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GDP神話はグローバル至上主義者の“陰謀論”?

推摩 一黙のブログ 2017年05月27日 08時15分

相変わらず体調は“絶・不・調”な一黙です(泣
身体を動かすのが億劫で寝込んでますが、暇つぶしにニュースを見たり、本を読んだりする「暇だけは」有り余ってます(苦笑
あと、色々と考える時間だけはいくらでもあります……とは言っても、先週末から今週初めに書きましたように『記憶がトンでる』あやふやな状態があったりしますんで、自分で自分自身が信用ならないんですが……

さて、そんな私が好き勝手に思った事を、考えたコトを徒然なるままに書き殴っているよーなこのブログですが……それほど間違ったコトは書いていないと自分では思ってます。
まあ、人の評価評判はあんまり関係ないんで、好き勝手書けるんでしょうが、これからも書ける内は色々と「世の中で興味を持ったコト」を取り上げ書いていきたいと思います。3333

さて、本日のお題は『GDPに関する疑問』です。

そこで先ずはGDPとは何なのか? その言葉の定義から確認してみましょう。
GDPは国内で一定期間内に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額。
あくまで“国内”のため、日本企業が海外支店等で生産したモノやサービスの付加価値は含まない。

――と、まあ簡潔に定義づけすると上のようになります。
さて、ここで三十代後半から以降の方は、国の経済力を表す指標としてGDP以前はGNPという指標が使われていたコトをお覚えなのではないでしょうか?
経済主要指標の扱いをGNPからGDPに変更したのは1993年からのコトでしたが、指標を変えたその理由とは、 この当時、経済統合が進む欧州な.どで、『各国内でみた経済規模を重視する動き』が強まり、日本もこの流れに合わせたという話だったよーです。

さて、ここで『GDPとGNPのいったい何が違うのか?』を確認してみますと、GDPが先にも申し上げた通り「 国内総生産 」だけを取り上げた経済指標であるのに対して、GDPは「国民総生産」――国内で生み出した富や財、サービスだけでなく 国外で生み出された付加価値も加えられます。

さて、ここで「別に、GNPのままでGDPに切り替えなくてもいいんじゃないの?」と疑問に思われた方もおられるんじゃないでしょうか?
私も疑問に思います。
これも先にも述べました通り、

「欧州などで経済活動の国境が低くなる(冷戦の終結とEUへの統合の動き)につれ、海外からの稼ぎも増えるため、国内の経済活動をより的確に反映させるたGDPに切り替える国が増えた」

というのが普通に知られてる理由ですが、日本が切り替えるコトにしたのは「アメリカが1991年から切り替えたので、日本も追随して93年から切り替えた」という感じだったみたいです ┐( ̄ヘ ̄)┌
それと、 『世界中ほとんどの国がGDPを採用するようになり、各国が違う指標を使っていたら、比較するのに不便なのでGNPに統一されるようになった』というもっともらしい理由付けもあるのですが……実は、国連がGNPに代わる指標として世界各国に提示したのは、

「GDPではなくGNIという指標だった」
んですよねぇ(´_`。)
ちなみに内閣府のHPにも、『2.93SNA移行による 主な変更内容』という項目で「国連の93SNAの勧告において経済指標を変更する」というコトがちゃんと記されています。
ちなみに『国連の93SNAの勧告』とは、1993年に国連からGNPに代わる経済指標として「交易利得」を含めたGNIを使う事を国連勧告として採用するように世界各国へ提案された件をいいます。

何故、国連がそれまで世界で広く使われていたGNPでなくGNIへの指標の変更を勧めたのか? といいますと――

「国際収支の発展段階説」をもとに考えると、現在(90年代当時)の日本など先進国は「未成熟な債権国」から「成熟した債権国」に移行段階にあると考えられていました。
すなわち近い将来、日欧米の先進国は国内での製造活動とその輸出による貿易収支は赤字になるが、新興国や発展途上国への直接間接投資からの収益により所得収支の黒字が拡大し、これまでの輸出立国から投資立国、すなわち上記の学説による「成熟した債権国」になると予想されました。
なので、GNPではなく「交易利得」を含めたGNIを使う事を国連は勧告したのだ

