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テロ犠牲者が……それでも日本は、日本人は

推摩 一黙のブログ 2016年07月07日 17時55分

本当は昨日、UPするつもりでしたが……体調不良と、「いつもの透析&今度受ける肩の手術の診察」がありましたんで一日遅れとなりましたが、バングラデシュで起きた人質テロ事件で犠牲になった『日本人七人を含む二十人を超える方々』への哀悼と冥福を心よりお祈りもうしあげます(ノω・、)

さて、しかし、正直いうと嫌な話ですが、海外……特にイスラムの盛んなところでは、こういうリスクは当たり前の時代になったと考えざるを得ないですねぇ。
だからといって、
「ムスリムのいる国は危険だから渡航注意勧告出したほうがいい」

だなんて極端な話を言い出すと、地球上のほとんどの国が『渡航注意!』になってしまうんですが(苦笑
なにせ、今や欧米の先進国の中でも移民や難民の形で人口の一割を超える……否、ヒドイと三割に達するような非キリスト系やら、アラブ系、アジア系、アフリカ系にスラブ系――と、欧米で昔から暮らして来たキリスト教圏の白人とは人種言語、宗教習慣文化=すなわち『そもそも価値観がまるで違う』異邦の移民難民が入り込んでいますからねー┐( ̄ヘ ̄)┌

こーいう言い方をすると「“ヘイトスピーチ”ニダ!」とか「グローバル時代に多種多様な価値観を否定するのか!?」やら「多文化共生社会を受け入れようとしない狭量な差別主義者!」とか……まあ、なんともご立派な偽善者連中に非難されそうですが、欧州だけでなく“移民国家”たるアメリカを観ても、

「余りに違いすぎる(宗教、文化、価値観から言語まで)者同士が隣り合って暮らしても“不幸”になるだけ」だ。
という現実が歴然とありますからネー(´_`。)

去年だけでも欧州EUでメルケルが「ドイツは難民を拒まない!」だなんて大見得を切ったのはいいけども、80万人どころか110万人を超える「難民が押し寄せるコトに」なって悲鳴を上げています。

しかも、 迷惑 負担を追うコトになったのはドイツ一国だけではなく、仏英はおろか福祉制度の整い厚い北欧どころか不況に喘ぐ南欧まで「難民受け入れ」で大きな社会負担と問題を背負い込むコトになりましたっ!?

これに難民大発生の源でもあるシリア・イラク北部のIISIS支配地域から、難民に紛れて原理主義テロリストが欧州に侵入したり、あるいは難民の急増で社会不安、社会不満が急速に高まる中、移民系だけでなく元からの住人からも『移民難民排斥の過激派』やらホームグロウンテロリストな人命や社会に直接的な被害を与える者たちを産む原因――といいますか、土壌を創り出しています┐( ̄ヘ ̄)┌

そして、ついには『経済問題』だけでなく『移民難民問題』への反発からイギリスのブレグジット(Brexit)を――国民投票による英国のEU離脱をキッカケに欧州の経済・政治的な統合が音を立てて揺れ始めています。

まあ、その辺の話は“前回”取り上げましたし、今後も取り上げるコトが「多くなりそう」ですから、今回は割愛させていただきますが、『戦争』としてのシリアや旧イラク地域での“対ISIS戦”は、なんだかんだいってイスラム原理勢力の敗退に向かっていますが、その分、「戦場で」なく、その他の「日常的な社会」を今度はターゲットにしたテロ攻撃にイスラム原理主義主義のテロリスト達は戦い方の重点を移しつつあります。

そして、今回のバングラデシュで起きた人質テロ事件は、まさにその“日常を標的にした”テロの典型で、しかもISISなどが直接計画立案、実行犯の派遣をしたのではなく、現地の若者をスカウトし、洗脳して利用するホームグロウンテロリストを使ってその実行犯の属する社会、共同体を襲わせています。

その効果は、被害よりもむしろ「社会に与える衝撃」の方が大きく、救われない・益なく後々まで響くような害の方が大きいモノですが……今回取り上げたいのは、現地のホームグロウンテロに遭った国や社会側でなく、それらの国を支援し助けるような――まさに今回犠牲となられました七名の日本人が巻き込まれたコトによる「日本側から見た」影響の話です。

