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人口の過多はボーナス? それとも負担?

推摩 一黙のブログ 2016年06月02日 03時50分

て、前回の記事へのコメントで、kZmさんが――
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6. 生活保護受給者の過半数が65歳以上

165万突破したそうですが、65歳以上が過半数・・・

あれ?
よく考えてみれば、あと30年もしたら半減ってこと?www
いやその前にまだ増えるって・・・でも年金払ってる世代だからそこは増えないのかな?
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というニュースを紹介して下さいました。

貧困老人の問題で、生活保護受給者の半分が老人世帯という話なんですが、30年後に半減……と、いいますか、団塊の世代の人口ピラミッドの歪なボリューム層が解消されると考えるベキなんでしょうね。

そして、“解消”されるのは『貧困老人問題(生活保護受給者)』のみならず、老人医療や老人介護も、今は「団塊の世代」という突出した人口層が老齢化しているので少子化と共に高齢化が問題となっていますが、前にも書きましたが、

「人間には寿命というモノがあり、誰しもいずれ亡くなっていく」

モノなのですから、少子化はともかくとして日本社会の高齢化問題は二十年から三十年の“一時的な”問題であるとも考えられるのでしょうね┐( ̄ヘ ̄)┌

で、これも前に書いて提案した話なんですが、

『日本の人口構造における老齢層の過多は、あくまでも一時的な現象なのですから、福祉版の建築国債のような「特例国債」を作って介護や老人福祉に必要な予算を確保すればイイんじゃないでしょうか?』

で、少子化対策にも言えるのですが「教育」や「医療福祉」にかける予算は『社会負担』ではなく、『社会投資』だと考えれば別に不公平でもなんでもアリマセン。

教育にかける予算はそのまま私たちの子供、未来の世代への“投資”ですし。

老人介護や医療などにかける予算もまた、『足腰の弱った老人』が暮らしやすい、安心して医療や介護を受けられる社会というのは=健常者の若者から壮年の働き盛りの世代まで「安心安全」に生活して仕事や社会活動をしていくコトが出来る社会にもつながります。

また、老人福祉の医療や介護に社会的な資産が分配されるのは「若い現役世代に不公平だ」という方もおいでかもしれませんが、よ~く考えてみて下さい。

世界でも珍しい『単一民族』と呼んで構わない日本の場合、老齢世代は決して“他人”ではなく、「誰かのお爺さん、お婆さん。あるいは親」なのですよ?

欧米などの民間の保険会社に個々人が好き勝手に加入して自己責任で保険費を負担するのに対して、日本の国民健康保険が「公的な福祉制度」として日本人同士の互助の精神の元に負担を分け合っています。

この日本のやり方は一見しますと「病気にならない人」や「怪我や入院をしない人」にとっては何のメリットもなく、月々の保険料を払い負担することとなります。

この点が日本の国民皆保険の制度のデメリットと言われますが、人間、いつまでも『人生無病息災』何事もなく過ごせるワケがありません。

いつケガや病気にかかるか分かりませんし、いずれ歳を取れば肉体は衰えます。

いえ、本人が健康で順風満帆でも、身内の誰かやあるいは子供などが病院などの医療サービスにかかるコトになるやも知れません!

その時に「安価で、安心していつでもドコでも」医療サービスを国民皆保険で受けるコトができればこれほど安心して生活できる社会はないでしょう。

実際に、日本の国民皆保険制度は世界でも高い評価を受けています。

この制度のおかげで、日本は世界トップクラスの長寿国になり、乳児死亡率などの健康指標も首位を占めるなど国民の健康水準の向上に大.きな役割を果たしていますからね。

まあ、問題が無い訳ではなく、無論改善の余地はいくらでもありますが、日本の国民皆保険制度は、まさに「日本だからこそ採用運用可能」な社会福祉制度である……ともいえます。

医療保険制度の対比として日本とアメリカを見比べたならよくわかるんじゃないでしょうか?