――という話なのだそーです。

さて、説明が遅れましたが、国民総生産(GNP)と 国民総所得(GNI)の違いがなんなのか? を説明しますと、
まず国民総生産(GNP)は、国全体の経済の大きさを測る指標の一つですがGDPと違い国内に居住する人間が生産した出来高という点では同じですが、国内に限らず海外での自国企業や自国民の生産活動やサービスの分も含まれます。
で、国民総所得(GNI)は自国企業や自国民が直接かかわる海外での生産活動やサービスによる収益のみならず、株などの投資や特許などの知的財産権などのいわゆる所得収支・ 技術貿易収支といった間接収益を所得としてGNPに加えます。
すなわち国内での生産分しか見ないGDPよりも、国外で自国民自国企業が生産した分を加えるGNPの方が『実際のその国が一年間に生産により生み出した収益』を正しく表すように。
それ以上に「海外への株投資や特許収入などの不労所得による利子利得」も加えて計算するGNIは“その国の本当の経済力、実力”を表しているといえます。

実際、日本はもちろんのコト、欧米先進諸国でも今や海外現地生産の工場や、特許や著作権、商標使用料などの知的財産から、海外への投資まで『国外から上がる収益』で“食っている”という部分が大きいんですよねぇ ┐( ̄ヘ ̄)┌
むしろ、『国内の自国内市場のみでやり繰りできている国』なんてのは、よっぽどの小国か日本以外に、今の世界のドコを見ても“無い”んじゃないでしょうか?

しかし現実に日々のニュースや経済に関する議論においてGNIはおろかGNPすらほとんど目にするコトはありません(−_− )

「GDPがいくらだ?」
「GDPの成長率が云々」
「防衛費におけるGDP1%枠」

だのなんだのGDP――日本がその国内で生み出した生産活動や消費活動の“分”でしか議論がなされておりませんよねぇ ┐( ̄ヘ ̄)┌
これってよくよく考えるとおかしな話じゃありませんか?

少しここで話が脇道に逸れますが、今、欧州でG7に出席するために訪欧中のトランプ大統領がNATOの軍事費負担で物議をかもしています。

トランプ氏「NATOは応分の財政負担を」、初の首脳会議に出席
2017年 05月 26日 [ブリュッセル 25日 ロイター] -

トランプ米大統領は25日、就任後初めて出席した北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、加盟国に応分の財政負担をあらためて求め、過激派を阻止しなければ、英中部マンチェスターで発生した爆破事件のような攻撃が再び起こると訴えた。

また「加盟28カ国のうち23カ国はいまだに求められている国防費を負担していない」と指摘、「米国の納税者にとり不公平だ。これらの国の多くが過去数年にわたり多額の借金を負っている」とした。

NATO加盟国は国防費を国内総生産(GDP)比2%に増やすことを求められているが、トランプ大統領は「極めて現実的な脅威にされされてる状況で、2%は必要最低限だ」と主張した

さて、ここでこの記事で米国側は「欧州勢が相応分の軍事費の負担をしていない」と不満を漏らし、『GDPの2%』を要求しています。
この場合、NATO加盟国の軍事費負担の基準をGDPに置いているのは正しいか? どうかは分かりませんが理解はできます。
先に「欧州などで経済活動の国境が低くなる(冷戦の終結とEUへの統合の動き)につれ、海外からの稼ぎも増えるため、国内の経済活動をより的確に反映させるたGDPに切り替える国が増えた」と書きましたが、NATOはトルコなどの例外もあるものの=欧州EUの集合体だと考えるコトができます。
そして、英独仏の大国と、イタリアやスペインなどの南欧、そしてポーランドなどの東欧諸国などといった感じで、ひとくくりに『欧州』といっても、その産業力や経済力には大きな格差があります。
ただ、16世紀以降の大航海時代と植民地の獲得、産業革命によって欧州以外の(日本を除く)ほとんどの国とは隔絶した経済的産業力的優位を持っています。
また、フランス革命から始まり、ナポレオン戦争や二度の世界大戦を通して民主主義と人権と法治の社会概念が定着しています。

これは残念な話ですが、民主主義と人権と法治の社会概念がキチンと機能しているのは欧州以外ではアメリカやカナダといった北米と、アジア太平洋地域では日本とオーストラリアに台湾くらいのモンでしょう。

他の新興国や発展途上国では、中共を筆頭に法治よりも人治や情治が優先され、汚職や地域独特の宗教やカーストが法はおろか憲法すら上回り、遡及法すらまかり通る有り様です。

さて、しかし世界を法と人権の秩序が守られる先進国と、いまだに中世の色合いを残す新興国や発展途上国で分けるにしても、後者が遅れている劣っているというベキでは無いと私は考えます。
むしろ世界の多数派は後者の発展途上国の方であり、日本を始めとする先進諸国の方が「突出して進んでいる“例外”なのだ」と観た方が正しいでしょう。

