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今回の野党のゴタゴタを巡る話しについてを考える(2)

推摩 一黙のブログ 2017年10月03日 08時19分

続きですw

☆果たして二大政党に「どーしても」せねばならないのか?

さて、ここで皆様にお聞きしてみたいことがあります。
それは「何が何でも政権交代可能な二大政党制を取り入れ実現」しなくては――果たしてどーしてもならないものなのでしょうか?

この場合の二大政党による政権交代というのは普通「リベラル(革新)派」と「保守派」とイメージされます。
ですがしかし、「リベラル」は現代の日本や多くの世界の国で「サヨク、社会(共産)主義、そして急速急激な社会改革」を志向する政治勢力を指す言葉になっています。
さて、しかし果たして「保守」は「リベラルを任じ称する」連中がいうように、ただの「古臭い頑固な既得権益にしがみつく連中」なのでしょうか?
無論、そーいう面も保守派にはあり含まれています。
しかしながら現実には「保守派が信頼信用され」政権を担い、「サヨクは少数で常に反対と理想ばかり口にする」という構図が多いのはなんなんでしょう?

それは「保守は別に保守だからといって頑迷に改革に抵抗するのではなく、現実社会に合わせて漸進的に順を追って徐々に目的を実現しようとするダケ」というのが実際の所だからじゃないでしょうか?

左翼と右翼の語源は、
『フランス革命後の議会で座席位置で、議長席から見て、保守派が右側に、革新派が左側に座っていたことからきている』
と言われます。
……ちなみに、この場合の保守とは伝統を維持しようとする考えで、革新とは伝統にこだわらず新しくするという意味……なハズですが。

左翼でなくサヨクとワザワザ書き換え呼ばれているのは、日本のサヨクが「日本という社会や国を“良くしよう”として革新改革を主張する」というのではなく「なんでも政府与党のやるコトには『反対』と、その行動基準が“日本社会の為”では決してなく、共産主義や反日的で日本への侵略を窺がうソ連(現ロシア)や中共、北朝鮮や韓国の手先となって加担して内応する」反日売国に走ってばかりの輩だからです ゛(`ヘ´#)

本来、左翼だろうと右翼だろうと、その根幹には“愛国心”が出発点としてあります。
それは改めて言うまでもない「当たり前の前提」の話であり、左翼も右翼も「自分たちが属する国や社会の共同体を良くするために」動こうとするのです。

ただ、 政治的立場や政治思想において、

左翼が「伝統や習慣を大胆に破壊してでも社会改革を促進し、改革を進めるベキだ」と考える革新派ならば。

右翼は「早急な社会改革よりも、今の社会や国に問題があるのなら拙速にコトを大事にしたりせずに、伝統や社会制度を乱暴に壊したりせず、漸進的にキチンと段階と皆の同意を築きながら改めて行こう!」というので保守派がそう呼ばれます。

このように志す手法が「性急な結果、結論をスグに求める革新派」か? あるいは「急がば回れで、拙速な改革革命で社会混乱や血が流れるのを好まぬ保守派」か? というだけで、“繰り返しますが”本来は左右どちらだろうが、その根幹には愛国心や憂国の志があるハズです!

事実、歴史を顧みても社会変革や改革の必要性に直面した時、いかなる時代、いかなる政治状況においても、『急進的、革命的方法によって行おうとする陣営』と『漸進的・改良的方法によって行おうとする陣営』とに分れることが多いのですが。

しかし日本の「サヨク」とそれに与する連中は、マスゴミから日教組、人権派を中心とする弁護士会の連中まで、日本という「自分たちが属し、構成員の一人として暮らす」社会や国を愛するのではなく、反日売国の為にあまりにも形振り構わな過ぎるんじゃないでしょうか?