ま、確実に言えるのは、「今回事件を起こし、日本人を含む外国人の命を奪ったバングラデッシュの犯人――ホームグロウンテロリストとなった若者は、自国の未来を傷つけた」ということでしょう。

☆地味だが世界中で貢献している日本の“支援”事業

さて、今回日本人から犠牲になられた方も出たダッカでのテロ事件ですが……

単に「バングラデッシュに進出していた日本企業が撤退する、今後の投資を控える」という以上に、バングラデッシュの今後の経済的、社会的発展成長の足を引っ張るコトになるのは、

「犠牲になった日本人が皆、JICA関連の国際協力専門員やその協力企業の派遣社員だった」
ことでしょう。

その事の何が“大変か?”といいますと、発展途上国にありがちな、たいていの国がブチ当たる「インフラの未整備の壁」を乗り越えるのにせっかくの日本の支援や手助けを受けれていたのに、台無しになったコトです。

さて、今回の犠牲になったお方のほとんどが「バングラデッシュの交通事情」を改善するために、「渋滞問題の解決に協力する」為に赴かれた専門家や関連企業の社員だったといいます。

さて、「交通渋滞」っていうと、日本だとGWなんかの高速道路での渋滞なんかをイメージしちゃうけど、途上国の“ソレ”は『物流の停滞』だからねー┐( ̄ヘ ̄)┌

要するに「単に通勤通学の足が滞る」なんて単純な話じゃなく、国の経済活動に必要な物資や製品の移動が滞って、工場生産から出荷貿易まで「予定外の遅延、納入搬出の停滞」が引き起こり、経済活動から経済成長まで足を引っ張る大きな元凶となっているんです。

実はというと、これはあらゆる途上国に共通の、それも深刻な問題だから、それを解消する事業を――物流インフラ整備の社会的絵図らを、どれだけ上手く描けるか、計画通り整備できるか? が「その国の将来に渡る国の発展成功の鍵となる」コトに実はというとなっているんです。

なにせ物流インフラといっても、単純に道路うんぬんの話じゃなく、鉄道網もそうだし。

むろん道路にしろ鉄道にしろ、途中の河川を渡る橋から、海外との窓口となる港湾や空港施設、さらにはそうした物資が集まる場所に必要な集荷施設まで……幅広い設備が、インフラとしての整備の対象となります。
なので、たいていの途上国では「電力と物流の基礎インフラが成長のネック、物理的な経済成長の天井」といいますか“泣き所”となってしまっているのです。

さて、しかしながら「単純に資金を投じ、ハコモノ(港湾、道路鉄道、物流センター等)を作ればイイ」という話でもなく。

今回の犠牲者の中に、バングラデシュの首都ダッカで起きた人質テロ事件では、特に都市計画や環境問題などを専門とする日本人7人が犠牲になられてますが、国の発展成長と人口の増加に伴って交通渋滞や大気汚染が問題となっていますので効率的な人とモノの移動を促進しつつ、排気ガスや騒音から交通事故対策も含む環境と安全対策も国家規模でのインフラ整備の計画を立てる上で重要となります。

……って、いいますか、「現地の住人の生活や生命」も含めてキチンと事前に調査して気配りするのは“日本独特の考え方”といっても良い海外インフラ事業における日本企業のやり方であり、実はといいますと欧米先進国の企業でもその辺の気配りは意外と杜撰で大雑把だといいます。

特に、日本や欧米と競って海外公共事業の入札に参加している中国や韓国は「造りゃイイだろ」式のやり方が酷く。

確かに工期が短く、安く事業自体は請け負い仕上げるモノの、完成後、その区間の道路では渋滞や交通事故が多発したり、補修等の維持管理が難しいというか、やり難い利用者や周辺住人の利便性や安全をまるで考えていない作りであるために不評だったりするコトが多いのだそーです。

それに対して、日本企業が請け負った道路では、交通の動線を計算して車線変更や右左折する際のスムーズな流れを自然に誘導するようにレーン変更や信号交差点の設定計画されており、かつ歩道橋や横断歩道などの歩行者の安全にも充分に気を使った配置を行うので、完成後、日本が担当した区間は渋滞がなく交通がスムーズでしかも人身事故等が少ないので、その違いが明らかに分かるのだそーですw

その他にも、発展途上国の場合、道路工事中に地中に埋設された上下水道やガス管などの配管が事前の調査では記録上未記載だったモノが出て来るコトが珍しくないそーですが、中国韓国などは「おかまいなく」工事を進め。