と、まあ『文明の進歩論』はこのくらいにして、話を戻しますと、今の世界は事実上の三極――日欧米で動かされています。
無論、冷戦時代でいう旧東側、ロシアや中共は西側諸国に牙を剥き、世界の覇権を奪ってやろうと虎視眈々と狙っていますが、ハッキリいいますと『実力不足』です ┐( ̄ヘ ̄)┌
その内情は、ロシアは『資源輸出に頼る』しかできない産業力、技術力において二流どころか三流国ですし。
中共に至っては、その国土こそ大きいですし、人口も多い巨大な国に見えますが、未だにマトモな車両から船舶、航空機に至るまで自前でエンジンを製造するコトもできず、陸海空の三軍の兵器や艦船、航空戦力に載せるエンジンをロシアからの輸入に頼っています。
さらに、軍用でなく民間の製造部門でも、上手く日欧米の先進国の工場誘致を行い見た目は急成長していますが、エンジンや半導体産業の基幹技術や部品は真似する事すら四苦八苦しており、結局『組み立て工場』でしかありません ┐( ̄ヘ ̄)┌

そうした『劣化コピーやスパイばかりで技術力の蓄積が無い』のは中国のみならず韓国も同じで、まだまだ日本や欧米からの技術導入や支援を受けねば産業競争力の維持すらおぼつきません。

さて、このように主に日欧米の三極が「世界の産業と研究開発」を事実上リードしています……が、日本とアメリカが『一国で他の二極に伍して競う』力を有しているのに対して、欧州勢はその一国一国では日米に相手にもなりません。
まあ、「だからこそ」EUとユーロによる欧州の大統合という“道”を選ばざるを得なかったのですが……

日本もアメリカもそれぞれ“一国”で三極の一角を占める実力を持っていますが、欧州は束になって結集して初めて日米に肩を並べるコトができるのです。

さて、そこでトランプ大統領による「GDP基準で欧州各国に2%の軍事費負担」の話に戻るのですが……欧州はEUユーロという壮大な社会実験の統合の途上で、いまだに欧州統一圏国家と呼べるようなモノではありません。
経済的には補完関係にあり、人やモノ、カネの流れの自由化が進んでいるものの、アメリカ国民や日本国民のような、欧州国民という意識は無く、ドイツはドイツ国民、フランスはフランス国民というように“国境”は決して無くなっていません。
むしろ、域内外からの移民難民の問題や摩擦によって、揺り戻しの反動が起こり、英国のブレグジットや欧州各国における右派や過激派の台頭を招いています ┐( ̄ヘ ̄)┌

……しかし、断言しますが『縮小し、分裂したとしても欧州は嫌でも統合し共存の道を進むしか無い』でしょう。
ローマ帝国が東ローマ西ローマに分かれたように、欧州EUも今の規模と形態を維持するコトは無理ですが、相応の形と規模で分裂したとしても手を結ばなければ欧州はどの国も「没落を免れません」。
さて、そんな欧州各国は国の大小と共に得意とする産業や分野も違います。
イギリスのようにシティで世界の金融市場で勝負する国や、ドイツのように中国を始めとする新興国や発展途上国の市場や労働力を利用して日米に負けず産業競争力で気を吐く国もあれば、南欧や東欧のようにEU内で下請け分業のような役割を負って必死に国の発展を向上させようとする国や、旧植民地のアフリカや中南米との関係に活路を見出そうとするスペインのような国もあります。
欧州全体でGDPやGNP、GNIを見ても、欧州各国がそれぞれに応分にどれだけ軍事費負担をすべきか? 算出するのは難しいというより、問題山積みで誰も納得しないでしょう ┐( ̄ヘ ̄)┌
ですので、『欧州各国ごとにGDP(国内総生産)』で経済力を測り、その2%を負担の基準にして負担を割り振り求めているのですナ。

そういう意味で、GDPでその国の経済力の実力を測るのは別におかしなコトではありません。
むしろ、海外に投資したり、自国内で採算が採れなくなった産業や工場を海外移転させたりして『自国以外で稼げない』世界の大部分の国が多いのですから、日本やアメリカ、ドイツにイギリス等々……GDPの、国内総生産以外の海外からの『上がりや収益』の方が多分に多いなどという恵まれた国の方が「例外であり、少数派」といっても間違いないんですから、GDPでそれぞれの国の経済力を比較するというのは、「一見すると」正しいように“思え”ますし“見え”ます。

しかし「だからこそ」世界は愉快な誤解と錯誤に満ちているのです(-""-;)
その代表が「日本の失われた二十年」でしょう(−_−#)