オバマケア――と呼ばれる、オバマ政権時代に進められた米国版の国民皆保険制度は、「日本のように医療行為や薬剤の販売などに点数を割り振り公的に管理する」制度ではなく、診療報酬や薬価などがある意味民間の自由裁量に任せられ、かつ公的な福祉制度保険制度ではなく、民間の保険会社に個人個人が自分で(収入や年齢などの条件によって)加入するカタチです。

オバマケアは従来『高額な医療保険に入れなかった』健康保険難民とでも呼ぶしかない低所得者層が「無保険のまま」放置されないように、アメリカ国民全員に「何らかの民間健康保険に加入しなければならない」と規定する代わりに、低所得者層向けの健康保険加入には政府が補助金を出し助けます。

これは日本と違って“移民国家”であるアメリカだから仕方がない面もあって、移民という形で世界中から人の出入りが激しいアメリカの場合、常に「医療保険の食い逃げ」が危惧されますし、個人主義が主流のアメリカ社会の場合、互助の日本の国民皆保険のような形は受け入れられ難く、「健康保険は個人個人が自己責任で加入し、保険料を払うモノ」という認識が支配的です。

しかし、こーした『個人主義』が極端で、互助の精神が欠如したアメリカの健康保険制度は(保険会社の儲け主義や訴訟社会も手伝って)医療費と健康保険料は「天井知らずに高騰」してしまっています。

その結果、アメリカでは家族の誰かが大病に掛かれば高価な医療費を負担しきれず破産、一家離散なんていう悲劇が数多く起こっています。

いえ、「タダの風邪」でもあまりにも医療費が高くつくので、アメリカでは多少の病気なら薬局で薬を買って医者に掛からず治そうとしてしまいます┐( ̄ヘ ̄)┌

それもこれも、日本では全員が健康保険に入ることが決められていて結果三割の自己負担で済みます。
しかしアメリカでは保険に加入したくても保険料が高額なためアメリカ国民の六人に一人が医療保険に入れず。

さらに高額な医療保険が自己破産の原因の六割を占めている(!)といいます。 

こうやって見比べて行くと、『公的な福祉医療保険制度、国民皆保険』が受け入れられ互助の精神で運用されている日本で生活できるコトの幸せが改めて理解できるんじゃないでしょうか?

実際にオバマケアの成立までのドタバタに、紆余曲折の末に制度が開始されましたが、デメリットの副作用として中流の所得世帯が入る健康保険料が高くなったり、加入するコトで甘受できていた医療サービスの範囲が狭まったり――と、いうことも起こっており、そーした点がアメリカ社会で不満を溜め込ませ公然と「オバマケアの廃止」の声が上がったりしているといいます。

……まあ、アメリカの医療費や医療保険の保険料の法外な高さには「保険会社の儲け優先主義」や「医療訴訟が多く、その弊害で病院や医者が訴訟に備えて入る弁護保険料まで医療費に上乗せされる」などの問題点が大きいんですが、その他にもやはり「互助の精神で負担を分かち合う」精神の欠如、個人主義の行き過ぎも大きいと言わざるを得ません。

それは日米でなく欧米の健康保険制度を見比べてもハッキリ出ています。

日本と同じ国民皆保険のドイツ。

連帯を掲げつつも「職域連帯」の傾向が強かったのを「国民連帯」の方向へ修正し、公的医療保険をさいようするフランス。

等々、欧州の国によって多少制度は違いますが、アメリアと違い欧州では公的医療保険が一般的です。

さらに域内の人の移動が自由化された欧州EUでは「欧州健康保険証(EHIC)」の制度が出来ており、このカードを持つ被保険者は、一時滞在の間に必要な医療を受診できるようになっています。

そして既に、EU市民の約三分の一が、このカードを持っているといいます。

こーした個人主義のアメリカと違って、互助の精神が組み込まれた欧州の医療費は結局、患者負担が軽く済み、医療サービスの恩恵を広く受けるコトができています。

さて、少し話が横道に逸れ長くなりましたが、社会福祉制度の負担は互助の精神で国民同士で分担して行った方が「結局のところ得に」なります。

ですので、老人福祉サービス、介護事業についても国民健康保険のように公的な制度の下、負担を分かち合う方が結局は日本社会の為になるのではないでしょうか?

そして、その負担の分担について、これから先、一時的に二十~三十年ほどの間は、“一時的に極端に高齢化世代”が増えるのですが、その介護費用や福祉サービスに掛かる費用については税金から……あるいは先にも述べました通り『高齢化対策専用の特例国債』を発行し、その必要とされる財源に充てればいいのです。

そして、建築国債のように償還期間を数十年~半世紀と長く設定して、今の老人世代の子供や孫の世代が長期的に償還していく形にしてもいいですし。

あるいは相続税などで現金金融資産などへの税率を高めて、「その亡くなった老人が“使い切れなかった老後の生活費”」から徴収回収する形にする……とか、まあ乱暴かも知れませんが考えれば色々と『広く日本国民同士で負担を分かち合う』方法はあるんじゃないでしょうか?