ひどいモノになると「出て来たコトを記録に残さない」例もあるのだそーですが、日本企業の場合はキチンと記録に取り、かつ後のメンテナンスも考えて必要とあれば移設したりするのが当たり前だそーです。

また、現地で好評なのが工事中にどうしても土埃や粉塵が立つのは避けられないのですが、中韓の場合は周辺住人に気配りなどせずそのまま工事をするのが当たり前ですが、日本企業の場合は散水したりするなどして極力迷惑をかけないように気配りします。

……まあ、全て『自国国内での“やり方”をそのまま海外でも行ってる』ダケなんですけどね~

日本も中国韓国も。

ですので、結局仕事の“品質”もそれぞれのお国柄といいますか、普段の行いが出るのですな――同じ海外でのインフラ整備事業を請け負うにしても。

そして、さらに日本が中韓だけでなく欧米とも違うのが、「インフラ整備のシステムを、建設から施設設備・運営・乗務員と従業員教育まで全てパッケージングして一括輸出」というのが。

少なくとも最低限、事業が完成後、現地の人間がその後の維持管理のメンテナンスを独力で行えるように日本製はただ作るだけじゃなくてメンテなどのアフターケアも地元民に教えますからねー。

このように日本式は、あくまで現地人に運営を任せるための指導をするから、完成後も保証出来るのが強みとなっていますw

例えば、インドのニューデリーメトロの地下鉄工事などは好例です。

なにせ同国で最も最先端で優れた地下鉄インフラというだけではなく、その運行に関しても遅延無しで安全かつ事故率も低く、綺麗で快適な地下鉄だと、地元どころかインド中で評判なんだそーです。

このデリーの地下鉄建設では、インド人が日本人スタッフの勤労態度まで感服し習得してくれたからその後、事故が起こったという話も聞かないし、その路線で働く従業員乗務員は誇りを持ち、乗客もプライドが生まれるから自然とサービスも利用者の民度も向上したのだとかw

その他、新設最新のインフラでなくとも――例えば同じ地下鉄でも南米に行った中古地下鉄も現地では大いに感謝されているそうで。

それも単に利便性や性能だけの話ではなく、先に『日本製はただ作るだけじゃなくて、メンテなどのアフターケアも地元民に教える』と書きましたが、南米でも例に漏れず、金じゃ買えないノウハウ部分として「ここが故障したらこうやって直せ」のマニュアル付きだったそうで、車両以外の線路を含めたメンテナンスも、今でもキチンと現地人の手で運営管理できているのだそーですw

このように、日本企業と日本人の気配りは、その礼儀正しさや仕事への真面目さ、時間と約束をキッチリと守るコトと共に海外の、それも途上国の人間からすると『見習うベキ手本』として尊敬と感謝の対象となるのだそーです。

さて、今回のテロ……ダッカで起きた人質テロ事件での被害者の方々は男女区別なく、しかも上は80代から下はまだ二十代の若い方までJICA関連の国際協力専門員として、バングラデシュ社会の発展に貢献したいという理想に燃えていた方々ばかりだったと聞いています。

そーした貴重な人材が「テロ」で失われたコトについては残念というか、無念だったろうなぁと思いますが、テロでなくとも日本から一歩外に出れば、たいていの国、地域は、ある程度の差はあるにしても『基本的になんらかの命の危険がつきまとう』というコトを今回のコトで、私たち日本人は、改めて自覚しなければならないのでしょうね。

特に紛争地帯や、紛争後の国などでは銃器や武装勢力がむしろありふれていますし、別にそーした現地住人やゲリラなどの武装勢力でなくとも、そうした紛争地では欧米のPKOなどで派遣された軍隊すらも警戒せねばなりません。

例えば、アフガニスタンなんかがイイ例で、タリバン・アフガニスタン戦争後、日本から復興支援のためにNGOとして現地で農業指導や井戸掘り、用水路の建設などで協力されていた方がアフガニスタンの地方の山の中で現地の住人と協力して川から水を引くための用水路の工事を行っていた時、急にヘリのローター音が遠く聞こえて来たそうです。
その時、なんとなく勘のようなモノが働いて胸騒ぎを覚えたその日本人の方が確認の為に麓の事務所に無線で連絡したところ、すぐにヘリは遠ざかっていったそーです。
しかし、後日分かったことですが、そのヘリは米軍の攻撃ヘリで山中で「何やら作業する集団」を見つけ怪しんでいたそーです。
そこへ、日本のNGO団体から米軍へ問い合わせがあり、その司令部を経由してその地域で日本の復興支援協力団体が地元の村まで引く水の水路工事をしているとの確認の連絡が来ましたので誤解が解けましたが、もう少しで「疑わしきは攻撃せよ!」とばかりに攻撃を受けるかも知れない瀬戸際だったというのです!?