欧米から中国や、果ては韓国にまでも「日本は終わった国だ、これから落ちぶれて行く一方だろう」だなんて“愉快な誤解w”をされています……が、それも仕方ないでしょう( ゚д゚)ノシ 
なんせ「日本の失われた二十年」というキャッチフレーズを言い出したのは、他の誰でもない日本人だからです┐( ̄ヘ ̄)┌

……まあ、バブルに浮かれた絶頂から一転して奈落の底に落ちたんですからネェ?
一応、あの『狂乱の時代』をその終わりの端っこでも知る年代の者としては、バブルの時代と、その後の今現在までに至る『デフレが常態化したニッポン』との落差は戸惑うホド大きく違います。

っていいますか、90年代を境にして世界は大きく様変わりしました(棒
だいたい今、40歳になっていない30代までの“若い人”には冷戦時代のあの独特の空気と、バブルを頂点にした高度成長期の日本のあの黄金期と呼んでいい、今では信じられないでしょうが高度成長期の1970年頃、その頃もっとも利率が良かった5年物の貸付信託や利付債券で7.5%前後。
銀行の普通預金は2.6%、郵便の普通貯金が3.6%ほどだったのです。
……まあもっとも、物価上昇も年20~30%が当たり前でしたが、今のデフレスパイラルが常態化した時代しか知らない世代には想像もできないでしょうが、クルマから電化製品、家や土地に至るまで『今日買わないと明日はもっと値上がりする』時代ですんで、消費も盛んでしたし、日本国内の産業界は戦後の高度成長期に明治以来積み重ねて来た人材育成と研鑽の努力を一気に開花させて、まさに絶頂期でした。
日本式経営は終身雇用に年功序列が保証され、冷戦の終結と共にソ連を始めとする東側陣営の共産国は軒並み「そのご立派なお題目」とは裏腹に、人民の為の万国の労働者の為の理想や平等とは程遠い腐り切った権力による弾圧と圧政、非効率と無気力な正体をさらけ出し崩壊して行きましたが、それと対照的に日本は「日本は世界で最も成功した社会主義国だ」なんて皮肉交じりに言われるほど、「ソ連型社会主義とは異なり自由と民主主義を保ちながらも社会的格差の少ない集団的な社会を築いた」という肯定的な評価をいただくような、 独特の分権的な混合経済体制を築き、繁栄の絶頂を迎えました。

……まあ、WWⅡ戦後世界の大規模油田の次々の発見と冷戦という地域紛争の代理戦争はあっても基本的に奇跡的に平和が保たれ、国際交易が盛んな時代という時の運に恵まれ、さらに島国という地の利と長い沿岸地帯の要所要所に産業と大都市が上手くまとまり、さらにその都市と都市の間を高速道路網と新幹線で効率良く旅客と物流のネットワークで結ぶインフラを整備するコトに成功し、戦時中は全土を爆撃され、二発も原爆を落とされ、
「日本が復興するのには半世紀……いや百年はかかるだろう」
なんて言われていたのが、終戦後十年ほどで「もはや戦後では無い」と宣言するまでに復興と国際社会への独立復帰を果たしたのです。
その上に、単に復興を遂げただけでなく、経済と産業に力を注いだ結果、欧州列強をゴボウ抜きにして80年代にはアメリカにも迫る世界第二位の経済大国として蘇ったのでした!?

さて、それでいて「ソ連型社会主義とは異なり自由と民主主義を保ちながらも社会的格差の少ない集団的な社会を築き」格差のもっとも少ない、国民の大多数が「自分は中流だ」と胸を張って言える社会を築き上げたのです。

この過程には天の時、地の利、そしてなによりも『チャンスをモノにする』人の和と人材が戦後日本には揃っていました。
これは幸運でしたが、偶然でも何でもない「必然の成功」と誇って日本人はいいでしょう!
なぜなら、今日に至る成功を掴むまで、明治開国どころかそれ以前の江戸すら越えて戦国時代まで遡る先人たちの積み重ねが綿々と続けられていたからです。
戦国の乱世が終わり、江戸太平の250年間、支配階級である武士は実践を伴う実学の能吏としてその役割を果たし、 幕府成立期に183だった大名が、 元禄には243、幕末には266に増えていますが、人口も戦国末期から江戸時代初期の1600年頃には1,200万~1,300万人だったのが3,500万人にまで増えています。
元禄まででも江戸初期の新田開発や治水治山の整備、さらに各地方各藩の特色を生んだ産業や商品作物の開発など、江戸末期には日本を訪れた外国人から「庶民、農民がこれほど幸せそうに暮らす国はない」と驚かれるほど、この近世以前から日本は平和で安定した社会を築いていました。
無論、地震や火山の噴火、冷害による飢饉など『自然災害大国』としての負の側面もありましたが、江戸への参勤交代は、江戸幕府の都合によるモノでしたが、結果として街道の整備と宿場町の繁栄をもたらし、さらに疑似軍隊の行軍ともいえる大名行列とその道すがらにある各藩では街道の安全や治安維持が至上命題となり、戦国時代、室町幕府の時代までは日本でも珍しくなかった山賊や海賊が存在する余地を無くしました。
その結果、江戸時代の日本は外のどんな国とも違い、旅人が安心して旅をするコトが、それも女子供や老人だけでも物見遊山に富士講や伊勢参りなどに出かけれる国を作りだしたのです。