☆人口減少化は本当にマイナスばかりなのか?

さて、ここまでは少子高齢化の高齢化問題に対する話をしてきました、

次は、今からでも少子化をなんとかして人口ピラミッドの適正化を図ればいいんじゃないでしょうか?

マスゴミなどは日本の総人口は2050年には1億人を割り込み9708万人になる……とかいって騒いでいますが、それでも今現在の欧州のどの国よりも人口は大きいんですよ?

独 8200万人
仏 6270万人
英 6200万人

上の三国の人口は2010年のモノですが、フランス以外の欧州各国はドコも少子化に頭を悩ませています。

まあ、欧州EU――域内の移動移住は自由ですので独英などは仕事や生活レベルの向上を求めて移民が押し寄せています……が、さて、果たして、

「無理して人口を“現在”のレベルに保つ」

コトが本当に正しく、将来の国や社会の幸福や安定発展につながるのでしょうか?

無論、若い世代が多ければ社会が活性化し経済活動も活発となりますが、『人口ボーナス』が国の発展繁栄につながるのは“発展途上国~中進国”までです。

日本や欧米のように社会インフラが整備され行き渡り、産業や技術力が高く、国民の教育レベルも高い成熟した先進諸国の場合、

「単に多すぎる人口は足を引っ張る」

モノとなりかねません。

例えば、今の時代、日欧米の先進国から中国や韓国などの中進国まで、大学の進学率は四割~七割という高いモノとなっています。

そのコトは、それぞれの国民の教育レベルが高くなり良いコトなのですが……問題は、そーやって毎年社会に巣立ってくる大卒等の高学歴の若者に、その学業の努力に見合った“職”を用意するコトに今や世界中の国々が頭を痛めているという現実です┐( ̄ヘ ̄)┌

高卒や大卒の「就職希望者」の内定率が97%を超えるという、失業率が3%台でずっと推移してる日本で暮らしていると全然意識しませんが、一転して日本の外の世界に目をやりますと欧米諸国でさえ、失業率が二桁台の国が多くあり、しかも若者に限れば失業率が倍! という国は少なくアリマセン。

中国などは、年に700万人もの新卒が世に出ますが、その内の四割が就職できず街にあぶれます。

隣の韓国も、折からの不況で大卒の就職率は三割でしかなく、過酷な就職状況も韓国の若者が自国のコトを「ヘル朝鮮……」などと自嘲する原因と化しています。

それと、産業の高付加価値化、省力化が先進国として繁栄する条件ですが……工場などの生産現場、単純労働は『機械化、ロボット化』が進み、自動化できない「まだまだ人間の力、応用力が必要とされる」サービス産業や土木建築の監督や職人。
あるいはデザインや創造分野などでしか人間の活躍できる余地がなくなって来ています。

まあ、そーした『人間力』が必要とされる分野に、人材を分配できるように今から「国家百年の計」ではないですが、日本なんかの場合は考えて長期計画を立てるベキなんじゃないでしょうか?

と、いいますか、人件費の安さが武器のハズの中国が「産業競争力を維持するために」工場の自動化、ロボット化を進めるとか……同じ少子高齢化でも12億の人口を抱え、一人っ子政策を廃止した中国ですからね~。

これから先、戦争や悲惨な内戦でもない限り劇的に十数億の人口を減らすコトは出来ませんし、むしろ十五億、十六億人と人口は増えて行くばかりでしょう┐( ̄ヘ ̄)┌

アメリカも、半世紀前は二億数千万人だった人口が、移民の流入により今や三億二千万人にまで増えており、将来予想で2050年の人口は四億越えの四億三千八百万人に達するといわれています。

将来の産業は自動化がロボット化が進み、人間の労働力は必要無くなる――だなんて、SFじみた予測が最近ニュースになりました。

実際、そーした未来は製造業の現場ではすでに始まっていますし、徐々に人間をサポートする形で医療や介護、建築現場や物流などへも普及してゆくコトでしょう。

そーした「人間の単純労働力が必要無くなる」未来が来るのだとしたら……さて、人口が多いコトが有利になるのでしょうか?

