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世界でも“稀”な日本人と日本社会の特性!?w

推摩 一黙のブログ 2017年05月02日 18時37分

さてGW真っ只中ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?w
私は年中『夏休み?』というか『透析療養の日々』という感じですんであんまり連休とか実感が湧きませんがw
とはいえども、TV番組がGW構成だったり、住んでるのが大阪ですんで『GW向けのイベント情報』だったりが耳に入って来ますんで、柄にもなく世間様の“浮かれた”雰囲気に当てられて、なんとなくワクワクしてしまいます。

……まあ、先月から体調が思わしくないですし、出かけるどころじゃないんですが(苦笑
それでも少し『元気が』回復して来てくれたので一昨日の日曜日は二ヶ月ぶりくらいに、近所以外の買い物とか病院通い以外で久々に少し外出できましたw
とっぴんぱらりのぷうっ
そんな感じで少し「回復して来た?」手ごたえのある一黙ですw

さて、私のコトはさて置き、世の中は北朝鮮がミサイル飛ばして東京メトロが止まったり。
米軍が黙々と北爆斬首作戦の準備を進めていたりと、平穏これまた無事でよろしいですなぁw
――いえ、冗談でもなんでもなく、打ち上げに失敗しましたが、「北がミサイル発射!?」の一報と共に、別に政府が命ずとも民間の一鉄道会社が『全線の一時ストップ』を判断し行動に移して見せました!?

こーいう自然な対応力が日本社会全体に備わっているとういうのは心強いことだと思いますよ?w

こうした対応を行った東京メトロは『東京都の地下鉄路線』だと聞きおよびましたが、要するに『核シェルター、地下防空壕』の備えがない日本では、災害時や今のような北からのミサイル攻撃等の脅威が『事前に予想される』場合、都民の逃げ場として地下街や地下鉄が代用されます。
で、地下街などは別に問題はありませんが、“地下鉄”の場合、運行中の列車が「駅と駅の間で止まる」、あるいは「地下に逃げ込んだ人が誤って路線に降りる」という恐れが考えられます。
ですから、事前に事故や混乱を避ける意味で、列車の駅での『一時停止待機』を決断した訳ですが……こういうコトをサラ~とやれる日本社会の健全さは『誇ってイイ』と思います。

たいていの国は、事前に政府などがマニュアルや避難計画を立てて、しかも広報のみならず、避難訓練などをしなければ庶民といいますか国民はちゃんと動いてはくれません。
しかし、勝手に動くどころかまるで『事前に申し合わせたように』急を告げる一報があれば、地震なら地震の際の、地震後、津波が来そうならその津波に対して、日本人はそれぞれ「独自にちゃんとした判断をし」そして行動するコトができます。

来たる東南海地震で数分しか――特に直後の“津波に対して”逃げる余裕の無い和歌山や東海道地方では、311震災の東北で有名なった「津波てんでんこ」の各自がとにかく逃げろ! や。
その為にマニュアル通りに遠い高場の避難所を目指すのでなく、その場で一番高い建物に逃げ込むなどの融通を利かすでしょうし。
311震災後、そうした自治体では避難計画を見直し、町中の至るところに、急場を逃げ込む『津波タワー』と呼ばれる鉄骨の避難所を増やしています。
まあ、公共民間共に日本人というのは『無意識に危機に備える』意識は常に誰もが持っていると思います。

さて、その対象はほぼ『自然災害、天災』に向けられていましたが、今現在新たに『戦時』に対する危機感が植え付けられていると考えます。
その事は、戦後70年が過ぎゆく中、平和ボケだった日本人には、まだまだ経験というか、有事の際に備える心構えが、知識が足りていないとハッキリ言えばそうなってしまうんですが……
こればかりは仕方がないでしょう。

……まあ、中東やアフリカの途上国はおろか欧米先進国でも当たり前の光景となってしまった『テロ攻撃』が、日本のみ例外的に……というか「奇跡的に」起こるコトも無く避けられています!?

