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米国、「トランプ誤診」若手労働者不足が深刻「TPP復活?」

勝又壽良の経済時評 2016-12-07 05:00:00

米国内は人手不足が進行 TPP離脱で負の連鎖へ

トランプ米次期大統領は、米国のオールド・エコノミー(鉄鋼などの旧産業)復活を旗印にNAFTA(北米貿易協定)の解体ないし修正に乗り出すという。旧産業復活というのは、イノベーションが生命線である米国経済にとって、場違いな感じを否めない。産業は絶えず発展して行くものだ。

現在は、第4次産業革命が話題になっている。IoT(モノとモノをインターネットで繋ぐ)時代だ。こうした流れのなかで、NAFTAにメスを入れる。TPP(環太平洋経済連携協定)は離脱する。何とも、時代の進展に背を向けたアナクロニズムの大統領を迎えるのだ。このNAFTA分解のデメリットとTPP離脱のデメリットが複合して、米経済に逆風となろう。詳細は、後で論じる。

トランプ氏は、大統領当選の戦術として、白人失業者の不満だけに目をつけて選挙運動してきた。現在の米国は、若手の労働者が不足する深刻な事態だ。この事実を知らずに、机上での計算でNAFTA分解やTPP離脱というお粗末な人気取り政策を叫んでいる。いずれ、「トランプ経済政策」の破綻が明らかになろう。

米国内は人手不足が進行

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(11月25日付)は、「『メキシコ人労働者が足りない』、嘆く米事業者」と題する記事を掲載した。

この記事では、米国内での若手労働者が減っていること。特に、「3K」と言われるような職種では、米国生まれの労働者は忌避しており、メキシコからの移民に頼っている状況だ。こういう労働事情はこれまで不明であったが、トランプ米次期大統領の登場で、この問題にフットライトが当たり始めた。

FRB(米連邦準備制度理事会)では、これまで利上げに慎重であった。だが、今後の労働力需給逼迫化による賃金上昇が大幅になると、利上げのピッチは早まる可能性が強まるだろう。また、トランプ氏の移民制限やNAFTA分解、TPP離脱などは見直される可能性が出てくる。以上のような予測が、現実味を帯び始めてきたのだ。

(1)「米経済の安定した回復のおかげで雇用が加速し、労働市場が逼迫に向かっていることから、低技能労働者を必要とする雇用主は人材獲得で一段と苦戦している。一因になっているのが、サービス業や建設、農業といった業界を支えてきたメキシコ人労働者の不足だ。ドナルド・トランプ次期米大統領は選挙期間中、不法移民を送還し、不法入国を防ぐための壁を国境に築くと訴えた。最近では姿勢を軟化させ、少なくとも当初は、犯罪歴のある不法移民の送還に力を入れる方針を打ち出している」。

トランプ氏は、メキシコからの移民を目の仇にしているが、どうやら見当違いなことを言ってきたようだ。サービス業や建設、農業といった業界の労働力を支えてきたのはメキシコ人労働者であった。それが不足に転じている。たとえば、次のような例が、記事に掲載されている。

1.米ダラスの屋根施工会社は、労働者不足のために過去2年に2000万ドル相当のプロジェクトを断ったという。

2.サンフランシスコのベイエリアで飲食チェーンのタコリシャスを成功させた人は、チェーン網を拡大しているが、「飲食店で働く労働者が大幅に不足している」ため建設中の店舗は小さめに抑えている。

3.フロリダでオレンジなどの収穫を請け負う人は、「いま男性が80人いたら、全員を仕事に就かせられる」と話す。

スモール・ビジネスの人手不足が顕著になっているのだ。こうした労働需要の多くを満たしてきた労働力が、メキシコからの移民である。それを「犯罪者集団」のごとく扱ってきたトランプ氏は、心から謝罪しなければならない立場であろう。

(2)「低技能労働者に頼る多くの事業主によると、問題は米国に向かうメキシコ人が少なすぎることであり、多すぎることではない。キング・オブ・テキサス・ルーフィングのオーナー、ネルソン・ブラッディー・ジュニア氏は、『メキシコ人労働者がいなければ、われわれの業界は行き詰まる』と述べた。同社はダラス郊外の北米トヨタ新本社の建設に参加している。ブラッディー氏は、見つけられればその場で屋根職人を60人雇うと述べ、現在の人手不足は『私が働きだして以来で最悪だ』と付け加えた」。

肉体労働という、いわゆる低技能労働者に頼る多くの事業主は、人手不足で困っているという。ダラス郊外の北米トヨタ新本社の建設に参加している事業者は、見つけられればその場で屋根職人を60人雇うとしている。この労働需給の逼迫化は、なぜかニュースに埋もれて、ひと目につくこともなかった。大統領選挙戦中に明るみに出れていば、トランプ発言のウソが曝かれたに違いない。

(3)「ピュー・リサーチ・センターの推計によれば、メキシコから米国に流入する不法移民は1990年代後半から2000年代初めには年間50万人を超えていたが、2000年代半ばには約35万人に減少し、09年以降は約10万人となっている。国境警備隊が15年に不法入国で逮捕したメキシコ人とその他外国人は33万7117人と、71年以降で最も少なかった」。