あるいは少子化で社会全体の人口がある程度縮小、もしくは横ばいだとしても“不利”になるといいきれるのでしょうか?

皆様はどう思われます?

☆世界で“例外”で”特別”な国『ニッポン』

さて、最後にこれまでに何度か取り上げ紹介しましたが、日本というのは(良い意味で)世界の中で異質で例外的な国です!
そのこれまでに紹介した『日本の利点、特長』として、

・日本は、オイルショックをキッカケに「量より質」の産業構造に方向転換し高度技術の製造生産大国として押しも押されもしない確固たる地位を築いている。

・日本は、世界で唯一「フルセット型産業の産業力を維持」できている国

・日本は、世界有数の広さの領海を有しており、海洋資源の開発技術を自前で有する数少ない国

・日本は、実は農業生産額は、およそ年8兆円という規模で世界第八位の農業大国

日本は、マスゴミや世間で言われているような外需頼みの輸出産業国家ではなく、対GDP(国内総生産)比での日本の輸出額は約11%、 輸入額は約11%で、 バランスは見事にほぼ同じで、 諸外国と比較すると輸出の割合が低い内需型国家

・日本は、1000兆円の政府債務があると言われているが『全て円建て、内債』であり、イザとなればインフレ覚悟で円を刷ればいいだけだし、それ以前に政府が有する資産は750兆円規模である。

・日本の価値は、社会インフラ整備で5000兆円のインフラが整備されている。

・日本の外貨準備は1241億ドル、日本の政府や企業、個人投資家が海外に持つ資産から負債を差し引いた対外純資産は、2015年末時点で前年比6・6%減の339兆2630億円となりこれで『25年連続の世界一の金持ち国』となったw

・日本企業の内部留保は300兆円以上、日本の金融機関の保有する有価証券投資額は、合計約806兆円(全国銀行が257兆円、信用金庫・信用組合で70兆円、ゆうちょ銀行156兆円、生命保険会社299兆円(うち、かんぽ生保66兆円)、損害保険会社24兆円)という巨額で、これとは別に国民の現金資産(預貯金)の総額は1600兆円

……と、まあw 改めて箇条書きで書き出してみると『ニッポンという国の豊かさと強力さ』が分かりますねぇw

あ、ちなみに「フルセット型産業の産業力」とは何かといいますと――平たくいえば全ての産業分野を、一定レベルで一国内に抱え込んでいる経済構造を成立させているコトです。
たしかに日本という国は資源と食料の多くを輸入に頼るハンデを負っていますが、先進国では米国に次ぐ、10%前後の輸出入依存度(対GDP 比)の低さを長年維持してきました。
つまり我が国の経済・産業構造は、輸出をGDP 比10%程度すれば国が回るほど、国内の産業間のつながりが密であり、かつ自前で国内で必要とする事業や需要を賄える実力と産業を持っているのですよねぇw

ですから先進国においても、造船業とか繊維産業とかも日本では未だに大きな産業として維持できていますし、それどころか最先端の技術研究と開発によって、人件費の安い国に負けない高付加価値の製品を輸出し、国際競争力と国内シェアの保持を守っています!

すでに造船も鉄道も消え失せてしまいましたアメリカや、鉄工所や造船所の閉鎖に追い込まれている欧州諸国などを見てみても日本の異様なまでに強い“産業力”と、裾野広く分野に至っても網羅した産業分野の大企業から中小企業までの多種多様さは『世界でも例外』です!

実はといいますと、こーした日本の――フルセット型産業経済国家というのは、国家としての一つの理想型、誰もが羨み目指す国家産業の完成形であり姿なのですが、日本しか今や維持実現できていません。
欧米諸国もかつては自国内で可能な限り多種多様な産業を持ち、他国の製品や技術に頼らずとも済むよう――まあ、要するに国民国家、WWⅠ以前からの国家総動員を戦時下に敷かざるを得ない時代を考えればすぐに分かるコトですが、戦艦空母といった軍艦から飛行機、戦車やトラックといった車両にガソリン等の燃料精製まで『自国企業の産業を一通り揃えて』いなければ、総力戦などとてもではないですが遂行できません!