んで、そのこと自体は「大変、幸せでよろしい」コトなのですが、代わりに危機感が経験と共に足りていないコトにつながっているのでは? と思います。
ですんで、北からのミサイル攻撃を除けば、特亜の国々の工作員による破壊活動やテロが「今の日本で具体的に起こりうる」予想される危機や危険なのですが、その事について今の日本人のほとんどは危機感どころか予想や考えるコトすら普段する事はないでしょう―― 一般の日本人からすれば ┐( ̄ヘ ̄)┌
さて、とはいえど、もし起これば『オウムによる地下鉄サリン事件』か『秋葉原車両暴走事件』のような感じとなるでしょう。  
それ以上の大規模な集団による同時テロや破壊工作は、むしろ日本の場合、公安や自衛隊、あるいは日本国内の外国人コミュニティ(除く中韓朝、特亜)の内部から、監視の目が声を上げますんでむしろ『防がれる』可能性が大きいと観ますネ。
特に、意外とイスラム系の日本でのコミュニティは意外と「日本での原理主義の勝手を許さない」と思いますね~(´・ω・`)
根拠は、過去において、意外と欧米で大規模テロをヤラカシタ、ヤラカスことになるテロリスト(イスラム原理主義者)が、実は日本に来ていたり、滞在していた事案が後から分かったんですが、『何故か?』日本では大人しく過ごしていたようなのです!?

実は『雰囲気的に』日本で何かヤラカスのは“タブー”という感じに「彼ら」日本に滞在するイスラム系コミュニティから、クルド人とか、甚だしくは昔からの華僑、中華系の在日社会ではなってるらしく、基本的に(今の所)日本で滞在する外国人が「何かを集団で企みヤラカス」あるいはそーいうコトをヤラカシそうな連中をそれら外国人コミュニティが庇ったりする事は無いようです。

無論、何事も油断すべきではないのですが、在日外国人の各コミュニティには(韓国、朝鮮系を除いて!)「日本人と日本社会に迷惑をかけない」というコトが最低限の暗黙のルールとして認識されているようなのです!?
まあ、当たり前ですが、日本に居る外国人が『基本的に行儀良く』してくれるというのはありがたいんですが、そんな事は日本以外の――得に欧米から見れば「目を疑う」ような光景でしょう。
なにせ、警察などで監視していなくとも、入って来た外国人がなにもしなくても大人しく行儀よく善良に暮らしてくれるというのは大抵の国では信じられないコトです(注:日本でも韓国朝鮮人を除く)。

ですが……実際に、日本に少数とはいえ存在する各国の外国人コミュニティは(在日韓国朝鮮系を除いて)、基本『あの中国人すら』も蛇頭やマフィアなどのニューカマーのそもそもが犯罪集団という例を除いて、普通の訪日外国人は日本社会に溶け込み、善良な隣人として行儀良く振舞ってくれています!?
まあ、外国では考えられないでしょうね(苦笑
それでも、その「普通の国は考えられない」ような外国人の『振る舞い』を日本ではしていてくれています。
その理由がなんなのか? 考えてみますと、それは基本的に日本では『人種差別』が事実上無いコトと、日本社会の日本人の公共意識の高さと礼儀正しさの民度の高さが影響してるんではないでしょうか?

と、いいますか基本日本人は『外国人区別』はします。
『差別』でなく『区別』というのは、外国人をいちいちユダヤ人とか黒人だとかアラブ人だ、イスラム教だなんだかんだで偏見とか差別をまあ、皆さんも分かると思いますが日本人はしません。
むしろ、白人黒人、アラブ系東洋系とか関係なく一緒くたに「ガイジン」扱いですしね ┐( ̄ヘ ̄)┌
そしてそのガイジン扱いは、基本的に不快なコトは無く、むしろ『客人』扱いで日本人は彼らを遇します。
なので、当の外国人が『犯罪者』や『失礼な態度』を取らない限り、日本人は基本的に好意的ですし、国や人種に関わらず誰にでも基本的に平等に礼儀正しく遇します。
ですんで、訪日当初はともかく「日本に長く住めば住むほど」基本的にドコの国の外国人でも、日本社会に溶け込み行儀良く振舞うようになります。
そして、それは実際的な理由だけでなく、内面的にも長く住めば住むほど「日本社会と日本人に感化」されて行くコトになります。