この事は、世界で唯一、戦国時代が終わった後、銃を捨て刀や槍程度の武装で支配階級の武士が各藩と国を治めてゆけたコトからも、その世界基準では信じられない社会の安定度が分かります。
そして、その社会の安心安定度の、民度の高さは現代まで続き日本が繁栄している要因の一つに数えられています。

さて、いつものごとく前置きと講釈が長くなってしまいましたが、そうした『社会を今の時代よりも次世代により良く引き継いで行こうとする』日本人の気質は、いわば継続性と平和の遺産を積み重ねて行けば「どれほど素晴らしい宝となるか」日本は実践して見せました。

これを王朝が変わるたび、支配者が変わるたび、前の文化や技術が根こそぎ失われる中国や朝鮮半島――いえ、世界中の多くの国と比べればよく分かると思います。
そして、その『平和と継承の果実』が一気に花開き実を結んだのが、戦後日本の高度成長期と今現代に続く繁栄の姿なのです。

さて、しかし先に述べたようにあまりの成功と繁栄に有頂天になった日本は、90年代にバブルに浮かれ高転びに転んでしまったように見えます。
しかしそれは『表面上の話』に過ぎません。
失われた二十年と自嘲し嘆く向きが日本人には多くいますが、実際はバブルの後始末は5~6年で終えています。
その証左として一つあげるならば、「1996年頃には、首都圏の商業地の地価はバブルが始まった1986年頃の水準に戻っている。つまり、バブルの調整は終わっている。1996年以降に発生している不良債権は、不動産価格の下落・景気低迷による経営悪化、つまりデフレの深化によるものである」という見方でも分かるだろう。

無論、不良債権処理を始めとするバブルの後始末には大きな努力が伴っている。
その事を端的に表すのは、1970年代から1980年代に「都銀13行」「大手20行」と呼ばれた日本の銀行業界が今は3大メガバンク(三菱UFJフィナンシャル・グループ、みずほフィナンシャルグループ、三井住友フィナンシャルグループ)体制にまで統廃合し整理されたコトからも分かるであろう┐( ̄ヘ ̄)┌

さて、このように不良債権整理と生き残りをかけた銀行の統廃合の副作用は貸し渋り貸しはがしにつながり、『日本国内だけで見れば』現在まで続くデフレの悪循環と低成長に喘ぐ日本社会の低迷につながって行くように見える。
これに、311震災やミンス政権の無能と日銀の超円高容認金融緩和の断固拒否! が重なり、内外から日本は「失われた二十年!」と自嘲し嘲られるような情けない状態に落ちぶれたように見える。
だが、判断の基準がGDPであり、バブル当時やそれまでの高度成長期を当てはめるから「そのように見える」ダケであって、視点を変えれば――そう! GDP(国内総生産)ではなくGNPやGNIといった海外資産や投資や特許収入などの別の視点で日本見た場合、まったく違う日本経済の姿が浮かび上がって来る!
まずその一つの例として各国の技術力を示す技術貿易収支(技術輸出額-技術輸入額)において93年以来、輸出が黒字となり、黒字を続けるようになってから日本は今や世界の全ての国に対して「技術貿易収支において黒字」を続けています。
さて、これも以前に指摘紹介しましたが、「93年に技術貿易収支が黒字化するまで」日本は「二十年」かかっています。
その「二十年」というのがちょうど「オイルショックの起こった1973年」であり、この年、「量より質」への産業転換(産業研究費への投資重視)を“選んだ日本”と、「安易な人件費とコストの安い発展途上国への工場移転と、金融サービス産業への特化の道を選んだ」欧米諸国とでは、(ドイツを除いて)今の産業力と経済力の差が生まれる分岐点となったのです!
すなわち“技術の研鑽と研究開発費への投資”に務めた日本と欧米諸国との技術力の格差、開発研究力の差は日本が圧倒的にリードする現実となっています。
そして、その差が大きく『容易には技術力の差を埋めがたい』のは中国韓国やその他の発展途上国に対しても同じで、特に中国韓国は「技術者職人を尊ぶよりも、“強者勝者総取り”の盗賊の考え」で企業買収からスパイやパクリ、偽造品模倣品の製造販売で手っ取り早く『儲ける』コトを選ぶ傾向がありますんで「なかなか技術基盤が備わらない育たない」弱点があります。