無人機での誤爆が中東や中央アジアなどで問題となっていますが、欧米の先進国の軍隊でも紛争地やテロが頻繁に起こる問題国では疑心暗鬼からの誤射や誤爆が珍しくはありません。

これは“戦場で緊張状態に常に晒される”という環境や状況から「ある意味、ある程度は仕方がない」のかも知れませんが。

アメリカ国内での警官と黒人やヒスパニックとの軋轢や憎悪、人種間の嫌悪や偏見から起こる「警官殺し」や、その逆に「無辜の市民が、黒人だ、ヒスパニックだというだけで警官に撃たれたり、過剰な暴力で命を失う」ような事件が後を絶たないところからも見ての通り、海外では先進国でも下手をすれば「ヒトの命の価値は安い、軽い」のも当たりませです。

それでも企業活動や今回犠牲になったJICA関連の国際協力専門員のNGOなど以外でも、日本人が海外旅行や留学等で日本の外の世界に出て行く事は「当たり前」で普通のコトとなっており、海外へ旅行などの目的で出る日本人の数は年間平均で1700万人を超えるといいます。

これだけの数の日本人が海外に渡航する世の中ですが、やはり世界では「日本人はいいカモ」扱いで旅先で盗難や強盗の被害に遭う確率は少なくないそーです。

やはり「日本国内の延長」で、安全意識防犯意識のまま行動してしまうのがネックらしいですね。

さて、しかし今度は逆に「日本を訪れる外国人旅行者」について観てますと……2015年の訪日外国人旅行者数が1900万人台後半に達する見通しとなり、1970年以来45年ぶりに出国日本人数を上回ることが確実な情勢となっているんだそーです。

これは、観光立国を成長戦略の柱と位置付ける安倍政権が進めた“ビザ発給要件緩和”などの政策や「一時の円安」が日本への旅行に来やすくした効果だといいますが。

実はといいますと「日本へ来る外国人旅行客にはリピーターが多い」というのも特徴の一つなんだそーですw

これは、「爆買い」などのように日本では買い物し甲斐があるとか、歴史的、景勝地としての観光資源が豊富だとかそーいう海外からの“お客”を引き付ける魅力もありますが、それ以上に大きいのが「安心して過ごすコトができる」というのが大きいんだそーです。

特に「日本に長く滞在する。暮らす」ほど、それを強く感じるらしく、仕事や留学などで日本に数年滞在した外国人のほとんどが、祖国に戻った後、「日本が恋しくなる」のだとかw

よく言われる「夜中に女性が独り歩きでも安全」だとか「落し物がたいていちゃんと拾われ届けられ戻って来る」とか、そーいう日本人にとっては何気ない話から。

ドライブ中のマナーとして、『譲り合いの精神』や『ハザードランプを利用しての挨拶や礼』など、日本人には当たり前で気付かないようなマナーや社会良識まで、日本国内と海外では相当に事情が違うといいますか、差があるようですね┐( ̄ヘ ̄)┌

日本もこの先は分かりませんが、一つ言えるのは「欧米のようなホームグロウンテロリスト」が日本では生まれにくい起こりにくいという“事実”です。

これは移民といいますか、日本国内に住む外国人が「少ない」というコトも大きいですが、それ以上に「日本で暮らした、暮らしている外国人は(一部特亜系の例外を除いて)何故か行儀が良くなるw」という効果にも大いに助けられているといます。

なにせ去年ですか?