日本に居ると、ドコから来た外国人でも(ただし韓国朝鮮人と一部中国人を除く)、元いた祖国でしていたような他人や社会を省みない身勝手な行動を取ることを躊躇うようになります。
というか、「恥じる」ようになるといった方がいいのでしょうか?w

これは2002年日韓ワールドカップの時の話ですが、この時も「日本でも暴れてやるぜ♪」とやって来た各国のフーリガン達が終わってみれば、過激で粗暴なコトで有名なイングランドのフーリガンを含む一切の暴力が存在しないワールドカップにとても喜んでいたといいますw
それというのも日本に来た選手も審判もそして観客も日本人のフレンドリーさと歓迎に大いに感銘を受けたんだそーです。
例えばイングランドで代表ユニホームを着ていたら、地元警察と住民の両方から疎まれるのに、日本ではそうではなく、その為、

「日本の人々は温かい心と人情で、ファンと選手を受け入れてくれた。
だから、日本を応援することで恩を返したんだ。
イングランド・サポーターの掲げた横断幕がテレビに映っていたね。
“ありがとうジャパン”と書かれていた。
こっちで見ていたみんなも同じ気持だったよ」
という感想の通り日本人の「イングランド人=フーリガン」ではない扱いと、そのフーリガンですら温かくもてなした日本人の姿に、

「日本人の品行の良さには驚いた。こっちも影響され、野外パーティーが終わると自分から掃除していた。こんなことは初めて。今まで、なんて自分勝手な国に住んでいたんだろう」

と、いうようにw これは、W杯観戦で来日した英国の若者のコメントだそうですが、日本人の優しさ親切さと共に『公共心と他者への思いやりの高さ』は日本を訪れた外国人に“恥”の気持ちを思い出させるみたいですね(苦笑
ですんで、逆にたまに『日本で騒ぎを起こす』と――例えば2年前の2015年の東京では、トルコから日本に来ていた在日トルコ人とトルコ国籍のクルド人の人たちが在外投票を巡ってトルコ大使館の前でケンカ騒ぎを起こしてしまったのですが、その後、クルド系の人らでつくる「日本クルド文化協会」が28日、埼玉県川口市で記者会見し「私たちは争うつもりはない。平和に投票したかっただけだ」と訴え。
その上で「理由はどうあれ、日本人に迷惑を掛けたことをおわびしたい」と頭を下げた――なんて出来事もありました。

こーいう自発的に「自分たちの同胞が外国の地で起こした不始末」に『恥を感じて謝る!?』だなんて普通考えられません。
しかし、日本人や日本社会がそのように促さずとも強制せずとも、日本社会で暮らす内に感化され「異郷で騒ぎを起こし、迷惑をかける」ようなコトを恥じるまで意識を変えてしまうトコロが、この日本にはどうやらあるようです。

日本では普通の事なのですが、日本人同士の公共心の高さや譲り合いの精神、礼儀の正しさと共に外国人が皆一様に驚くのが「警官などが優しく礼儀正しい!?」というコトなのだとか(苦笑
日本では自転車の『無灯取り締まり』や盗難車の確認などがしばしば行われますが、それに遭遇した外国人としてもたいていは好意的な感想を抱きます。
また、飲酒運転の取り締まりなどの検問でも、不快感を抱くことは無くむしろ好感をもって驚くのだそーです。
「日本では警官すらフレンドリーで礼儀正しい」と。

無論、本当に犯罪行為に遭遇した場合は話は別ですが、それ以外の普段の状況で警官に誰何され呼び止められた場合でも、日本の警官は日本人と外国人を差別せず、同じように扱い礼儀正しく対応してくれるのが外国人から見れば信じられないような新鮮さに映るようですねw
そーしたコトから日本では犯罪に遭わないだけでなく、警官などに呼び止められても緊張するコトもなく安心して暮らせますので、そのコトを知り体験した外国人は、犯罪目的で来日したような者でもない限り、徐々に日本人と同じように公共心を自然と備え、行儀よく振舞うようになるのだとかw