ですから、一昔前は先進国=列強として国際社会で列するには、例外なくフルセット型産業経済国家でなくては――というかフルセット型産業経済国家でなければ名乗れませんでした。

しかし、今現在というか現代では、先に書きましたが『日本しかフルセット型産業経済国家としての産業構造を維持できていません』世界中のドコを見回しても!

そんな日本ですが、少子化が続いているコトにより、多種多彩ですそ野が広くしかも幾つもの世界の最先端を行く技術や産業を有していますが、その産業や技術の後継が今後できるかどうかが危惧されています。

また、高付加価値の難度の高い高技術では産業競争力がありますが、安価で量産型の製品に関しては中国や韓国、あるいは発展途上国の人件費やコストの安さには太刀打ちできません。

……まあ、それは日本以外の欧米先進諸国も同じようなモノですが(苦笑

ともかくも、そーした国際競争、コスト面の問題もあり、量産品の家電製品や情報器機などの製品は産業が海外に移転していますがコレも時代の流れというものでしょう。

しかし、その一方で、製造装置や精密加工機械、さらに生産財や資本財といったネジから半導体ウェハーまで、世界の産業が生産するのに必要とする高付加価値の製品、部品を輸出しています。

今後の日本の課題としては、少子化対策を進め人口を一億前後でできれば維持する一方、日本の高度な産業技術力を維持して行く為にも各産業分野で技術開発研究への投資を続け、同時に高度な技術開発を受け継ぐ人材を育成して行く事がどれだけできるかにかかっています。

ですが、その一方でそうした「高度な専門知識や学業を修める」コトができる人間は日本人の中でもごく少数でしょう。

大部分の凡人たる人々は、普通の仕事――小売や飲食業などのサービス業や医療介護、建築土木、物流流通業などの『機械やロボット化が難しい』分野の仕事に付くコトになるでしょう。

これからの世界は二極化――高付加価値の産業を柱に据える先進諸国と、人件費やコストの安さで量産品の組み立て工場として産業を育成して行く発展途上国に分かれることになるでしょう。

ただ、問題となるのはやはり「余剰の人口」でしょう┐( ̄ヘ ̄)┌

皮肉な話ですが、技術が進歩すればするほど機械による省力化や産業ロボットの生産性が上がり、発展途上国の人件費の安さは“武器”にならなくなります。

同じ機械やロボットが生産組み立てするなら、世界中ドコで作ろうが変わりません。

なので、自動化、ロボット化が進んだ産業ほど「日本国内への回帰」が進んでいます。

ワザワザ、遠い外国で作らなくても、日本国内の工場で生産した方が物流コストが掛かりませんモノ┐( ̄ヘ ̄)┌

一方で、日本しか造れない、日本しか造っていない製品部品や、特殊鋼に炭素素材などの生産財は日本しか供給するコトができません。

なので、電化製品や車などの製品本体は海外の現地工場で、その国の市場向けの分は製造しますが、製造組み立ての際に必要な部品や素材、さらには製造装置や精密加工機械は日本から輸出されるコトになります。

さて、そーなると一つ困ったコトが起こります。
それは、
「日本は海外から買いたいモノが無いのに、海外の世界中の国々は日本から買いたいモノが山ほどある」
という貿易上のギャップです┐( ̄ヘ ̄)┌


実はこーしたギャップは、19世紀の西洋と東洋で――正確にはイギリスと清の間で起こっています。

この時は、「中国製の陶器や絹織物、そしてなんといっても“お茶”をイギリスは輸入したがって」いました。

所が問題だったのは、当時の中国、清には西洋から、英国から「買いたい(輸入したい)モノが無い」という状態だったことなのです!?

その結果、英国から、欧州から大量の金銀が輸入代金として中国に流出しました。

ですが、貿易決済として金銀で一方的に支払い続けるには限度があります。

国際貿易として欧州側としては、イギリスとしては清(中国)から買う一方でなく、清にも欧州製の、イギリス製の製品を何か買ってもらわないと、いずれ西洋と東洋の国際貿易が破綻するのは目に見えています。

で、歴史的に有名なアヘン戦争につながる『アヘン(麻薬)』を、茶や絹織物の代金としてイギリスは清(中国)に売りつけた……と、いうワケなのですよねぇ┐( ̄ヘ ̄)┌

