Entries

我が国は「直下型大地震の多発期」に突入したのか?大自然が与える試練を乗り越え、鍛えあげてきた日本民族の心性

白髪頭でズバリと斬る -じじ放談- 2016年04月28日

はじめに

21年前、地震学者も想定できなかった阪神・淡路大地震(1995.1ーM7.3)が発生した。以後、新潟県中越地震(2004.10ーM6.8)、同中越沖地震(2007.7ーM6.8),東日本沖大地震(2011.3-M9.0)、そして今回の熊本大地震(2016.4.14ーM7.0、2016.4.16ーM7.3)が発生した。何十年も前から地震学者が警告を発してきた静岡県沖から四国沖の太平洋海底で発生するとされる東南海大地震(M9以上)と東京直下型大地震(M7程度)は発生していない。地震学者が全く想定していなかった大地震が次々に発生したというのに。おそらく、これからも地震学者が警告を発していない地域の活断層が数千年乃至数万年ぶりに動き大地震を発生させると考えておくべきだろう。地震学者は「直下型地震の発生時期を予測することはほぼ不可能」と述べている。

第1:火山と地震が集中する日本列島の特異性

我が日本列島は北緯25度から45度の中緯度地帯にあって四季の変化を楽しむことができる風光明媚の島だ。東は太平洋、南西は東シナ海、西は日本海、北はオホーツク海と荒ぶる大海が天然の要害となって外敵の侵攻を妨げてきた。我が民族は異民族の侵略と略奪を防ぐための人工構造物(万里の長城や城郭都市)を造る必要も感じなかったといってよい。家の戸締まりをしなくても空き巣や強盗が侵入してこないだろうと考えていた。我が民族にとっての脅威は異民族の来襲ではなく「地震(津波)・台風・水害・干害・冷害等」の自然現象であった。大自然の怒りを鎮撫することが最大の関心事であった。

我が日本列島は地質学的には(1)ユーラシアプレートと太平洋プレートが邂逅する東北・北海道地域、(2)ユーラシアプレートとフィリピン海プレートが邂逅する糸魚川・静岡構造線以西の西日本・沖縄諸島地域、(3)ユーラシアプレート・太平洋プレート・フィリピン海プレートが邂逅するフォッサマグナ(中央地溝帯)地域ー関東・甲信越)の3つに分類されているようであるが、その他、(4)今回の熊本大地震の震源となった日奈久断層から中央構造線(大分・愛媛・香川・徳島・淡路島・和歌山(紀の川)・伊勢・諏訪湖)の南側は急峻な山々が連なり峡谷も深いのに対し、(5)同北側の九州北部・中国地方・瀬戸内海沿岸の四国地方は比較的なだらかな山地が続いている。

我が日本列島は、火山の噴火によるマグマの堆積と、海底を押上げた地殻変動、大陸の一部や太平洋の島々をかき集め、貼りあわせたモザイク状態で形成されているのではなかろうか。日本列島に加えられている圧力が増すと、地溝帯や活断層といわれている接合箇所が破断するという仕組みになっているのではなかろうか。地溝帯や活断層は日本列島が破断した結果生まれたのではなく、もともと地質の異なる島々の塊が集合し接合したため、プレートの移動等わずかな圧力の変化によって接合部分が破断し直下型地震を惹起するということではなかろうか。

鹿児島の錦江湾や阿蘇の外輪山の内側は巨大カルデラで、かっての火山爆発の規模がいかに巨大なものであったかを示す証だ。深海底で生息していた貝の化石が山中で発見されるが、これも深海底が何百・何千メートルも隆起した証である。今日の穏和な地球と異なり、かっての地球は想像できないほど躍動的な惑星であった。

第2:天災と日本民族の心性

古来、我が国には恐れるべき存在が4つあった。「地震・雷・火事・親父」である。地面が割れ、津波が押し寄せすべてを飲み込む大地震、予告なしに天から降ってくる雷、出火すれば焼け死ぬか又は延焼を食い止めることができない密集した木造家屋、そして親父に反抗すれば殴り殺されるか又は女郎屋に売られることを覚悟しなければならなかった。民衆は自らの意思では避けることができない(不可抗力の)「地震・雷・火事・親父」を何よりも恐れた。民衆は大自然の怒りを受容し耐え忍ぶ以外になかった。異民族の襲来であれば、これに備えることもできたであろうが、相手が大自然では「被害を軽微にする方策」を考えることはできたとしても、地震(津波)や雷の発生を防ぐことはできない。

