Entries

米国、「トランプ旋風」世界経済を攪乱する「時限大型爆弾」

勝又壽良の経済時評 2016-11-24 05:00:00

1兆ドル公共投資のウソ TPP忌避がもたらす損失

11月8日の米国大統領選直前、トランプ氏追い上げを嫌気して、米国株価は下げていた。だが、トランプ氏の当選とともにムードは一変し、株価が上昇に転じた。トランプ氏の大幅減税とインフラ投資を材料にしたものだ。この「トランプ歓迎相場」に間違いはないのか。トランプ公約の保護貿易化と移民抑制の政策が今後、マイナス材料として顕在化するからだ。

現に、『ウォール・ストリート・ジャーナル』(11月14日付)は、次のように警戒論を打っている。「投資家は、減税や規制緩和といったトランプ氏の経済政策が投資の世界が望む形で実現することに賭ける一方で、貿易や移民に対する強硬措置などその他の選挙公約が経済成長を押し下げる可能性にほとんど目を向けていないからだ。ポートフォリオマネジャーらは、米長期国債が売られ、工業株に買いが入る動きはすでに度を超していると警鐘を鳴らしている」。

1兆ドル公共投資のウソ

前記の『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、「トランプ氏のインフラ投資計画、失速の恐れも」と題して、トランプ旋風の不透明さを指摘している。

トランプ氏は、選挙に勝つことを目的にして、曖昧で実現不可能に見られる「公約」を羅列してきた。1兆ドルのインフラ投資計画もその一つであろう。具体的な財源計画を詰めたものでなく、適当なことを言いふらしている印象が強い。こういう批判を書くとまた、「上から目線の批判」というコメントが付きそうだが、感情論は別として、現実を見ていただきたい。

(1)「ドナルド・トランプ次期米大統領が提案する1兆ドル規模の新たなインフラ建設計画は完全に民間資金に依存するものだが、それでは道路や橋、空港の整備に十分な資金には遠く及ばない可能性が高いと業界の専門家らは指摘している。トランプ氏のインフラ整備計画は詰まるところ、そうしたプロジェクトに資本を呼び寄せることを願って税制を優遇するというものだ。トランプ氏は投資額の82%に相当する税額控除と引き替えに、投資家のプロジェクト参加を促したい考えだ。この計画は、(税額控除によって)失われた税収が、建設労働者からの所得税収入や請負業者からの法人税収入で埋め合わされると想定している。つまり、政府のコスト負担は事実上なくなるという仕組みだ」。

トランプ氏の1兆ドル規模の新たなインフラ建設計画(10年間)は、完全に民間資金に依存するものである。財政資金を投入せずに、この大規模投資を実行しようとしているのだ。その「錬金術」の裏付けは、次のようになっている。インフラ投資額の82%に相当する金額は税額控除とする。これを「エサ」にして、投資家をプロジェクトへ参加させるというもの。この計画によると、税収が失われるがその穴埋めは、建設労働者からの所得税収や工事請負業者からの法人税収入で埋め合わされるというのだ。

こんな机上の計算通りになるだろうか。これと似たような話は中国でも行われている。民間資金をインフラ投資に導入しているが、中国では元請け業者に建設業と無縁な「金儲け主義」で集まっている企業で混乱している。また、国有企業の負担でインフラ投資を強行しているが、無駄な投資が行われている。米国では、中国のような混乱はないとしても、1兆ドルもの大規模投資をまるまる民間資金で肩替わりできると見るのは甘い。後のパラグラフでは、それを指摘している。

(2)「トランプ氏は向こう10年間に1兆ドル規模のインフラ投資を行うことを大統領としての最優先課題の一つに掲げてきた。11月9日未明の勝利演説では『幹線道路、橋、トンネル、空港、学校、病院を再建する』と約束した。この計画については、トランプ氏の顧問で、カリフォルニア大学アーバイン校教授のピーター・ナバロ氏のウェブサイトで説明されている。政権移行チームが先週開設したウェブサイトでは、トランプ氏は5500億ドルをインフラに投資する計画とされているが、資金源の詳細は明かされていない。この提案についてトランプ氏の側近からはコメントが得られていない」。

トランプ氏は、大統領当選が決まった日に幹線道路、橋、トンネル、空港、学校、病院を再建すると約束している。米国のインフラ投資は遅れており、確かに先ずこれらに着手することは優先事項である。問題は、その資金計画が不明確であることだ。現状は、アドバルーンを上げて米国民の関心を買ったという程度のことである。米国の株式市場は、こうした大規模インフラ投資の資金計画も確認しないで先走っている。

(3)「専門家や関係当局は、民間資金でできることには限界があると述べている。民間出資のプロジェクトは利益を出す必要があるため、有料道路、空港、水道システムといった大型プロジェクトには向いているが、公道の再舗装といった定期保守には向いていないという」。

米国のインフラ投資が遅れているのは、市民生活に直接関わりのあるところだ。公道の再舗装といった定期保守には、民間資金を導入することは困難である。ここは、財政資金の投入がなければ実現不可能である。