……まあ、特亜のそういう弱点を割り引いても「日本ですら今の技術貿易収支の黒字化」を達成するまで『二十年』かかっているのです。
ですから、十年単位で努力しないと「日本に追いつき追い越す」コトは中国はもちろんのコト欧米諸国ですらできないでしょう。
無論、「これからも日本自身が研究開発費をキチンと投入し、人材を育て、技術・特許の研究研鑽に務めないと」今の地位を保つどころか、十年後、後発の国に追い越されてしまうコトになる可能性がありますが。

それと、90年代以降日本の産業界で大きく変わったのが『日本国内で生産し輸出するのを止め、代わりに現地生産に積極的に切り替えて行った』というコトです。
これは80年代の日米貿易摩擦、自動車戦争とも呼ばれた軋轢を反省しての事ですし、「単なる組み立て工程」なら、日本国内でやるより人件費が安い国や輸出相手国で行った方が効率的ですし、得だからです。
ですので日本国内にある工場は日本国内市場向けで造っているのが車でも携帯でもほとんどですし、海外にかつて日本国内から輸出していた家電や車、スマートフォンにパソコンなどの製品は、現地生産か、人件費の安い新興国や発展途上国に工場を移しています。
しかし、それでいて欧米のごとく『産業空洞化』に苦しまないのは、日本国内で充分な市場(人口1億人以上)がありますし、それになによりも他国が容易にマネや追随できない高付加価値の高技術を必要とする高品質の部品や製品を作る技術を磨き続けているからです。
この結果、北米大陸でも欧州でも、インドやアジア諸国に中国でも、日本製は車から家電、高級生地の布地まで高い競争力を誇っています。
さらに製造業に必要な金型や精密加工機械、産業ロボットに至るまで、その重要な核心部分は日本が大きなシェアを占めています。
この他、炭素素材や特殊鋼を始めとする生産財でも高付加価値高技術が必要な分野では日本が多くをリードしています。
その上に日本は内需大国であり、数字的には日本はアメリカに次ぐ世界第2位の「内需国」で、輸出などの「外需」がGDPに占める割合は15%程度にしかすぎません。
しかも日本が海外から輸入する必要が、欲しいと思うモノは石油や天然ガスなどのエネルギー資源と、鉱物資源や希土類などのレアアースやレアメタルといった原材料か、食料品や穀物です。
家電などは人件費の安い途上国などから逆輸入が主流となっていますが、自動車などは日本企業の車メーカーの競争力が強くて、日本国内の車市場における外車のシェアは8~9%程度で一割にも届きません。
そして何よりも日本経済が決して斜陽でもなんでもないコトを良く表しているのが『失業率の低さ=完全雇用に近い』という事実でしょう!
英国が皮肉交じりに、

