最後に煮込んでいる最中に突然、俺たちは今日はカレーは食べたくないから肉じゃがにしたいと言われてももう変更できません。カレー粉は高いからカレー粉を使わないカレーにしてくれと言われても困ります。

ものつくりにかかわらずどんな事柄でもそうですが、後工程で何か変更をする場合には自由度はどんどんなくなる。

価値もそうですが、原価も同じです。何を作るか、つまり企画や設計段階で、可能な限りの情報を集めると同時に優秀な人材を投入して、ほとんどを決めるわけです。後工程でももちろん原価は下がりますが、現実問題可能なのは2~3%でしょう。

マネジメント能力

Q:もともとの人材からすると、トヨタだけが特に優秀な人が集まっているわけではありませんよね? 

酒井 もちろんそうだと思います。私のようなもともと地元の人間にとっては、ああ豊田市か、という感じで別に三河地方には違和感は全くありません。しかし、もともとトヨタは東京からするとずいぶんと辺鄙なところにあるので、第一希望で就職する人は昔は少なかったと聞きます。

特に年配の人の中には、「東京で育ってトヨタに就職するのは、都落ちのような気持ちになる、三河線に乗っていると泣けてくることがあった」と言っていた元社員の人もいました。三河線とは豊田市を走るローカルな鉄道のことです。

もちろん、豊田市は、いまでは日本一経済的に豊かな自治体になりましたので、東大の工学部の就職希望ではここ数年トヨタが一番だという話が聞こえてきます。いわば「寄らば大樹」ということで、学生諸君は現金なものです。トヨタの将来が心配になりますね。

実際、私が就職するときも、トヨタに行く人もNTTや日立に行く人も学生の資質としては大差はありませんでした。しかしここまで業績に違いが出る。その理由はマネジメントそのものに他なりません。

本書を読むと、その秘密の一端がわかるのではないでしょうか。トヨタが完璧だとは言いませんが、結果から言えば、日立やNTTのようにグローバル化に失敗して凋落してきた企業よりは素晴らしいレベルで優れている、ということです。

あるいはトヨタが良いというよりは、日本企業の場合はトヨタ系以外が論外、人災レベルで劣っていると言ってもよいかもしれませんね。

米国で始まっているトヨタ流経営の研究

外資企業でも最近は動きがあります。かつて流行したビジネススクール式の経営が組織を荒廃させ、ごく一部の階層を除く米国人を貧しくしてきたと言われ始めたので、トヨタ流の人材育成やタレントの活用方法が調査されているようです。

ハーバードビジネススクールでもトヨタのケースが積極的に取り上げられているということですね。もっとも、ハーバードの人達はほとんどまともに理解ができているというわけではなく、相変らず的が外れた議論を繰り返しているとも聞いています。

2月に長年のトヨタ研究で知られているミシガン大学のジェフリー・ライカー教授と話をしたときに、「トヨタは米国の会社やフォルクスワーゲンのように、MBA的、資本力に頼んだ無理矢理の機械化による成長ではなくて、「有機的な成長」をしてきた会社だ」と言っていました。 

彼は、米国企業が、トヨタからいかに学べるかを考えているようでした。ここでライカー教授の言う「有機的な成長」というのは古い米国式の「切った、貼った」の企業経営に対してよく用いられる用語です。

ライカー教授もこの有機的成長の意味を考えていたようですが、彼を含めてあまり合理的な説明をしている人はいません。本書では、トヨタ式のマネジメントのTQMの理論化もしたので、このあたりの意味を合理的に理解していただけるのではなでしょうか。

不思議なことに日本最大のグローバル企業のマネジメントは、日本の経営学科ではまともに研究もされず理解もされず、的の外れたことばかりが言われてきたので、日本人の間では、トヨタ系列以外の人にはトヨタ流経営は全くというほど知られていません。トヨタ系の社員も与えられた仕事をこなすのに精一杯になっているはずなので、もちろん、全体の仕組みを知ったり考えたりする余裕はないのかもしれません。