さて、翻って現代、世界の製造業や貿易において、日本と世界を見比べますと、先にも述べましたが、

「日本は海外から買いたいモノが無いのに、海外の世界中の国々は日本から買いたいモノが山ほどある」
という状態になっています。

しかも日本は今の世界で唯一のフルセット型産業を保持している国だ――と、先に書きましたが、ハッキリいいまして「エネルギー資源や鉱物資源等の原材料」以外の加工品、組み立て製造の製品を日本は自国内でほぼ自給してしまえれます。

日本ではまだ『ガラケー』と呼ばれるスマートフォン以前の中折れ式の携帯電話が売れていますが、その携帯電話の全盛期――アップルがスマートフォンを出す前から、日本国内の携帯電話産業は、海外に輸出しなくても日本国内向けの製造と販売だけでじゅうぶんにやって行けていました。

他にも日本の車市場もけっして“小さい”訳ではありませんよ?

だって、『世界の自動車 販売台数 国別ランキング(2014年度)』 で見れば、日本は堂々の第三位です。

年550万台というのも、四位以下のブラジル、ドイツ、フランスが300万台の前半ですからねー。

しかし……です。
その年550万台の車が売れる日本の車市場ですが、輸入車の台数はどれほどかご存知でしょうか?
2015年度の外国からの輸入車の販売台数は、28万2079台だというのです!?

これでも前年度比0.1%増の輸入なんですよ?

しかして、年550万台の日本車市場で売れた外国車は約28万台……これは別に高い関税をかけて日本が不当に海外の車を締め出しているワケではありませんよ?

むしろ、日米の間では輸入車にかかる関税が限りなくゼロに近いか、ありません。

それでも5%に満たない台数しか『日本で海外の車が売れない』のは、日本国内の日本の車メーカーが優れ過ぎて、海外製の車を(趣味や見栄以外で)買う理由がないからなんです。

と、まあ、こんな風に「なんでも自前で自国産業で、たいていの物は賄ってしまう」日本なんですが、それでは世界経済や国際貿易の面で見れば商売は成り立ちません!?

世界から見れば「日本から買いたいモノ」は山ほどあるのに、日本は「海外から買いたいモノ」は、産出しないエネルギー資源や鉱物資源、そして安価な穀物や畜産物や果物くらいで、後はまあブランド品などの嗜好品くらいですからねぇ┐( ̄ヘ ̄)┌

さて、ここで一つ“問題”です。

そもそも海外の国と国際貿易をするのはいったい「なんで」でしょう?

………………
答え『外国から自国で産しない、足りないモノや製品を購入する為』
………………

と、まあ、当たり前といえば当たり前な話ですが、そうして外国から資源や製品を輸入するには“外貨”がいります。

で、自国産の資源や製品を売って相手国のお金――まあ、今は国際決済はドルが使用されていますので「ドルを稼いで」そしてその稼いだドルを使って日本も、それ以外のたいていの国は海外から輸入品を買っているのです。

さて、そんな世界の中、日本は幕末明治の開国以来、富国強兵、産業振興に邁進し、気が付いてみれば「世界一の技術立国、産業国」となっていました。

そして、戦後、高度成長期を経て経常収支は黒字を毎年のように重ねるようになりました。


ですが……いうまでもなく外貨とは『外国のお金』です。

外国から買いたい(輸入したい)モノが無ければ外貨準備高として積み上がって行くか、あるいは日本から海外へ投資したり、不動産や鉱山などを買ったりして海外の資産を増やして行く以外に使い道がありません┐( ̄ヘ ̄)┌

そうして積み上がったのが『25年連続で世界一のカネ持ち国(純債権国)』という地位なのですが、日本国民としては全然実感がありません。

まあ、そりゃあそうです。

いくら外貨がうず高く溜まっても、日本国内では直接使用できないのですから┐( ̄ヘ ̄)┌

正直いいますと、国と国の貿易は赤字にならなければ、収支がトントンで合えばそれ以上稼ぐ必要はありません。

って、いいますか、日本は無理に「国際競争力を維持し高める為にっ!」といって、韓国のように飢餓輸出といいますか、自国の国内の人件費を押さえようとしたり、企業の法人税を無理に減税して輸出に有利なように優遇する必要は全然ないんです(´_`。)

むしろ、ほとんどの産業は日本国内で揃っていて原材料くらいしか海外から輸入する必要が無いんですから、外貨を稼ぐよりも、内需を国内市場を消費を喚起して景気を良くするベキなのです。