漢族・朝鮮族・韓族の執念深い性向はどうして形成されたのか?といえば、異民族に支配され、屈従し、略奪された体験を何百回・何千回も積み重なねてきたからであると思う。古来、ユーラシアにおいては各民族が生き残りを賭けて死闘を繰り広げた。弱肉強食のサバンナでは「隣国は常に敵」であった。被った被害体験(トラウマ)は千年たっても忘れることはない(朴槿恵大統領)」というほど執念深くなってもやむを得ない。敵は同類であって大自然ではなかったから怨念が残る。

四囲を荒ぶる海という防波堤に守られていた我が日本民族は異民族間戦争を免れた特異な存在である。我が民族は外敵の侵攻に脅えることなく惰眠を貪ることができた。その代償として、大自然は我が民族に「天災」という恐るべき試練を与えた。反面、大自然は温暖で湿潤な気候と豊穣の稔りを約束してくれる心優しい神々でもあった。我が民族は神々の怒りを恐れ、神々を敬い、神々に感謝した。大自然は、人智を超越した抗うことのできない絶対者であったから、大自然に対する恐怖心と感謝という「矛盾の自己同一」が我が民族の心性となった。

第3:大災害への対応(国・地方自治体・企業・民間団体の総力戦)

阪神淡路大震災、新潟地震・新潟沖地震、東日本大震災及び今回の熊本大地震のような大規模災害が発生すれば、都道府県(道州制)や市町村単位では対応できないから、国家を初め全国の地方自治体・企業・民間団体が総掛かりで取り組まざるを得ない。日本列島は大地震の多発期に突入したようで、21年前の阪神淡路大震災以降、M6.8以上の大地震が6回も発生した。「災難は忘れた頃にやってくる」ではなく、4・5年単位で大地震が発生し甚大な被害を与える時代になった。我が国はこれを検証し、不十分ではあるがさまざまな地震対策を行ってきた。

これまでの取り組みが不備な点を総括して、より機動的で効果的な救援活動や電気・水道・ガス・道路・鉄道等インフラの復旧工事が迅速に行われるようになった。もとより、大地震が発生した地域の特性や発生した時刻、大地震が発生した地盤によって倒壊家屋の規模や火事の発生件数は変わる。災害対応のマニュアル(定石)を基本において、ケースの特殊性を加味した臨機応変な対策をとること(応用)が求められているといえる。

ニュージランドやネパールでは大地震からの復興が進んでいないという。国家財政に余裕がなく復興に要する財源を確保できないことや、国家や地方自治体の統治能力が十分ではなく、震災復興を推進するシステムがないため復旧・復興事業が休眠状態に陥っているという。世界中から寄せられた義援金を政府高官が着服したり、義援金が活用されないまま放置されていることもあるという。「馬を水辺に連れていくことはできるが、馬に水を飲ませることはできない」ということだろう。

26日、安倍総理が民進党、共産党、おおさか維新の会など全野党の党首・幹事長と面談、「熊本大地震対策の補正予算案を5月13日に提出するから5月中の成立に協力してもらいたい」旨要請、全野党が協力すると約束した。「国家総動員体制」という上から組織した戦時体制ではなく、大震災という非常事態に対処すべく「国家・地方自治体・企業・民間団体・国民」がそれぞれの持ち場で役割を果たす「国家・国民総参加体制」が構築された。

関係各位のご奮闘により、震災発生後2週間(4月27日)で九州新幹線が全線開通。九州自動車道(高速道路)も4月中に開通する予定。全国の自治体・関連企業等の支援を得て、電気・水道・ガスの復旧も進んでいる。一時18万人ほどいた避難者もインフラの復旧により4万6千人ほどに減少した。しかし、調査途中の現段階で、全壊又は半壊した住宅戸数は阪神淡路大震災の規模を上回っているから、自宅に戻れず、避難生活を脱することができない人は数万人ほどいるはずだ。目下、熊本県が仮設住宅の建設、公営住宅や民間住宅の借り上げを進めているが、被災者に対する長期の支援体制を構築する必要がある。

5年前の東日本大震災や福島原発事故による後遺症が癒えていない中で、熊本大地震が発生した。我が国を未曾有の国難が襲っているが、同時に、この国難を乗り越えるべく国家・地方自治体・企業・民間団体・国民多数が連携して立ち向かっていることは誠に喜ばしい。世界の模範といえるのではなかろうか。