実は、前著(『タレントの時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論』講談社現代新書)の読後の感想の中には、「自分が40年勤め上げた会社のことがはじめて理解できた」というものが複数ありました。企業規模が大きいと全体の構造がどうしてもわかりにくくなることはあると思います。

海外企業のほうが必死に学んでいる「トヨタ」の強さの秘密
日本人が知らない日本最大のグローバル企業
現代ビジネス   2016年03月21日(月)  酒井崇男

売上27兆5000億円。営業利益2兆8000億円。世界でも有数の大企業であるトヨタ。その強さはしばしば「生産方式(カンバン)」にあると言われてきた。しかし、工場の話だけでは、なぜ「売れるモノ」を作りつづけられるのかという謎は解けない。

新著『トヨタの強さの秘密』で、日本ではほとんど語られてこなかったその謎を明かした酒井崇男さんにインタビューする(後編)。

「売れるモノをつくる」仕組み

Q:「売れるモノをつくる」ことは、どこの企業でも当たり前のことだと思いますが、それを組織内の仕組みにまで落とし込めたのは、トヨタだけだったということでしょうか?

酒井 結果から言うとそういうことになると思います。本書『トヨタの強さの秘密』をお読みいただけると分かると思いますが「設計品質」という概念、つまり、「買い手自身も知らない・分からないような買い手の本当のニーズをどの程度満たせるかの度合いを追求する」という仕組みは、きちんとした制度にすることがなかなか難しい。

トヨタはTQM(Total Quality Management:総合的品質管理)の会社ですから、「設計品質」を確保して、「製造品質」を確保する。製造品質、つまり工場の品質というのは、科学的に計測できることがほとんどで「量」的に片がつく話がほとんどです。一方、設計品質には、われわれ消費者のニーズをどの程度満たすか、という「質」的な要素が出てくる。

つまり、商品としての価値、コンテンツとしての価値、「買い手の人間」対「作り手の人間」という要素が出てくるということです。特に作り手側の人間、製品開発組織の人間のハタラキが、工場側のそれとは求められているものが変わってくる。

つまり「TPD(Toyota Product Development:トヨタ流製品開発) での『人間系』」(リーンとタレント)という話になってくるのですね。では、これは具体的にどういうことでしょうか?

工場側では設計情報を製品に変換するだけですから、入口と出口は与えられている。つまりTPS(Toyota Production System:トヨタ生産方式)では工場で作ったものは売れて現金になることを前提としているので、システムとしてはあまり複雑ではないのですね。TPSについては、だいたいのことはもう全部分かっているのです。

一方、反対に、製品開発組織では、入口は製品コンセプトみたいなもので、出口は、量産工場が十分に稼働するだけの魅力ある製品の「設計情報」でなければいけない。つまり過去と同じ仕事をしていても同じものしかできてこないので、TPD側では、常になんらかの割合で新しいこと、非定型的な仕事をしなければなりません。

製品開発組織はビジネスプロセスの仕組みを説明すること自体はあまり難しくないのですが、組織内の人間の持っている知識や創造性を具体的に、うまく商品価値やプロセスの価値に結びつけることが難しい。

つまり、人の持つ知識やタレント性を経済価値に結びつける人的仕組みを含めた仕組みを作ることが難しくて、日米欧問わず今はこの分野で苦労しているわけです。

トヨタでは、1953年に元々戦争中に航空技術者だった長谷川龍雄さんが、航空機開発のチーフデザイナー制度を「主査制度」として自動車開発に持ち込んだ。これはトヨタが会社として純国産の乗用車を日本人の頭と腕で作ろうと考えたことに答えたものでした。

戦後初の純国産車クラウンの主査である中村健也さん以来、トヨタでは、主査の要件が理解され、人的ネットワークが続けられているのかもしれませんね。

結果的に、「売れるモノを売れるとき売れる数だけ売れる順番に作る」といったとき、この主査制度が「売れるモノ」を作る役割を受け持っているとも言えます。

主査制度は、制度としての説明はいろいろなところでなされてきましたが、つまるところはこの制度の中で期待されるハタラキを生み出す「人間」の話になってくるので、人間系を含めた話が一番難しいのですけどね。

なぜ日本企業はトヨタのマネをしないのか

Q:トヨタがこれほどうまくいっているのに、(自動車業界は別として)なぜほかの日本企業はマネをしようとしなかったんでしょう?