安保法制や日本社会を守る為の法律に徹底的に抵抗邪魔をし。

ミンス政権の悪夢の三年間を思い出してみても分かるように、政権を奪うなり真っ先にしたコトは「中共へのご機嫌うかがいのまるで朝貢行脚」であり、その後も国内では赤松口蹄疫や311震災を巡る危機管理の後手後手に、尖閣沖縄を巡る中国の侵犯をまるで黙認するかのような数々の振る舞いと、ミンス政権が労働組合・市民運動・反政府運動出身者が中心で、 基本的に国家や国益という包括的政治概念が欠落した烏合の衆というコトは判っていましたが、あまりにも無能過ぎました。

無能な上に『反日売国奴っぷり』を発揮し、馬脚を現すのですから、次の衆参総選挙で政権の座を追われたのは当・た・り・前でしょう!

そうした政界の“サヨク”という売国奴だけでなく、言論界、学会、教育界に司法の世界にまで浸透し、乗っ取っていった『日本のサヨク』は、戦前の日本を「捏造してまで」自虐史観を国民に押し付け、貶めようとする進歩的知識人w や教育界や言論界のマスゴミと呼ばれる連中に。

「シャベツニダ!」と、日本国内で「在日特権」を当然の既得権だとふんぞり返る在日朝鮮人を糾弾するどころか、一緒になって「人権、人権!」と騒ぎ日本社会を黙らせ。
自虐史観の下、南京事件や731部隊に慰安婦まで、日本を「捏造創作したデッチ上げ」してまで貶め、戦後日本人を洗脳しようとし。
その一方で、李承晩ラインや竹島、日韓基本条約で「戦前に受けた恩も忘れて仇で返してくれた」韓国の悪事の数々は「報道しない自由」で隠蔽し。
北にいたっては小泉訪朝で金正日自らが「日本人拉致を認める」まで、拉致被害者家族の訴えを「嘘だ! 捏造だ!」と叩き“不都合な事実”を無きものにしようとしました(棒

このように日本の場合、『左翼右翼』という世界一般の常識ではなく、日本特有だろう「自国を反日で貶め、特亜の外患勢力の侵略に売国で加担する」普通に考えて“頭おかしい”連中ですんで「左翼」でなく「サヨク」とあらわし称されるのです ┐( ̄ヘ ̄)┌

さて、そーした日本のサヨクのような論外の特殊な例でなくとも、例えば「二大政党制の政権交代ができる国でなければ“政治の腐敗や弊害”を防げない」という論が、日本、世界を問わず言われているコトですが……それは、その二大政党は保守と革新で必ず分かたねばならいのでしょうか?

☆二大政党といっても「基本政策が似てくる・実は同じ」というのが今の世界の本流!?

さて、といいますのも今回の記事の初っ端に左派右派の革新(左)と保守(右)の言葉の定義について、どちらも

『たとえ「拙速で革命的」であろうが「漸進的に今の社会を壊したり混乱させたりせずに保守的に」であろうが、どちらも「今の社会や国の状況に問題点や不満部分を見い出しており」愛国的に自分たちが属する社会・国という共同体を良くしたい! という点では同じだ!』

と、書きました。
そこで、そもそも左翼右翼で差別化するコトは――国の変革期、革命的改革を迫られる時でなければ、意味は無いんじゃないか? と考えてしまうんです ┐( ̄ヘ ̄)┌
政治と政党政治家はその思想志向をあえて分けるなら、次の『七つに分類』されるんだそーです。

極左 ・ 左翼 ・ 中道左派 ・ 中道 ・ 中道右派 ・ 右翼 ・ 極右

さて、とはいえど、普通の平和な国や社会ではこの内の「中道左派 ・ 中道 ・ 中道右派」といいますか、『保守左派 ・ 保守本流 ・保守右派』とでも呼び表する政治勢力(党派)が国民の信託や意見に耳を傾けながら、性急な革新的にではなく、漸進的に時間がかかろうが常に改善の努力を行う方が「急がば回れ!」で良い結果が得られるモノではないでしょうか?