(4)「関係当局は、老朽化が進むインフラを膨大な公的資金の投入なしで整備できるかどうかにも疑問を抱いている。民間の有料道路運営会社の業界団体、国際有料道路協会(IBTTA)で常任理事を務めるパット・ジョーンズ氏は計画について、『現実的な計画とは対照的な、概念論文や解説記事のようなものという印象を受ける』と語った。業界の専門家らは、一部のプロジェクトについては民間資金が公的資金を補完し得るが、完璧な代替には決してならないと指摘する」。

民間の有料道路運営会社の業界団体は、今回のトランプ・インフラ投資計画が、「概念論文や解説記事のようなものという印象」と冷ややかに見ている。それほど、実現性が薄いということなのだ。株式市場では、あたかも実現可能性100%のような受取方をしている。大統領選前は、トランプ氏を警戒していた。当選後はトランプ大歓迎という「躁鬱症状」を呈している。そろそろ、市場は冷静になる時期だろう。

トランプ政策で最も問題にされている部分は、保護貿易化と移民抑制がもたらすデメリットである。保護貿易化は米国経済のみならず世界経済に大きな損害をもたらすのだ。移民抑制は米国国内の労働需給を逼迫化させる。移民を抑制しても重化学工業が復活できる保証はないのだ。産業発展の歴史においては、第一次産業→第二次産業→第三次産業へと移っていくのが法則である。この歯車を逆回転させるべく、移民を抑制しても第二次産業の雇用者が増えるわけでない。この点が、トランプ氏は理解不足である。移民を抑制すれば、第三次産業での賃金上昇率が高まり、前記のインフラ投資の増加も見込めれば、インフレ懸念が高まるのだ。

世界経済を混乱に陥れる保護貿易問題について話を進めたい。

『フィナンシャル・タイムズ』(11月10日付)は、次のように論じている。

(5)「選挙戦でトランプ氏は関税戦争をしばしば約束した。関税戦争は資本市場にとって純粋にマイナスとなる。ここは大統領が比較的大きな行動の自由を持つ分野だ。このため、歴史的な用語を使えば、何が起きるかの可能性の範囲は、レーガン時代の初期(壮大な強気相場が根を張ったころ)から、1929年のウォール街大暴落の後に続いた悲惨なスムート・ホーリー関税(注:後で解説)まで大きく広がる。極端なボラティリティー(変動)は確実だ」。

スムート・ホーリー関税とは、1930年に米国で成立した、関税を大幅に引き上げる法律である。当初の目的は農産物を保護するためだったが、その後対象品目が大幅に広がり、2万品目以上への輸入関税を引き上げることになった。欧州なども対抗して報復措置を取ったため不況に拍車をかけた。これが、世界恐慌(1929年)の傷跡を深めることになった。第二次世界大戦後、この反省から自由貿易体制を築き、貿易を活発にすることで世界経済を発展させてきた経緯がある。

米国では、大統領が通商に関する幅広い権限を持っている。関税引き上げは、トランプ氏が選挙中に繰り返し発言したように、「大統領就任の日に引き上げられる」のだ。中国に対して、最大限45%の関税引き上げをやろうと思えば実現可能である。トランプ氏は、これによる中国の報復を計算に入れていないから不思議である。トランプ氏の決め台詞は、「やられたらやり返す」である。中国は当然、「やり返す」であろう。これによって、米国から中国への輸出が減るので、米国では約600万人の雇用が減るとの試算があるのだ。

ここで、前記のスムート・ホーリー関税のデメリットを思い出していただきたい。米国が輸入関税を引き上げた結果、欧州も対抗して引き上げてきた。こうした当時の世界経済をけん引した欧米が、互いに輸入障壁を高めて世界貿易量を縮小させたのだ。これが、世界恐慌が未曾有の大不況になった背景の一つである。この故事を頭に描けば、トランプ氏がいかに経済原則から外れたことを言っているかが分かるだろう。これは、私が「上から目線」で批判しているわけでない。歴史が教訓として残している事実である。

仮に、トランプ氏が歴史の警告を無視して、対中国の輸入関税引き上げ措置に踏み切るとしよう。大統領就任時に行うと公約してきたから、来年1月20日に行えば、株価は大暴落である。この記事では、「極端なボラティリティー(変動)は確実だ」としている。ボラティリティーとは、株価や為替相場の変動率(振動)だ。トランプ相場は一瞬にして瓦解し、ドル相場は下落する。その余波を受けて円相場は高騰局面に転じる。日本の株価はむろん急落するだろう。

米国株価はどの程度下落するのか。今年の12月はFRB(米連邦準備制度理事会)が利上げに踏み切るのは決定的である。その後に対中国への関税引き上げの激震が来る。現在の対GDPの時価総額比率120%が、来年1年を通じて70%まで下落するとの説があるのだ。これは、一つの見方である。あえてこの説を唱えている筆者名は紹介しないが、トランプ相場のメッキが剥げた後は悲惨なことになりかねない。