酒井 ここが不可思議なところです。

たとえば、トヨタの主査制度は海外ではリーン開発(リーンとは「ムダのない」「贅肉のない」という意味で、英語圏でトヨタ流を意味する)と呼ばれて学ばれています。トヨタ式は、リーン・アジャイル、ソフトウエア分野ではスクラム・XP・カンバンなどというものになったり、シリコンバレーでもリーンスタートアップとかリーンローンチパッドなどという形で学ばれています。

日本でも有名になったIDEO社のデザインシンキングは、元々親会社だったスチールケース社がリーンの導入に積極的だったこともあり、リーンに強い影響を受けているものです。スタートアップ企業などで議論されるプロダクト・マネージャーの要件とは、トヨタの主査の要件のことです。

ところが情けないことに、日本では最近は翻訳本でトヨタ流を学んでいる人すらいます。

世界が必死で学ぶトヨタの製品開発とは何か?

こうしたことの理由として、まず、第一に当該分野における日本の大学の怠慢と無能が挙げられると思います。米国では自国の自動車産業の屈辱的な敗北をきっかけにして、国を挙げて大きな予算をかけてトヨタ式の研究をしてきました。これが、大学や実業界、コンサルティング業界などを経由して社会全体に横展開されてきた。

もちろん、中には情報としては不完全なものや、いい加減なものも含まれています。しかしオリジナルのTPDに近づこうと失敗を積み重ね、試行錯誤しながら努力してきた人がいることは事実としてあります。それが、米国の半導体業界やソフトウエア業界の躍進につながっています。本書をお読みいただけるとわかるように、シリコンバレーのような社会的仕組みにトヨタの仕組みを昇華しているケースも出てきています。

しかし当の日本、リーン母国の日本では、こうした海外での事情は紹介もされず、ほとんど知られてもいません。

私は昨年米国テキサスの国際会議で講演した際、元米国大手自動車会社の幹部と話をする機会がありました。彼は、自国の自動車産業がかつて敗退した最大の理由は「Arrogance(傲慢さ)」にあったと言っていました。かつての米国自動車産業黄金期の成功に酔い、謙虚に学ぶ姿勢を失っていたことが最大の失敗の理由だったというわけです。

その状況は、いまの日本の負け組企業、とくに電機や半導体、通信業界とよく似ています。台湾企業に買収されたり、不適切会計で問題を起こしても当人達はどこまで自分達のことを客観的に見ているのか、と疑問に思う人もいます。事実、彼らは自身の失敗を自分自身の問題として捉えられていないような発言をしています。

結局、科学的に見て、「うまくいっている仕組み」を研究しなければいけません。感情や思い込みは判断の妨げになります。

トヨタの系列は儲かっている

Q:系列との関係についても触れられていますが、一般のイメージとだいぶ違いますね?

酒井 ええ。私は もともと三河地方で育ったので子供の頃から系列がどういう仕組みで儲けるかというメカニズムを知っています。遊んでいた近所の友達の親は全員なんらかのレベルでトヨタ関係の会社で働いていたからです。三河の系列企業は東京でのそれと違い、ボロ儲けです。仕組みとしては全く違うものだと言えます。

しかし誰もが、少し考えてみればわかると思うのです。

たとえば、トヨタの「定期値下げ」なんかで、トヨタに、たたかれていて苦しいはずのデンソーの売上はいまでは、4兆3000億円となり、(デンソーは)NEC系列全体や三菱重工よりもすでに規模の大きな会社となっています。もちろん、完成車メーカーのマツダ・スズキ・三菱・富士重工よりも1兆円以上売上が多い。