実際、たとえば幕末明治維新や戦国時代のような「世の移り変わり変遷が急速で激しい」場合には『急進的、革命的方法によって社会変革を行おうとする』いわば革命を拙速にも断行するやり方が必要でしょう。

そしてその『急進的、革命的』な勢力は、しばしば明治政府の廃仏毀釈や「日本語をローマ字にしなければならない!」とか、あるいはお隣の中共の「文化大革命」的に、「壊さなくていい伝統や文化、芸能工芸」を遅れた過去の遺物やつまらぬものだといって『しばしばヤリ過ぎる』のですから、革新派(左翼・極左)へのブレーキや制御役として保守派(右翼、極右)という「左右でのその立場と立脚点の違いをクッキリと見せる」形での二大政党党派が切磋琢磨して議論をたたかわせる必要性があるとは思うのです。

しかし、国内外の情勢が平和を保ち秩序と社会の安定が穏健な時代では「無理に今現在上手くいっているやり方(制度や仕組み)を、何でもかんでも壊して早急に別のやり方を導入しようとする(革新派のやり方を行う)」のはいかがなモノでしょう?
戦後、冷戦時代世界は西側と東側、資本主義と共産主義という分かりやすいイデオロギーで分かれていました。
そして、西側諸国は欧米や日本では必然的に「自由競争と資本主義」の政党や政権が主流派与党となり。
これに対する勢力(野党)が、共産主義やあるいは社会主義的な政策を志好する政党や政治家でまとまるのも必然だったといえるでしょう。

問題は西側での与党主流勢力の『保守派』について、まるで既得権益者や頑迷な改革を拒む愚者であるかのように『サヨクの政治家・政治勢力』が言い、喧伝し。
さらにそれを日本のマスゴミはTVでも新聞でも「保守を打ち破り、リベラル(革新)派の改革を推し進めねばならない!」と一方的に断定し続けたコトです。
実際は、革新というサヨクがかった連中の主張は「革命を引き起こせ」と威勢が良く声も大きかったんですが、その中身は薄っぺらく理想や頭の中の理念ばかりが先行して非現実的でした(棒

一方で「保守」の守旧派とレッテルを張られた側は、別に「なんでもかんでも制度改革や改良に反対抵抗する」というのでは実は無く、現行の上手く回っている社会制度や経済活動の仕組みを管理しつつ、歳月が経つ内に少しずつ変わって行く状況や時代の要望に合わせて漸進的・改良的に緩やかに改革や改正を行おうとしてるだけで、別に旧体制にしがみつく頑迷な悪者でもなんでもない、キチンとその時々の社会の要求や起こっている問題に対応して『改善』して行く現実的で堅実なやり方を取っていただけでした。
で、戦後長らく日本では自民党一党独裁と少数野党の時代が続いたワケですなぁw
過激で早急な改革を叫ぶ野党やサヨク連中は言い方が難しいんですが「日本社会と国民の支持を受けません」でした。

一方で、事実上の単独与党長期政権を維持していた自民党ですが、党内の派閥抗争が「本来、政党で行わなければならないハズの疑似政権交代」を代行して演じてみせ。
社会党や共産党を始め「リベラルな連中」が好き勝手に無責任な机上の空論を言っていても無視し、現実や世論に対応していったんです。
だから長らくサヨク、リベラル(革新)勢力が国民の支持を受けるコトが無かった(政権交代が無かった)――んだともいえるでしょう ┐( ̄ヘ ̄)┌

たとえ、新聞TVのマスゴミが「日本の野党の“特亜の狗(手先)”っプリ」を報道しない自由、恣意的ニュースの表現で隠蔽し。
逆に保守与党に対しては常に批判をし、散々に「重箱の隅をつつくような」小姑のようなケチを付け続けたとしてもです( ̄へ  ̄ 凸

国民は自民党の中の『派閥』から「右派的傾向、左派的傾向」の微妙な政策の違いや差を見て、その時々に時代時流に応じた自民党派閥を、自民党総裁=総理大臣と内閣を担えるだけの支持(票)を投じ決めていた――とういう感じだったと、今になれば思うのです(´_`。)

ここでまあ正直に言ってしまいますと、
「二大政党、政権交代可能な有権者(国民)の選択肢を!」
と、いってマスゴミやサヨク連中は二大政党の定義を『保守派とリベラル派』に分け。
なにがなんでも「与党保守派以に対抗し、取って代われる野党革新派」を作り維持しなければならない! 的な固定観念に囚われているように見受けます。

そう固・定・観・念。

二大政党制が保守に対するリベラル――それも革命的な拙速早急な社会改革を志す者が(保守に対して)もう一方に必要だ!
と、いいますが本当にそうでしょうか?