中国も同様のボラティリティーに見舞われる。大幅な人民元安と外貨流出である。中国経済も息の根を止められるだろう。これだけの劇薬になる関税引き上げ措置のマイナスを、トランプ氏が理解していないことが危険である。トランプ氏は保護貿易を自らの公約の目玉にしている。実行しなければ批判され、実行すればさらに大きく非難されるという、とんでもない公約を掲げてしまった。軽率の誹りは免れない。同じ批判を浴びるのならば、保護貿易を止めることである。公約撤回を率直に認めることが世界経済に資するのだ。

TPP(環太平洋経済連携協定)も、保護貿易化の一貫として批准しないと明言している。アジア経済は、21世紀の世界経済においてフロンティアとされている。TPP加盟12ヶ国のGDPの合計は約36%である。新たに参加したい5ヶ国を加えると50%余になる。トランプ氏は、間違った保護貿易論に取り憑かれているが、この5割の経済圏の盟主として振る舞えるチャンスをみすみす失うとは、大きな損失であることは間違いない。

米国がTPPに参加しないからといって、国内の古い産業が生き返るわけでない。それよりも、新しい産業を興して、そこで雇用を増やす。産業の新陳代謝を進めることが不可欠である。トランプ氏のビル業のように、昔ながらの産業では雇用を増やせられないのだ。この理屈がなぜ分からないのだろうか。

TPP忌避がもたらす損失

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(11月14日付)は、社説で「TPP失敗は米国に何をもたらすか」を論じている。

この記事では、TPPから外れる米国のデメリットについて指摘している。短期的には目立った損失はないが、長期的にはアジアにおける米国の立場が不利になると認めている。自由貿易によって発展してきた米国が、トランプ氏によってそれを閉じることは、地政学的にも中国の立場を有利にさせるだけだ、と。トランプ氏は、目先の損得で貿易を考える「重商主義者」である。1776年、アダム・スミスの『国富論』によって、この重商主義は打破されたはず。現代に再びその亡霊が舞い戻ってきたのだ。トランプ氏の政策は失敗するに違いない。それが、歴史の証明である。

(6)「(TPP不参加で)米国が被る当面の経済的損害は最小限にとどまる。というのも、米国は既にほとんどの製品に低水準の関税しかかけていないからだ。その代わり米国は、ベトナムやマレーシアといった貿易や投資に高い障壁が残る国を自由化する、数十年に一度の機会をあきらめることになる。TPPが成立していれば、米国はこうした市場への輸出を拡大していただろうし、長期的には米国の競争力が改善して、歴史的低水準にある貿易量を押し上げることができただろう」。

アジアでもベトナムやマレーシアは、これまで市場を閉じてきた。それがTPP参加を機に、その未知の市場開放を決意したというのに、米国はその果実に預かれないのだ。狭量な「重商主義者」のトランプ氏が、強引に自らの門を締めてしまおうとしている。米国製品を売り込むまたとない機会を失うのだ。

(7)「戦略的な意味での損害はさらに大きい。アジア太平洋地域で影響力を広げる中国に対して、TPPは地政学的な意味での対抗勢力となっていたはずだ。米国と地域各国の関係もさらに強固になっていただろう。中国は地域各国との2国間貿易協定や地域全体をカバーする貿易協定を結ぶつもりだ。独裁主義的な国々はそれぞれの地域で米国から覇権を奪おうとしている。トランプ氏にとってこの警戒すべき動向は試練となろう」。

トランプ氏の最大の弱点は、外交や安保の問題にタッチした経験がないことだ。不動産ビジネスでは、損失が出ればそのプロジェクトを中止すれば済む。だが、外交や安保では失敗は許されない。トランプ氏は、米国と同盟国の運命に関わる重大な決断に関わっている。外交や安保は、党派を超えた継続性が求められている理由はこれだ。トランプ氏は、この重みが分かっていないように見える。ビジネス感覚で、外交や安保を個人の趣味や主張で弄んでいるように見える。はっきり言えば、真面目さがない。

(8)「トランプ氏は、米国が100年にわたって務めてきた国際貿易システムのよりどころとしての立場を台無しにしようとしているかのような主張を繰り返してきた。自分は自由貿易主義者だが、最近の貿易協定は米国の労働者や企業を傷つけている、というのがトランプ氏の主張だ。もしそうであれば、トランプ氏は日本、もしくは欧州連合(EU)からの離脱向けて準備を進めている英国と2国間の貿易交渉を開始して、自らが貿易に対してオープンであることを証明すればいい」。

トランプ氏が、偏狭な保護貿易論者でないことを証明するには、日本と英国を相手にした2国間の貿易交渉を開始すべきだと、主張している。これによって、自由貿易のメリットを体得することが、開かれた貿易システムへの理解を助けることになろう。しかし、米国大統領に就任する人間に対して、自由貿易のメリットを説くとは悲劇的な事態だ。自由貿易で発展してきた米国の新たな統治者が、そのメリットを理解していなかったとは、これにまさる「冗句」もない
スポンサーサイト
  • コメント : -
  • トラックバック : -

Appendix

最近の記事