東京で「トルコ系の住人がトルコ総選挙の在外投票で集まった」際、在外投票のために集まったトルコ人とクルド系トルコ人の間で乱闘が起きました。

しかし、この騒ぎの数日後、なんと――

●渋谷の乱闘事件でクルド人釈明「争うつもりなかった」
2015/10/28
 東京都渋谷区のトルコ大使館近くで25日、トルコ総選挙の在外投票に訪れたトルコ人とクルド系トルコ人が乱闘になった事件について、クルド系の人らでつくる「日本クルド文化協会」が28日、埼玉県川口市で記者会見し「私たちは争うつもりはない。平和に投票したかっただけだ」と訴えた。

 その上で「理由はどうあれ、日本人に迷惑を掛けたことをおわびしたい」と頭を下げた。

 トルコ人とクルド系の人の双方が、政党や武装組織の旗を掲げたことが騒動の発端となった、との情報が出回っているが、協会の事務局長らは「旗は出していないし、挑発するような行為は何もしていない」と強く否定した。

――日本で騒ぎを起こしたことを“恥じ”謝罪会見を在日トルコ人の団体が行った!? のです!

実はといいますと、この時期、トルコの国策で隣接するイラク・シリア領内のクルド系の住人への支援や保護を巡ってトルコ国内のトルコ政府とクルド系住人の関係が悪化しており、日本以外でもトルコ人とクルド系の衝突が起こっていました。

しかし、こーいう風に「ワザワザ、謝罪会見を開いた」のは日本以外には無く。
そーいう風に自主的にさせる「恥を感じさせる」何かが日本にはあるのでしょう

それは「社会的に白い目で見られる」とかというよりも「騒ぎを起こしてしまい、日本の方々には迷惑をかけた。申し訳ない」とトルコ人やトルコから来たクルド系の在日住人が思ってしまうような『良い意味での何か』でしょうw

“和”の精神が日本で暮らす彼らにも伝染したとでもいいましょうか?w

他にも、2002年に開かれた『日韓W杯』の際にも、「日本は最高のホスト国だ!」と各国の選手からも観客旅客の外国人からも絶賛されましたが、他に驚かれたのは「各国で悪名を轟かせた」凶悪で狂暴な、いわゆる“フーリガン”すら、子猫のように大人しくなりましたw



●イギリス 手放しで礼賛一色 「フーリガン出る幕ない」
【ロンドン10日=土生修一】
 辛口で定評のある英国メディアが、W杯での日本人の対応を手放しで褒めちぎっている。
「日本人の品行の良さには驚いた。こっちも影響され、野外パーティーが終わると自分から掃除していた。こんなことは初めて。今まで、なんて自分勝手な国に住んでいたんだろう」
 9日付の英高級紙サンデー・テレグラフは、W杯観戦で来日した英国の若者のコメントを紹介、「日本体験が英国人に集団治療のような効果を発揮している」と報じた。

「3万人以上の日本人が英国国歌を歌ってわがチームを熱狂的に応援した。顔中、イングランド旗にした日本人もいる。私の頭がおかしくなったのではない。これは本当なんだ」(大衆紙デイリー・ミラー)

日本人は、他の外国チームにも好意的だとする論調も目立つ。
「カメルーン戦は劇的な引き分け。仕事を終え午前2時に宿舎に戻ると、従業員たちが屋外で拍手で迎えてくれ、大感激した」(アイルランド記者団)、
「日本と同じグループなのに、どこへ行っても応援してくれる。信じられない」(ベルギー選手)

 英各紙は、この全方位外交が各国のサポーターにも影響し、対戦チームのサポーター同士が記念撮影したり、 談笑するなど、欧州では考えられない光景が各地で見られ、フーリガンが出る幕はないとの特派員記事を掲載。
経済紙フィナンシャル・タイムズも、「日本人は、憎しみなき熱狂で、W杯をより豊かにしてくれた」と最大級の賛辞を送っている。』

上の記事は、当時報じられたニュースの一部ですが、英特派員が「対戦チームのサポーター同士が記念撮影したり、 談笑するなど、欧州では考えられない光景が各地で見られ、フーリガンが出る幕はないとの特派員記事を掲載」と驚いたように、日本社会には「殺伐とした海外から来た客人を和やかにさせる」不思議な“何か”があるようですね。

そのコトは、日本人はもっと誇ってもいいと思いますが……同時に「そーいう“和の精神”というか、日本の常識が通じるのは日本国内だけ」だというコトも。

日本を一歩外に出た『外国は』本当に“日本とは別世界”だという認識も、もっと持つべきだと思います。
それも「警戒すべき、悪い意味でのまったく違う常識が支配している」と。