私は政治の対抗軸が、勢力が「同じ保守」でもOKだと考えます。
むしろ、日本の政治政党史や世界の前例を見るに、
「国内の内乱や勢力争い、あるいは近隣国との間の争い摩擦が絶えない」
前近代的な社会の安定や国民レベルが低い国なら「漸進的に順を追って徐々に目的を実現しようとする」なんてかったるいコトを言ってないで、快刀乱麻を断つがごとく「革命的な変革」を、行動を、議論や同意形成よりも優先しなくてはなりません局面もあるでしょう!。

では、そーした遅れた悲惨な政情不安社会不安の国や地域ではなく、欧米日のようなすでに成熟して安定して社会が回っている国ではどうでしょう?
こーした社会でも、果たしてリベラルの言うような「まるで革命」のような、現社会の上手くいっている制度やヤリ方をとにかく「破壊して」一見理想的な実験的制度を導入したり。
あるいは旧癖(この場合は社会的な格差や男女差別、昔からの因習などのそれまでの社会制度)をとにかく早急に改めなければなら無い! んでしょうか?
私は「マッタク違う!」と思います。

確かに社会問題や是正して行かねばならない問題や風習因習などは、いつの世の中でも絶えません。
されど、今の制度で「上手くいっている」のであれば、なにも無理して壊したり、拙速に手をつける必要はありません。
むしろ、そうした意味で今の日本や欧米のように「社会を上手く安定を保ち発展改良を続けている」社会では、『改革、革新!』と喋り続ける鸚鵡(オウム)以上の価値は「リベラルという勢力w」には無・いと言い切ります。

その代わりに革命的な拙速早急な社会改革を志ざさないが、漸進的・改良的方法によって社会問題や発展に伴う新しい社会問題の解決を行おうとする『保守派』が同じ保守派ながら、その(漸進的に常に改善改良を行う)保守としての範囲内で、優先順位の異なるという意味で二大政党の確立と時に応じて「政権交代」が国民によって選択される――というのがベターだと提案します。

いえ、過去を歴史を顧みても内乱やクーデーターといった大きな諍いを引き起こす「リベラル、左派の革新派」が成熟した社会と民度を持つ先進国で長く権力を持った事例はあ・り・ま・せ・ん。
代わりに保守か、保守の中から斬新的に常に体制や社会制度を見直し改革するリーダーが現れた例の方が多く、かつほとんどです!

まあ、極端に分かりやすく言えば保守派の改革者は江戸時代でいう「徳川吉宗」であり、享保の改革・寛政の改革・天保の「江戸幕府の三大改革」のようなあくまでも幕藩体制のその時代の体制の枠内での、その枠組みの中での改革のようなコトを指し。
一方で「リベラル(改革)派」を例えるなら幕藩体制の武士の世を終わらせ、天皇の下に政治を取り戻したものの、建武の新政(後醍醐天皇の目指した親政)のような時代錯誤ではなく、天皇陛下を頂点とした近代立憲君主制の明治政府を、新しく、わずか二十年足らずで日本社会の制度を変え造り上げたようなモノ――と、改めて定義し考えます。