なぜデンソーがこんなに儲けられるか、本当の仕組みを、日本人もいい加減理解した方がよいと思います。いまでは、フォードやGMのサプライヤーもトヨタとつきあいたいのです。理由は簡単で儲かるからです。ではなぜ儲かるのか? その理由を本書で書きました。

デンソーは4兆円以上の売上、アイシンは2兆円以上、いずれも世界的な企業です。どちらも別段他社より、飛び抜けて優秀な人材ばかりが最初から入社しているか、と言われると、平均すればNECや三菱重工と大差ありません。でもこの結果の違いはどこから生まれるか? アタマを使って考えてみてください。

よくメディアが「トヨタと言えば下請けいじめ」のような記事を書いていますが、私が子供時代から実際に見てきた光景は、およそそうしたことからかけ離れたものです。

単に体質の古いメディア企業自身がそういう搾取型の経済構造になっているので、同じ日本企業であるトヨタ系列もそうなっているだろう、と勝手に考えているだけなのではないでしょうか。現地現物で取材をしていれば全く違う見方になるはずです。

実際とある新聞社で「下請けいじめ」記事を書いていた知り合いの記者は、いじめられているはずの下請け企業の人達が毎年取材するたびに自分よりも豊かな生活水準になっている様子をみて、これでは記事にならないと言っていました。

もっともおなじ系列でも現実は、たとえばトヨタ系との系列と、NTTや日立の系列では、同じ大企業でも内部で行われていることは質的に全く別物と言えます。

最近トヨタは日立やNTTのような古い会社の悪影響を受けているという話も聞こえていますが、原則として、トヨタ系はNTTや日立系列のような搾取型構造にならないようにしています。形態(カタチ)は同じでも、人間系を含めて中で行われていることは別物と言えるでしょうね。このあたりの解説は今回の本では全部書いてはいませんが、また機会があれば具体的に解説することもできるでしょう。

系列システムの質の違いは、トヨタに対して、日立もNTTの系列企業がちっとも規模的に成長できていないことからもわかるでしょう。

人が人を評価できる文化

Q:やはり難しいのは人が人を評価するということです。多くの企業はそのへんがうまくいかない。トヨタは社内文化として、「正しい評価」ができているということでしょうか?

酒井 もちろん、 トヨタであっても人間がやることですから、完璧にできているとは思いません。深刻な問題もいろいろあるようです。しかし、やはり豊田英二氏ら、いまのトヨタグループの基礎を作った人達が基本的な仕組み作りという意味で優れた仕事をしてきたということははっきり言えるのではないでしょうか。

本書の冒頭で出てくるように、現在トヨタ本社があるところは、もともとは狐や狸が住んでいて、治安もお世辞にも良いとはいえない地域でした。つまり何もないところから、いまのトヨタが出てきている。

結局、人間の知識とか知恵とか創造性を、皆が、実際に買う商品性をもった製品に結びつけることで成長してきたわけです。豊田英二氏同様、創業者に次いで2代目社長だった石田退三氏は「結局一番難しいのは人間」ということを言っています。

その、価値を生み出す人間のハタラキ、つまり「人間系」がトヨタを含めてどの会社でも一番難しいところだと言えます。最近はこうした問題を英語圏では、タレント性の管理、つまりタレント・マネジメントと言います。

工場のワーカーや、定型的な労働をするタイプの事務系のホワイトカラーのような人達の管理方法は最近では分かっているしだいたい確立されている。一方で、それ以外のタレント性、創造性、知的な創造性を求められる仕事の分野の話、つまりタレント・マネジメントがいまは人間の問題として難しいところです。ここをうまくやらないと、最近は会社そのものがあっという間になくなることすらあるわけです。

特にトップマネジメントの人間系で大きなところで間違いを犯すと、ソニーのように大きな打撃を受ける。前著『タレントの時代』で書いたように、「バカは連鎖する」から です。

ここで「バカ」とは、養老孟司氏の著書『バカの壁』で言う意味での「バカ」のことです。前著では、米国人の言い方では、「リーンとタレント」について体系化してあります。そちらも本書と合わせて参考にしていただきたい。

Q:いまから他の企業はトヨタに学んで会社を変えていくときに、すべきことはなんでしょうか?