さて、そーいう諸々からも、今回バングラデシュで起きた人質テロ事件で犠牲となられた日本人が多く出たことも「決して例外的な出来事」ではなく、今までは幸運にもそれほど巻き込まれるコトがなかった海外のテロ事件についに日本人も巻き込まれてしまった……実はいままででも何度も起こっていてもおかしくない出来事だったのだ。

と、認識し。

そして、「今後も世界に出て行く日本人が巻き込まれる事件事案がいつ起こっても不思議でない」という覚悟をしておいた方がいいでしょう。

しかし、本日、記事中盤で紹介しました通り、日本人は海外事業や支援事業で「現地の人から感謝される」良い仕事や、見習ってもらえるような立派な態度や行動を“なんの気負いも無く無意識に自然と”やってのけています。

ですから、英BBCが行っている『世界に良い影響を与えている国ランキング』で常に上位か一位に選ばれていますし、パスポートなどを観ても「日本人旅行者の信用度」の高さはダントツです。

歴史戦と称して「デスカウントジャパン(日本貶め)」に躍起となっているどこぞの特亜の国々以外では、日本は厚い信用信頼と共に、手本としたい見習いたい「素晴らしい文化や習慣を持つ」国だと、国民だと見られています。

「時間と約束をキッチリと守る」
「仕事や役割を、全力で真面目に向き合い努める」
「争いを好まず、我を通すよりも互いの共通点をまず探そうとする」
「民度が高く、自制心がある」
「賄賂汚職が無く、贔屓をせず公平だ」
「相手のコトを思いやる」

等々、その他、日本人には“普通”でも、海外の国々から見れば「日本人は“徳”が高すぎる!?」とでもいいいましょうか?

上の例示でも挙げましたが日本人が災害時や非常時にしばしば見せる「民度が高く、自制心がある」行動や行為は海外では、世界のほとんどの国では例外的で希少な話である場合がほとんどです。

しかし、性善説ではありませんが、人類の文明がこのまま『破綻せず進歩発展』していけば、おのずと世界の常識の方が「日本化」して行くんじゃないでしょうか?

あるいは性悪説で今、世界の常識の方が「日本の常識の反対」で、各々が自分勝手で自己の利益の最大化を求めて「欲望や欲求に素直」に走る方が“常態”で、日本の日本人の善良さは「奇跡的な例外」に過ぎないのかも知れません。

ですが……日本は「そうなろうと別に思っていなくて」も、現実に今、世界の中で「手本」になり始めていますし、「日本の日本人の持つ価値」に世界の方が気付き始めています。

そして西洋欧米的な価値観――グローバル主義や新自由資本主義などの胡散臭さや身勝手な社会を食い物にする反社会性、共同体を侵食する害毒の大きさにも世界は気付き始めています。

無論、人間は人類は「神様でもなんでもなく」サルから進化した程度の“動物”です┐( ̄ヘ ̄)┌

ですのでコレか先も戦争や世界的な経済破綻や格差の拡大、社会矛盾や歪み問題に愚かに七転八倒してゆくでしょう(´_`。)

しかし、それは当然の話ですし、仕方がないと思います――先にもいいましたが、人間とて我も欲もあり、醜い嫉妬や偏見に囚われる動物(いきもの)ですから。

ですが……同時に人間には「想像力」という理性と知識があります。

また、自分の利益のコトを考えるのと同じくくらい、自分を犠牲にしても他者を守ろうとする助けになろうとする精神も持っています。

今の日本人の“和”とは少し違うかもしれませんが、人類が「国家」という仕組みを発明し人種文化宗教言語が違っても異なる国同士上手く折り合い付き合っていけるようになったように、「他人を傷つけたり奪ったり害したり」お互いにしないで済む「距離の取り方」といいますか今よりも「上手い他人との付き合い方」を発見発明する可能性は充分にあります。

その一助に日本の存在と“例”はなるんじゃないでしょうか?
と、同時にまだまだこの先、資源や領土、食料から水まで人間同士国家同士が、いがみ合い、奪い合い、戦争などを起こす。
あるいは弱者少数の者がテロなどの形で極端に破滅的に走るコトも幾らでも起こるでしょう。
そして私たちはそーした不安定でまだまだ“迷い”多き時代に生きているのです。
理想郷には遥かに遠く、しかしさりとて地獄の中でも完全に堕ちてはいない。
そんな世界の、時代の激動期の入り口といいますか、曲がり角に私たちは立っています。
だからこそ、私たちには次の世代に「世界を壊さず」ちゃんと手渡し、そして「少しでも良い世界」に近づくように努力する必要があるのです。