こーして見た場合、今の憲法法律選挙制度の枠内で戦後日本の舵取りをして来た自民党は『漸進的な改革改正』で常に時代や社会の要望に応じて政治を行って来ました。

一方で、日本で野党、サヨクと呼ばれたりマスゴミと揶揄される「社会の木鐸だ」と偉そうにふんぞり返るTVや新聞にそれらに自論を載せる『進歩的知識人w』は、口先でこそ「改革、革新!」を唱えながらも現実を見ておらず、かつ戦後のアカ(共産主義)に洗脳されて「日本の共産化と中ソの礼賛を無批判に信じ行って」来ました(棒
60年代、70年代の安保闘争や全共闘運動のような日本社会と日本人が“悪い熱病”に冒されたように扇動された時代もありましたが、実際の選挙では野党である社会党や日本共産党を政権が取れるホド支持する(議席を与える)というようなコトは無く。
一貫して自民与党を支持して来ましたよね?
……と、いいますか、普通に知られていますが、自民党内の派閥が『疑似政権交代』の党内党といいますか、時折々の時代の選択の受け皿になり上手く日本社会は回って来ました。

で、です。
同じ自由民主主義を標榜する自民党の派閥抗争、派閥による政権交代はいわば『保守右派』と『保守左派』とでも呼ぶべき志向や思考は同じ方向でも、「やり方というか重点を置く部分や路線が違うだけ」の保守勢力が日本社会の現実と要望に応じて権力をやり取りしていただけです。

こーした過去を見ても「マスゴミのいう革新――サヨクとその徒党一派」に出番などありません!
旧55年体制の時代とその後、今に至るまで野党サヨクの存在意味は「与党自民党(プラス公明党)に対するチェック役とご意見番」であることにしかなく。
日本人の誰も「現政府や体制を倒し破壊して革命を起こして欲しい」などと望んでいません。
お上(時の統治機構、政府)が時代時代に応じた社会改革や制度改正を漸進的・改良的に行えば、日本人と日本社会はそれで充分なんです。

すなわちこれから先、日本に二大政党が生まれ根付くとしても、今言われているような「リベラル政党と保守政党」ではなく「保守右派、保守左派」の保守政党の中でも微妙に違う路線の差で分かれる――まあ、平たくいいますと自民党が分裂するくらいしか実現性はあり得ないでしょう。
今現在の話なら、安部麻生自民党(右派)と、自民党内の左派の非主流派が袂を分かって党が分裂するようなモンです。
まあ仮に左派自民党を小池自民党(仮)とでもしておきましょうか?

で、衆議院の定数は現在(平成28年10月1日現在)465です。
自民290、公明35ですから仮に自民から約三分の一の90名前後が分裂して選挙後、安倍自民160~180強、公明30強で小池自民党が140~160前後となったとします。
こういうような場合、衆議院における絶対安定多数(約260名)を握るコトはアリマセンが、多数決でたいていの法案は通すコトができるでしょう。
与党以外の野党の居場所(議席)は100~130程度で主義主張がまとまりがありませんから少数政党が乱立するでしょうね

で、圧倒的多数の保守(二つに分かれたが与党自民党)と多党少人数の野党という形に収まるでしょうが、その方が二つの自民党(自民右派左派)に対して連立や協力で野党の発言力や重要性が(皮肉な話ですがw)いまよりグッと高まるんじゃないでしょうか?w

後は、選挙制制度が今の小選挙区比例代位表制のままでも、あるいは『中選挙区制度に再び戻して』も、日本の政治勢力図は保守系二大政党と少人数多政党なリベラルを表明する野党という構図にへと、収斂収束(しゅうれんしゅうそく)していくと思います。
これは昔は派閥での権力のキャッチボールをしていたのが、同じ保守ながら路線が右気味か? 左気味か? で政党として分裂“したとして”の仮の話であり、最早その可能性は“無・い!”と見て間違いはないでしょうが(苦笑

小池百合子女史は慌てて「希望の党」をデッチ上げましたが、その理念や政治信条はある意味で「今の安倍自民党以上の右翼的」です!?w
問題は、希望の党を「保守の新機軸、無党派や国民の受け皿」ではなく「絶滅殲滅の淵に立たされた野党サヨク勢力」の避難場所に貶めてしまった点です!
正直、いいますが小池新党を今、慌てて旗揚げする必要は全然無かったんです。
もし今回の選挙で立ち上げるのにしても「希望の党、成立メンバー国会議員約13名」でしたっけ?