まとめ

サミュエル・ハンチントンは主著「文明の衝突」において、我が日本文明を「友達のいない孤独な文明」と規定した。我が日本民族と漢族・朝鮮族・韓族等周辺族とは全く異なる属性と性向を有する存在とみなした。ハンチントンの仮説を正しいとすれば、日本列島の地理的特異性が日本民族の特異な性向(日本文明)を育んだといわねばならない。中国文明を輸入し換骨奪胎して消化した飛鳥・奈良・平安時代、西欧の科学技術文明を取り入れたが、西欧の道徳や精神には同化しなかった明治時代。そして戦後、米駐留軍が押しつけた米国様式の資本主義は日本型資本主義に変質させ、米国のプラグマチズムは近江商人の「三方良し」に修正した。有史以来、我が日本民族は異文明を貪欲に吸収してきたが、無条件に吸収し同化したのではなく、有害物質を取り除いて浄化し「世界に冠たる孤独なる日本文明」を築いてきたのであった。

我が民族は何千年も、何万年も、大地震(津波)、台風、水害、干ばつなど自然の猛威に繰り返し襲われた。太陽の恵みに感謝して崇め、大地の怒りを和らげるべく地鎮祭を行なった。何よりも、人智を超えた大自然の怒りを恐れた。お供えをして神々の怒りを和らげ、神々の恵みに感謝した。

我が日本文明は孤独な文明ではない。古代エジプト文明、古代メソポタミア文明、古代イスラエル文明、ユカタン半島の古代マヤ文明、揚子江中流・支流域の古代河姆渡文明等「太陽神を尊崇する古代文明の嫡出子」なのだ。そればかりでない。大地震、大津波、台風(サイクロン)が周期的に襲ってくる環太平洋地域やカリブ海地域は、おそらく日本民族と同様の心性を持っているはずだ。人間は降り注ぐ太陽光と、温かい大地と、循環する大気に生かされているちっぽけな存在であることを理解し、人間を初め生きとし生ける者はすべて大自然の脅威(暴力)と恵みを無条件で受け入れざるを得ないことを。

「艱難辛苦は汝を玉にす」という。我が日本民族は大自然が課した厳しい試練に耐えながら自らの心性を鍛えてきたし、今も鍛えつつある。飲料水等の備蓄、避難所の確定、耐震構造建築物の普及、沿岸のかさ上げによる浸水被害地域の縮小、避難誘導路の建設や避難誘導訓練の実施等、不十分ではあるが大震災対策を進めてきた。自衛隊、消防、警察、NPO、地方自治体、関連企業等の連携と情報伝達等ソフト面も強化されている。大地震や大津波の発生を未然に防ぐことはできないが、被害をなるべく軽くする方策や、被害が発生した場合の救援・救護・復旧体制のあり方が工夫されてきた。多くの犠牲者と避難者を出している大震災の貴重な経験(事例)は我が国だけでなく世界共有の財産となるであろう。

筆者は熊本で生まれ育った。崩壊した家々や避難している方々の映像を見ると胸が痛む。深夜遅くまでたたずみ、話しあい、歩きまわった熊本城が崩落する光景を見ながら50数年前にタイムスリップした。熊本城は単なる文化財ではない。肥後・熊本の民は先祖代々加藤清正公を尊崇してきた。熊本城は清正公が建設した天下の名城であり、熊本県民の心の拠り所だ。

先日、馳文科大臣が「何十年かけても熊本城を再建する」と表明してくれた。超多忙の中(29日)、安倍総理は「崩壊した熊本城と大分県の被災地由布院を視察する予定」といわれている。熊本の再建は熊本城の修復が完了するまで終わらない。

白髪爺 at 16:35

この記事へのコメント
1. Posted by 大和は圀のまほろば 2016年04月28日 19:38

東北の震災の時は良く考えて日本赤十字社に寄付しました
今回は熊本城の復興事業の寄付口座が開設されたらそこに寄付しようと思います
歌手の水前寺清子さんも熊本城の姿を見て、自分の人生も終わったような感じがする・・と明るい彼女からは考えられない発言です

福島も想定外でしたが熊本も全く想定しない地震でした・・中央構造線の通りに熊本―大分lineが今回揺れましたね
やはりこんなに揺れる日本に原発の発電所は厳しいなと思いマス

2. Posted by 白髪爺 2016年04月28日 19:59
4度や5度の自然災害で打ちのめされ、茫然自失に陥っていては御先祖様に申し開きがたちません。
大自然が次々に繰り出す試練に耐え、力を蓄えてきたのが日本民族ではないでしょうか。換言すると、大自然は日本民族の高い資質を見込んで、高いハードルを課し鍛えてくれているのではないでしょうか。
ユダヤ人であれば、「神(大自然)に選ばれし民」と感じるのではないでしょうか。
熊本城の修復と再建にご理解を賜りありがとう御座います。
スポンサーサイト
  • コメント : -
  • トラックバック : -

Appendix

最近の記事