「日本型不況というモノが“輸入できる”ならぜひとも輸入したいモノだ!」

と喝破したように、欧米諸国では若者を中心に失業問題に頭を悩ませています。
無論、日本が完璧だとか理想的だなんて言う気はありません ┐( ̄ヘ ̄)┌
逆に非正規雇用の問題や同一職業同一賃金の推進や、経団連などが執拗に求める『安易な労働移民の導入』等々、日本もまだまだ解決して行かねばならない問題や課題は山ほどあります!
しかし、世界の大多数の国から見ると日本の悩みは『贅沢な悩み』に見えるでしょう(´・ω・`)
特に潜在的に2億人~3億人近い農民工から、さらには毎年中国の大卒者の失業率は、全体の失業率を上回る3倍の12%に達しており、さらに大学を卒業した580万人のうち150万人が年末までに仕事を見つけられない可能性があるとの報告が2008年の北京五輪の年ですらされています。
約十年ほど前の卒業生580万人のうち150万人というのは、ほぼ25%近く、4人に一人が失業していくということで、大変な事態です。
しかし、その後も、中国で『大学を出た甲斐のある』満足のゆく仕事を毎年600万人から750万人を越える大卒者に用意できる余地は中国にはなく、今や中国各都市部で不遇を囲っている“ネズミ族やアリ族”などと呼ばれる若年高学歴の失業者は2015年年末には登録者が966万人に達しその後も増えているといいます┐( ̄ヘ ̄)┌
中国が、習近平現体制が一帯一路やAIIBで盛んに国内供給力の余剰を吐き出すと共に、海外へ労働者を送り出そうと躍起になっているのも、すでに改革開放の成長の時期は過ぎ、2億を超える農民工の流動余剰労働力に加え、一千万人を越える『大学をでたものの』満足な職に就けず不遇を囲う若年高学歴の失業者に加え、無理繰りに支えて来た国営企業の淘汰か破綻が目前まで迫っているからであります。
「人件費の安い使い捨ての労働力が売りの中国で生産性と国際競争力を高める為に産業ロボットの導入が進んでいる」――と、いうのはなんの冗談でしょうか?(棒
隣の韓国も「ヘル朝鮮」と絶望的な状況を嗤い、日本へ就職活動を求める若者が増え『失われた二十年で、日本は終わった国。韓国はすぐに日本を追い抜く! いやすでに追い抜いた!』なんてはしゃいでいたのもいつの話やらw(・∀・)ニヤニヤ
そして、中韓は、世界は疑問に思い気付き始めています――失われた二十年と日本が嘆いて見せているのは、ワザと、偽装なのではないか? と。
実はといいますと、「日本は失われた二十年で、未だに低迷に苦しんでいる」と日本人自身が本当にそう思い込んでるんデスガネー(´_`。)実際は、日本は日本人たちが思い込んで信じ込んでいるホド、酷くはアリマセンし斜陽で未来の無い国などではアリマセン!
もちろん『楽観できるほど良い』ワケでもないですがネェ┐( ̄ヘ ̄)┌しかし、今の世界を見回して観て、一番恵まれていて有利で余裕のある国は間違いなく日本でしょう!
今、世界は『デフレ化の時代』に足を踏み入れています。
まるで底なし沼にハマったがごとく、先の見えない世界規模の低成長と生産者にとって厳しいデフレ化が促進する時代に突入しています。
その世界経済の状況の中、日本は世界に先んじて『デフレ時代に対して適応を終えて』います。
90年代のバブルの後始末を通じて銀行の統廃合を始め、贅肉を削ぎ落し引き締まった筋肉質の体に作り終えてるよーなモノです。
さらに日本が幸運だったのが「国内経済こそデフレ化に適応するため低成長に耐えねばならなかった」のですが、それに対して日本を除く世界は欧米も中国を始めとする新興国も「金融バブルや改革開放による経済の高成長というバブル」に沸いて浮かれており、日本は国内で成長しない分、海外への投資や現地工場の形成により、海外資産の形成という形で成長してゆくコトができました。
そして、今や世界の全ての国に対して「350兆円を超える海外純債権」や「技術貿易収支において黒字」を叩き出す経済力と産業競争力を築き上げています。
ここまで至るまで日本という国と日本人は何も特別な魔法もなにも使ってはいません。
ただ「真面目に研究研鑽を積み重ね、努力を黙々と続けて来ただけ」です。
国の経済力を比較する指標にGDPを主に採用したのは、まるで「本当の実力を隠そうとする」日本の狡猾な陰謀であったようにさえ、見えて来ます。
しかし、「そんなこたあないw」のは日本人自身が一番良く知っています┐( ̄ヘ ̄)┌
GDPでだけ、経済指標として取り上げ見て、自分たちはダメダメだ、日本は失われた二十年で失墜してしまったと本気で思っていたんですから(´・ω・`)

むしろ、GDP神話は、国際的な国境をまたいで好き勝手に儲けに走るグローバル至上主義者の“陰謀論”として利用されていたという方が『正しい』んじゃないでしょうか?

しかし、一国ごとのGDPではなく、GNPやGNIのような国家国境をまたぐ経済活動や投資による利潤を撒き上げるダケでなく「節税という名のマネーロンダリングや脱法スレスレの脱税」を見えなくする為、GDPが利用されたという方がシックリ来ませんか?
誰か特定の個人や組織が絵図を描いたというワケではなく、結果としてそうなったというだけで『陰謀論』と呼ぶのは正しくは無いかも知れませんが、結果として陰謀論じみた状況が生まれてしまっています。

これから、グローバス化の行き過ぎと強欲は、その反動というか報いを受けるコトになるのでしょうが……戦後、長らく続いた『インフレと経済の成長拡大が当たり前』だった時代が『デフレ化とマイナス成長すらあり得る低成長の時代』に世界経済は大きくその潮流が切り替わって行くのでしょうが、果たして世界は『耐えられる』のでしょうか?