今回、海外のテロで亡くなられた日本人の七名の方々は、まさにその為に働き生きようとして、狂信と凶弾に倒れました。
その犠牲を悼み忘れず、しかして「前を向いて」これからも進んでいく。
『それぞれが、それぞれに与えられた役割ややるべきことを果たして』

月並みで陳腐なセリフかも知れませんが、「未来を切り開くのは自分しだい」です。

そして、良いコトも悪い事も「結果には自分で責任を取るしかない」しかも良かれと思ってやったことが『悪い結果』をうんでしまったり、あるいはテロや犯罪、事故、病気などで無念な終わりを突然迎えねばならなかったりと人生は理不尽です。

しかし、そうした「先の見えない人生であり未来」を生きている限り“生き”そして、『成すベキ何か』がきっとあるんでしょう。
誰にでも。

私自身が『今まで何度も死にかけた』り、あるいはそれでも生きているとはいえ、透析やら肩や鎖骨の異常やらで体が痛み、健康体調が思うように行かず「自分なんかが、なんで生きてるんだろう?」と悩む時もあります。

しかし、今回テロで命を奪われた方々や、あるいは――誰にでも周囲に一人か二人居ると思いますが、身内や友人知人で「まだまだこれからという時に急に、理不尽に事故や病で急逝してしまった」ヒトが居るのではないでしょうか?

ヒトの運命ですから何が起こるかなんて誰にも分りません。
しかし、生きている――しかも頭も体も(一応は)五体満足で元気なら、それだけで“儲けモノ”です。
ましてや、今の日本のような豊かで平和で安心できる国で生まれ生きていればそれだけで『勝ち組』でしょうw
いや、シャレ抜きで数百キロ北にズレていたら、中国や韓国、北朝鮮で生まれて生活していたのかも知れませんよ?
あるいは世界をグルーと見回してみてみれば、日本で生まれ生きているコトの幸せといいますか、幸運はスグに分かると思います。

と、同時に今の自分の恵まれた境遇は先達の日本人の祖先の方々の日本を良くして行こうという努力や苦労の上に成り立っているんです。
そして、今生きている私たちには「今、この時代の日本を守り、良くしていく」責任と役割が託されています。
そして、ちゃんと私たちの子孫に、未来の日本人にせめて「恨まれない」ように、良い日本社会と国を伝えて行くベキでしょう。
久々にパソコンの前に座り「徒然なるままに」キーボードを打ち書いてしまいまいましたが、結局、そーいう当然といえば当然の話というか結論に辿りつくんですがね(苦笑

さて、どーなんでしょうかね?

皆様はどう思われますか? 思われましたか?

今の世界と理不尽なテロや紛争が、遠い他国の異邦の話のように思えても、今回、運悪く……といいますか、七名の日本人の方が巻き込まれその貴い命を失いました。

自国でなく、他国の――遠いバングラデシュなんていう、普通の日本人には縁遠い異国に、その国の社会を支援し良くする為に行ったハズの人たちが「理不尽で身勝手なテロ」で命を奪われました。

素直に可哀想だと思いましたし、理不尽な話に怒りも覚えました。

それと同時に、この事件をキッカケに色々と(それなりに)考えさせらましたし、改めて(世界においての日本の貢献や協力などについても)知った、知るコトができたコトもありました。

私は『普通に馬鹿』なんで上手く「まとめて言うコトが。表すコトができません」が、こうして色々と考え書く機会を与えてもらっただけでも不幸な事件でしたが「亡くなられた七名」とその他の十数名の他国の方に感謝したいと思います。

そして、「テロの理不尽さと、その行為に対する嫌悪感」が社会への警句と共に改めて世界中に知れ渡ったと思います。
後は、私たち一人一人の認識と声なんじゃないでしょうか?

今後、世界からテロにしろ、諍いにしろ、貧困や格差にしろ「問題を解決し」少しでも良き世の中にしていけるかどうか? は。
そんな風に思います。
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