もっとハッキリ言いますと
「15%しか無い外需を守る為に、85%の内需を犠牲にするなどというのはナンセンス!」
なのでですよ。


だから、前提として世間のマスゴミのTVや新聞で賑わしている「財政規律を守れ」だのなんだのというのは、的外れ以前に完全に間違っています。

日本以外の国は――基軸通貨ドルを有するアメリカですらも外の評判を、国際的な投資家や投資機関の評価を無視できません。
外資に投資してもらえないと国の経済が成り立たないのですから┐( ̄ヘ ̄)┌

一方で、日本という国は「格付けだのなんだの」といった外国からの勝手な評価を無視するコトができます。

なぜならば「日本が海外から買いたいモノはそれほど無いが、海外が日本から買いたいモノは山ほどある」ので、基本貿易黒字ですし、その上に、この数十年の間に積み上げた外貨や海外資産は山ほどあるのですから。

しかも政府の債務は「自国通貨建ての内債」で、しかも九割方ほとんどが国内で償還され、外資に買ってもらう必要はアリマセンw

韓国やギリシャから欧州の国々にアメリカまで「発行した国債が自国内では売り捌き切れない」ので、外資に買ってもらわずを得ず、その結果、国際金融市場での評価に気を使わざるを得ません。

その結果、金主である外資に安心してもらう為にも財政の健全化に「国内の景気や失業率を犠牲にして」でも努めなければなりません。

が、世界で一国、先ほどから申してます通り“日本一国は違い”ます!
逆に日本は有り余る余剰資本や外貨を投資したり、貸し出したりして「世界の金融市場に資金を提供する金主」なのですよ?


この六月、100億ユーロの返済期限が迫っていたギリシャがEU委員会やECBから融資を受け「一息ついた」ようですが、結局、ギリシャは自国外の国際金融機関(IMFなど)やドイツやフランスなどの銀行からギリシャの発行する『ユーロ建ての国債』を買ってもらえないと財政も経済も回らず、その結果、ギリシャ国民は増税や年金カット、さらには重要な港湾や島々に観光資源である遺跡まで『惨めにも』外資の要求通り売り払い、無理繰りして財政健全化アピールをしなければならないのですよ?

さて、何度も繰り返しますが、そんなギリシャや世界のほとんどの国と違い、日本は世界で今、ただ一国、世界の国際金融資本の顔色を窺う必要のない経済大国です。

しかも、国内の内需市場だけで85%回っていける訳ですから、他国には真似できない高付加価値の製品や製造機械を輸出の売り物にしている国なのですから、無理に「安売り競争(グローバル化)」に加わらなくても良いのです。

むしろ、少しでも内需活性化で国内の景気を良くして、国民の大多数が再び「自分たちは中流層」だと笑顔で答えれるようにして、消費の喚起、そして子供を二人目、三人目を安心して産み育てれる社会を目指すベキなのです。

皆さま、そうじゃないのでしょうか?

グローバル化だの新自由資本主義だのの胡散臭さは「もはや明確」ですが、特に日本は今さら外の世界に特別欲しいモノはアリマセン。

もしこれから先、輸入する必要が喚起するとしたら、それは日本国内の老朽化したインフラの更新再整備や、リニア新幹線やスマートグリッド等の新世紀のインフラ整備、そして高齢化社会対策を通して幼児や老人、障害者といった“社会的弱者”に優しいバリヤフリー社会を目指して日本社会を再構築する――などで国内のインフラ需要が喚起された時でしょう。

そして、日本国内の社会を暮らしやすく安心して生活や経済活動ができる社会にし、そして少子化が解消されれば、同時に次世代の日本を背負って立つ子供や若者への教育に投資すべきでしょう。

その教育の投資は科学や技術分野の人材を育てるだけでなく、普通の社会サービスを支える医療や介護従事者、あるいは建築土木、もしくは小売や物流、デザインや金融などさまざまな職種で、『高度に情報化、機械化ロボット化された職場』で、省力化の機械化された、ロボットが導入された、未来の社会で労働を担える、高度な知識と教養を技術と共に身に付けた人材を育てるべく“教育に投資”してゆけばいいのです。

それは別に特別な努力は、日本人にとって必要ないと思います。

江戸時代の昔から、日本人が日本社会が連綿と続けて来たコトの延長線上の話なのですから!
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