メキシコから米国への不法移民の数は、減少に転じている。トランプ氏は、国境に高い壁をつくると過激発言してきたが、09年以降は約10万人へと減っている。1990年代後半から2000年代初めには年間50万人を超えていたという。それが今は、5分の1以下だ。これが、米国内の労働需給逼迫化をもたらしている原因であろう。

(4)「米国では、人口の高齢化や、多くの肉体労働に体力が必要とされること、それに大学卒業資格を求める傾向が相まって労働者不足が生じている。一方、議会は移民政策で歩み寄ることができず、安定した合法の労働力を求める雇用者のニーズは満たされないままだ。現場では労働者不足が賃金を押し上げていると訴える雇用主が多く、低技能労働者にとっては朗報だ。だがコストも上昇していることから、投資の妨げになったりインフレにつながったりする恐れもある」。

米国の合計特殊出生率は、1.86(2014年)である。人口置換率2.08を0.22%ポイント下回っている。米国も、ゆっくりと人口減に向かっているのだ。白人は、1,76の合計特殊出生率だが、ヒスパニックは2.13と高い。トータルとしてみれば、米国の人口はヒスパニックなどが下支え役になっている。

労働力の確保という視点で言えば、トランプ氏の議論は余りにも扇動的である。米国全体の国力を維持するには、白人の力だけでは支えきれなくないのだ。この現実から目を逸らして、移民悪玉論を焚きつけるトランプ氏の責任は重い。彼は、米国内の労働力が有り余って、特に白人労働者がその犠牲になってきたと喧伝してきた。現実は、白人労働者の転職が上手くいかないだけの話なのだ。転職支援プログラムを整備すれば済むことである。

(5)「人手不足を示す証拠はいくつもある。労働省労働統計局によると、飲食業界とホテル業界合わせた5月の求人件数は70万件となり、求人が満たされていない割合を示す求人率は5.1%と01年以来で最高だった。米国建設業協会が、昨年行った調査では、建設会社の86%が大工や電気技師、その他労働者の不足を埋めるのに苦労していた。医療業界では、ベビーブーマー世代の高齢化を受けて在宅介護の需要が向こう10年に40%増加すると労働省はみている。どの職業よりも速いペースだ。ミネソタなどの州では既に介護士不足の危機が起きている。 ピュー・リサーチ・センターによると、不法移民の約10人に6人がサービスや建設、製造などの業務に従事している。この比率は、米国生まれの労働者の2倍だ。米国生まれの労働者はそうした仕事に就きたがらないと、雇用する側は言う」。

現実の米国経済は、人手不足に直面している。この事実がなぜ、報道されなかったのか。メディアの責任も大きい。労働省労働統計局によると、飲食業界とホテル業界合わせた5月の求人件数は70万件となり、求人が満たされていない割合を示す求人率(注:未充足率)は5.1%と01年以来で最高に達していた。不法移民の約10人に6人がサービスや建設、製造などの業務に従事している。この比率は、米国生まれの労働者の2倍に達している。もし、トランプ氏がヤリ玉に挙げている不法移民がいなかったなら、トランプ氏の経営するホテルも一段の人手不足に見舞われていたはずだ。知らぬが仏と言うが、トランプ氏は現実の労働事情を知らなすぎた。

(6)「過去20年、メキシコ人家族の子供の人数は2人強と、60年代終盤の7人弱から減少している。小家族化で潜在的移民の人数が限られ、家族が子供を手元で養うことが容易になり、地元での雇用機会も得られる。メキシコでは高齢化がゆっくりと進んでおり、移民が最も多い15~29歳の若者の割合は、90年の30%弱から14年には25%に低下している。今でも1年に推定10万人がメキシコから米国に入国している。しかし、メキシコに戻る者も多い。そうした自発的な帰国があったほか、09年以来オバマ政権によって過去最大の300万人が送還されたことから、メキシコ人不法移民の数は07年の690万人から14年には580万人に減少している(ピュー・リサーチ・センター調べ)」。

メキシコでも、小家族化で潜在的移民の人数が限られてきた。メキシコでの雇用機会が増えていることもあり、1年に推定10万人がメキシコから米国に入国していると予測されている。今後は、減少傾向が強まるに違いない。となると、ここに重大な問題が起こるのだ。

NAFTAに大幅なメスを入れるというトランプ氏は、米国内に米製造業を回帰させても、若者の労働者は集まらない事態に直面するはずだ。中年の白人労働者では、肉体労働は無理だ。こうなると、トランプ氏の計画は、「竜頭蛇尾」になる。世界中から物笑いの種になって終わりだろう。誰かはっきりと、トランプ氏のNAFTA分解計画の無謀性を突きつけねばならない。

話がここまでくると、TPPも同じく離脱論がいかに現実離れした空論かが分かるはずだ。米国内に労働力が不足していて、どうやってもの作りができるのか。トランプ氏が目指す労働力の活用は、海外から工場を回帰させるよりも、失業者の再教育に待たなければならない。産業構造の転換に伴う失業者は、再教育して新職場で雇用を見つけるしか方法がないのだ。その道を選ばずに有権者のご機嫌伺いをして、撤収した企業を強引に呼び戻すのは、市場経済のルールに反する。
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