あと、「日本人はちゃんと列に並ぶ!?」コトが良く海外から驚かれますが、日本で過ごす内、外国人も自然と列にちゃんと並ぶようになるといいます。
それは結局、ちゃんと並び順番を守った方が「結局は得をする」コトを学び理解するからなんだそうです。

さて、このように今の所日本に住む外国人は他国のようにコミュニティを形成してもその中に『治外法権の身勝手』な集団を形成したり、犯罪を起こす・起こした同胞をことさらに庇い立てするコトはありません。
無論、一部地域や蛇頭やマフィア、民団や総連などのように『元々が犯罪目的で日本に居る集団や組織』は話は別ですが、それ以外の一般人の外国人コミュニティは、日本とそれ以外の外国とではその性格は大きく異なっています――無論、日本でのソレは良い意味でw
その為、話を戻しますと意外と日本国内の外国人コミュニティ(一般の)は、その身内内で犯罪や問題を起こしそうな者を未然に自分たちで抑え込む傾向があるようです。
もちろん例外はあるでしょうが、その方が“得だ”というコトもありますし、なにより彼らが『恥』を感じるようになるコトが大きいようですね。

無論、これから先もこうした好ましい関係や状況を日本社会とその中にある外国人コミュニティや在日外国人が築き結んで行けるかどうかは分かりません。
世界でも例外的なこうした関係を守ってゆけるかどうかは、日本人自身と日本に居る諸外国の人々の努力次第でしょう。
まあ、日本では下手な外国人よりも、同じ日本人だというのにサヨクやマスゴミ連中の方が反日売国で『異民』と化して、日本社会に害を成し、警戒せねばなりませんが ┐( ̄ヘ ̄)┌

ですがまあ結局、その土地、その社会の一員としてちゃんと協調し同化する意思が無ければ「元々からの国民か外国人か?」は関係なく『害となり排除すべき』対象になるのでしょう。
だいたい普通「移民や難民」として移り住んで来た者は、「できる限り一刻も早く市民権なり国籍を帰化させ、移民先のちゃんとした一員になることを望み目指す」モノなのです。
ですが……移民の国アメリカですら「聖書に手を置き、国旗の下に国への忠誠を誓う」コトが求められますし、たいていの国では移民先での国籍や市民権を得るためには多くの関門や条件を満たすコトを求められそう簡単には認められません。
それを考えれば、日本で代を重ねても一向に帰化せず、それどころか『在日のまま』日本国民と同じ権利を図々しくも要求する“アイツラ”はいったい何なんでしょうかねぇ?(皮肉

さて徒然と、ダラダラと、本日は書き連ねて来ましたが、とりあえず自然災害も戦争の影にも『日本人と日本社会の無意識の備え』は予想以上にできていると私は思います。
そしてその一方で、震災や自然災害はともかく平和ボケした日本人は「戦時への警戒心」は「まだまだ薄い!」と言わざるを得ませんでしょう。
しかし、その無防備な一方で、日本人の公共心と他者への思いやりの高さは、意図せざるして日本に滞在するたいていの外国人の好感を呼び、良い関係を形成できていますし、外国人の意識を良い方向に向けさせています。
逆に「日本人のお人好しさを心配する」空気すら外国人コミュニティにはあるんじゃないでしょうか?(苦笑

まあ、そうした「好意に甘えず」日本人自身がシッカリ意識改革していく必要性はあるのでしょうが、今の日本社会と日本人は『戦後の軛(くびき=自虐史観等)を脱し』真っ当な認識に矯正する途上にあるんではないでしょうか?
しかし、この九条教を始めとする“戦後”の呪縛を脱するのと同時に『日本人が持つ無自覚で無邪気なまでの善良さ』を失わなければ良いのですがネェ?w

それは一見するとお人好し――に見えるかも知れませんが、日本人の外国人を「ガイジンとひとくくりにし“区別”はしても“差別”はしない」というのは、世界でも例外的な貴重な資質です
できれば将来の日本人もこの『幸福な特徴』を維持できればいいんですが――おそらくいったん『何か』あれば簡単に失いかねない危うい『世界の中で、歴史上でも希少で例外』な現代ニホンの特徴資質ですのでどうでしょう?

まあ、今後の私たち次第なのでしょうねぇ?(苦笑
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