この中核メンバーに都民ファーストの会の政治塾で集め審査した「立候補可能な新人」が30名~40名一応候補リストが揃っているといいますから、東京の衆院選挙区を中心に「先ずは五十名前後」の新政党として旗揚げ出発し、その後、自民党内の非主流派で冷や飯を食ってる連中やサヨクでなくウヨクな野党議員をジックリ釣り上げて「自民党に代わりうるもう一つの保守政党」として二年、三年先に狙いを定めてジックリ育てて行けばいいのに!

今回の一連のドタバタでそりゃ話題をさらえましたが、それは名声というよりハッキリいいますが『悪名』です(棒
民主党――もとい民進党や小沢一郎と手を結んだというコトで、小池都知事と希望の党には

「選挙の為ならなんでもやらかす」
「反日売国サヨクと同類、お仲間」

というマイナスイメージがつきましたからねーw

あと、地域政党として同じ『日本維新の会』も関西以外では知名度壊滅で結局40名~50名の小政党に留まっていますし。
希望の党も今回の選挙で予想される獲得議席数は「良くて70議席ほど」といわれてます。
そして、維新同様に「最初だけ話題性のある」単なる一発屋w で終わる可能性も多分にありますが……

今の維新同様に、他の「何でも反対、サヨク野党」とは同じ野党でも一線を引いて、選挙後、自民党に維新同様閣外協力や憲法改正への賛成で立場をシッカリさせてから、維新と合流するなり、自民党内の非主流派で冷や飯を食ってる連中を一本釣りで釣り上げたり、あるいは希望の党独自で発見した新人候補をジックリと育て、選挙準備して次の機会を泰然と待てばよかったのに!?

どうせ確実に今度の総選挙が行われた後、参議院選はともかく衆議院選は二年~三年先はないんだろうから準備期間だと考えれば良かったんです(´_`。)。
なにせ今の時期に急に解散したのは、来年今の衆議院の任期が切れ、どーせ総選挙しなくてはならないんだから、任期一杯まで待って否応なく選挙に突入するよりも今やった方が自民にとって有利だ! というコトと。
今、世界情勢を見ても、今秋解散総選挙しても、ちょうど中国も党大会の真っ最中だし、北の問題も米軍が今、戦うにしても準備中だし、解散総選挙で日本が内政にかかりっきりになっても大丈夫と計算できる。
だが、来年以降に延ばせば、北と国連軍(米軍)が戦争している最中に衆議院の任期が来るかも知れない!?

そーした諸々を考えた時、今が「解散総選挙する絶好のタイミング」だというコトが分かる。
二大政党といっても、最近は世界で曲がりなにも『二大政党制が“まだ”機能している』国でも、そのどちらも言っている事や公約に掲げる内容が似たりよったりで「優先順位や政策志向の強弱が違う」だけというような状態になって来てきています!?

アメリカの共和党、民主党
英国の労働党と保守党

二大政党として経済や財政、経済政策において「現実に選べる選択」など実際はあって無きに等しいので、右だろうが左だろうが、舵取りなど政策や発言が似て来るのはまあ、しかたないんでしょう(´□`。)

そーいう“視点で”見た場合、左翼どころか“サヨク”でしかない日本の野党のほとんどは“滅ぶ”というより日本から「根絶」させるしかない日本と日本人にとって『異民・異物』でしかない、そもそも『選択肢にならない敵・害獣』と観て間違いは無いでしょう ┐( ̄ヘ ̄)┌

日本のサヨク勢力は、政界のみに限らず、財界・官界・学会教育界・司法界に芸能マスコミの言論界まで、反日日本人と特亜系在日勢力に汚鮮……もとい汚染されています!

これから先、今回醜態をさらした旧民主勢力は落選させ追放して行かねばなりません。

そのように考えるのですが……今回のような『観方(みかた)』は一ついかがでしょうかねぇ?

(続く)
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