酒井 日本は、製造業はとくに、TPSやQC(工場内での品質管理)はしっかりやってきた会社が多い。生産技術や生産管理もよく研究されてきて、国際的にみても比較的まだ高い水準にある。

しかし工場の話ばかり極めていても、売れないモノのために立派な設備を揃えて巨大な工場を作って喜んでいれば、シャープのように台湾企業の下請けとして生きていくことになります。

あるいは巨大な研究所を作って巨額の研究費を使っていたり、研究のための補助金をばらまいていてもちっとも世界で売れる商品性のあるものができてこない。

こうした理由、つまり技術と商品性(価値)・経済的な利益の関係をそろそろ理解していただかなければいけません。こうした問題を理解する上でTPDの本質について学んでほしいのです。

どうもトヨタシステムは日本では正しく理解されていない。ビジネスマンの間だけではなく、中央官庁の役人や政治家も、日本を代表するグローバル企業の仕組みをまともに知らないという事態になっています。

これは、現在のものつくり産業とはどういうものかを知らないに等しいとも言えるので、極めて困った状況です。これは多くのトヨタOBが指摘しているように、東大や一橋の経済学部や経営学部だけでなく、工学部にも問題があったと言えるでしょう。実業を混乱させる間違ったものつくり論や設計論ではなく、 事実にもとづいた正しい設計論・ものつくり論を日本でも展開しなければなりません。

またこれは工学分野に関して特に言えることですが、技術や研究は最終的に商品価値に結びついてはじめて経済的な価値をもつことも理解していなければなりません。

「売れるモノを売れるとき売れる数だけ売れる順番に」作るといったとき、もっとも肝心な、「売れるモノ」の欠落したトヨタ生産方式、売れるモノがどうできてくるのか説明できない、ものつくり論などばかげた話です。伝統的な三河人が昔から言うように、「売れないモノを作るのは犯罪」だからです。売れないモノを作ることは究極のムダに他なりません。

最近では、そうしたオリジナルから逸脱したトヨタ論が日本国内、特に社会系の学者の間で展開されていて、実害をもたらしています。

たとえば、東大ものつくり研究センターの「すりあわせアーキテクチャ論」はその一つと言えるでしょう。私の前著を読んだ多くのトヨタOBの読者から、「変な話が世の中で展開されて迷惑しているから、間違いを酒井さんからも指摘してくれないか」ということだったので本書ではその点にも軽く触れました。

トヨタでは、昔から、「売れるモノ」(TPD)を「売れるとき売れる数だけ売れる順番に」(TPS)作って成功してきた会社です。歴代のトヨタの社長が「当たり前のことを当たり前にしっかりやる」ということはそういうことを言っています。

売れるモノを生み出すことを担当するのがTPD で、売れるとき売れる数だけ売れる順番に担当するのがTPSです。

TPDがないのにTPSだけを頑張っていてもどうしようもありません。TPD+TPSのトータルのトヨタシステムを、日本人である以上、教養として知っておくべきだと考えています。日本を代表するグローバル企業の仕組みをほとんどの日本人よりも一部の外国人の方が詳しいというおかしな事態はいい加減終わりにしなければいけません。

TPSは当たり前として努力を続ける上で、TPDを学び活用することが、日本の負け組企業が再び世界で勝負するための条件だと言えるでしょう。なぜなら、海外の企業はTPDを部分的にでも体得しているのはもちろん、いまも必死で学んでいるからです。
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