そして、その世界において日本は世界の一極を担う――アジア太平洋地域からインド、中東サウジアラビア地域までの秩序と経済の安定に『嫌でも責任を負わねば』なりません。

実は中国がその役割をやりたがっていますが――『中国夢』や『一帯一路にAIIB』などという、地域のリーダーとして犠牲や負担を引き受けるというよりも、周辺諸国を奴隷化や属国化して逆に中国だけが生き残ろうとするご都合主義で自分勝手な思惑が透けて見えます。

日本は98年のアジア通貨危機以来、アメリカの顔色を伺い、その許容範囲を慎重に距離を測りながら、アジア太平洋地域の国々とインドが経済的に危機に陥った際に即応して助けられるよう様々な経済協定やスワップ、経済支援体制をコツコツと築いて来ました。
その結果、特亜三国を除くアジア太平洋地域において98年のアジア通貨危機や戦前の大恐慌のようなコトが起こっても助け支えれるように準備が一応できています。

まあ、2008年のリーマンショックの際、ギリシャを始めとする欧州発の大恐慌が起こるのを寸でで食い止めたように日本がその『本当の実力』を見せるコトもできるんですが(苦笑)、欧州とアメリカの顔を立てて危機を回避する準備をこの二十年近く日本は積み重ねて来ました。

ちなみに2008年のリーマンショックの時、 アイスランド、ウクライナ、ペラルージ、ハンガリー、パキスタンなどの国々が経済破たんを宣言し、IMFなどからの融資総額の予想は330億ドルを超えていた。
この時点でのIMFの資金は金塊を売っても700億ドル。
世界的に連鎖しようとしていた国々への融資額が700億を越えれば、世界恐慌という寸前でした。
この時、時の麻生政権は中川財相と共にIMFへの『日本が有する外貨準備の米国債の中から最大1000億ドル融資する用意がある! 』と宣言してみせたのです。
麻生総理は
「日本はバブルの崩壊を経験し、デフレ不況下に陥った。しかし復活させた。その経験を踏まえこの金融危機は克服可能であると認識する」
と、力強く断言してみせ、
「ドルは、もう駄目だ。こんな金融システムはもう使えない」
と、 ドルの基軸通貨としての有効性に疑問を挟んだ中国とフランスに対して、
「そうなると更なるドル暴落に繋がり、外貨準備のほとんどを保有している進行・途上国の損失を負担できる覚悟がフランスにあるのか?」
と、その覚悟を問い詰め、IMFを中心とする世界的な金融危機への対応策をまとめ上げたのです。

さらに、 麻生案をベースに世界が一致して行動することが決まった その後、 G20金融サミットにおいてIMFへの出資比率に基づいた発言権・代表権の改革を2010年春までに達成することで合意を取りまとめ。
同日、EU(欧州連合)と中国がそれぞれIMFに1000億ドルと400億ドルづつ出資を表明させることを引き出したのでした。

つまり日本は世界の金融会議の中心となり、多額の外資と危機の回避方法を提示し交渉する事によって世界から融資を引き出し、世界の経済を救ったのです。
このとき中心となったのが麻生総理と中川財相でした。

あれからもうすぐ十年――中川氏は惜しくもお亡くなりになりましたが、幸いにして日本の今の総理と財相は安倍・麻生コンビです。
色々と意見もおありでしょうが、今の日本で一番ベストな二人が日本のトップについているのです。
再びリーマンショック級かそれ以上の経済危機が――欧州の銀行金融機関の不良債権が表面化したり、中国がついに破たんしたりした場合でも、心配はいらないでしょう。
十年前のあの急場ですら、「1000億ドル」の保証をIMFにしてみせ、世界経済の破綻の危機をその寸前から救ってみせたのです。
この時の日本の活躍と貢献にIMFのストロスカーン専務理事は、「人類史上、最大の貢献」と謝辞を述べるホド、大きな貢献を、世界経済への責任を果たして見せたのです。

さて、このような力を見せつけた日本が、本当に『失われた二十年で斜陽で落ちこぼれていく国』なのでしょうか?
GDPという日本の本当の実力や姿を映し出していない鏡のような指標でいつまでも考えていて良いのでしょうか?

あと、今の世界は、大国になればなるほど、成長が著しければ著しいほど『国際的に互いに補完し合い、生産産業の分業や投資のやり取りで深く複雑になって行く』ようになっています。
そういう意味でも、GDPという経済指標だけで今の国際貿易や経済を見るのは無理になって来ているように思えます。
その点を今一度、考え直してみるベキなんじゃないでしょうか?

皆様はどう思われますか?
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